君を見つけた日
第26話
「なあ~、沙紀」
月曜日、出勤してすぐ私のデスクにすり寄ってきた椎名くん。
きっと金曜日に飲みに行った帰りのことを問いただされるんだろう。
「何?」
頬杖をついて「面倒臭い」ってオーラを醸し出すけどこの子犬はキャンキャンとうるさい。
「まじで犬だ」
ため息と一緒に吐き出した言葉にもいちいち反応する。
「どういうこと!?可愛いって?」
生憎、私はあなたの取り巻きのお姉さま方とは違うの。
「いや、うるさいってこと」
「おい!」
ぷっと吹き出せば安心したように笑う椎名くん。
「及川さんといるときよりずっと楽しそうだよ、お前」
そう言われたら、一瞬で笑顔も引っ込む。
彼と関係を始めてから……慎二さんのそばにいるときは幸せだと思っていた。
だけど、“楽しい”なんて思ったことはないかもしれない。
……当たり前だ。
あれはただの恋愛じゃないから。そんな、可愛いものじゃないもの。
「あーあ、及川さんに捨てられたら俺がもらってやろうかと思ってたのにさ」
冗談ぽく舌を出す椎名くん。私の凍りついた顔に気を使って空気を和ませてくれているのだろうか。
「気遣い無用。ペットじゃないんだから」
小動物は君だよ、と私は笑った。
くすくすと笑う椎名くんはふと思い出したように、逸らしたはずだった話を蒸し返す。
「でも、お前と一緒にいた男……相当若いだろ?まるで高校生──」
飲んでいたコーヒーをブッと吹きだしてしまった私。
嘘をつけない自分を恨む。
「……まじで?」
さすがに本当に高校生だとは思っていなかったようで、驚きでつぶらな瞳が大きく見開かれている。
「あー、もう……」
頭を抱えた私の両肩を掴んで真剣な顔つきになった椎名くん。
「──好きになんなよ、そんな若い男」
いつも馬鹿みたいにお茶目な彼の違った一面が新鮮で、不覚にもドキッとしてしまった。
椎名くんの忠告の意図を考えながら帰路につく。
電車から降りて、駅を出たらもう聞き慣れた声に頬が緩んだ。
「沙紀ちゃん」
ぽんと肩を叩かれて振り返れば、目尻を下げて笑う男子高校生の姿。
少し寒くなってきたからかブレザーの中にパーカーを着て鼻を赤くしている。
「待ってたの?」
「うん。一緒に帰ろう」
はい、と差し出してくれた手に自分のものを乗せた。
ぎゅっと握ってくれる手が温かくて安心する。
慎二さんと鉢合わせしたあの日から、私の帰宅の方が遅い時は駅で待っていてくれる太郎ちゃん。
手をつないで帰ることも少なくはないけど、いつもこの違和感たっぷりの光景に周りの視線が痛い。
高校の制服を着ている太郎ちゃんとスーツを身につけているOLの私。
傍から見たら姉と弟みたいな私たち。
そんな二人が手をつないで歩く微笑ましい姿は日本では珍しいものだから、好奇の目に晒されてしまっているのも十分承知の上なのだ。
決して恥ずかしいとか嫌だとは思わない。
だけど、その視線にいたたまれなくて自然と俯いてしまうのも事実。
太郎ちゃんはどう思っているのか、私には分かりはしないけど。
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