第25話


 あの後、荷物をまとめて太郎ちゃんの家へ帰った。もうあの家とは心置きなく別れることができる。

 新しい家を探さないといけないけど、今はそんな気も起きなかった。


 太郎ちゃんが毎日「いってらっしゃい」と送り出してくれるから、ただその心地よい空間に少しでも長い間、身を置いていたかった。


「一緒にいて欲しい」と言ってくれた太郎ちゃん。

 その言葉に甘えてしまっているのは大人としてどうかと思うけど。


 何か理由をつけてはここに留まっておきたいのだ。


「そういえば、“先生”って太郎ちゃんの学校の……なんだよね?毎日会ったりするでしょ?どうしてるの?」


「んー?別に、先生にとって俺はただのペットみたいなもんだから。俺の代わりはいくらだっているんだ」


“先生”は太郎ちゃんに執着したりしないんだね。

 この優しさに溢れた少年を簡単に手放すなんて、なんとも罰あたりだ。


 彼の表情が少し曇った気がして、よしよしと頭を撫でる。


「太郎ちゃんの代わりなんて、この世に存在しないよ。たった一人の、私を助けてくれた人だもん。太郎ちゃんがいてくれたから、私は救われたんだよ」


「沙紀ちゃん……」


「たとえ、太郎ちゃんにとって私が“先生”の代わりだったとしても、ね」


 私は出会って間もない人に簡単に心を開けるような性格じゃない。

 二年もの間、慎二さんに片思いし続けてきた私がこんなに簡単に、まだあどけない高校生に対して好意を持つなんて思いもしなかった。


 ただ、これが──“恋愛”であると、思いたくはない。

 傷つくのは、しばらくの間勘弁したいもの。


 大好きな人だけど、大切だけれど──それは恋愛ではなく友情でもなく家族愛でもない……この関係は、名前もつけられないものであってほしい。

 そんな私のわがまま。


「……確かに、はじめは先生の代わりだったのかもしれない。だけど──もう俺にとって沙紀ちゃんは、誰にも変えられない存在だよ。先生の代わりは見つかったけど、沙紀ちゃんの代わりなんて見つからないから。……先生とは、違う」


 そう、優しく言った太郎ちゃんの目には涙が浮かんでいた。


「俺には今、沙紀ちゃんが必要なんだ……」


 弱々しく、だけどはっきりと告げた太郎ちゃんにこちらまで涙腺が刺激される。



 ──誰かの一番になりたかった。

 誰かに愛されたかった。

 誰かに、必要とされたかった……。



「私も……。私にも、太郎ちゃんが必要だよ……」


 きっと目の前の彼も、私と同じ。

 孤独を抱えて過ごしてきたんだ。


 何度目か分からない、太郎ちゃんからの抱擁。

 それに応えるように背中に腕を回して、二人でぎゅっと抱き合いながら涙を流す。



 本音を言い合える相手がいるって、こんなにも安心するんだね。




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