第24話


 放心状態の私。

 いつの間にか目の前から信二さんはいなくなっていて、太郎ちゃんが頬を撫でてくれる感触ではっと我に帰った。


 未だに震える手で鍵を開け、ドアノブに手をかける。


 ガチャッと開いたドアの隙間に手を入れて勢いよく開くのは私の隣にいた太郎ちゃんだ。



 先に入って行ったと思ったら、私を部屋の中に引っ張り入れて──閉じたドアに背中を押しつけられた。


「……つらかった?」


 黙って見上げた彼の表情は酷く切ない。私よりもずっと、泣きそうだ。


「……苦しかった?」


 私はふるふると首を横に振る。

 つらい。苦しい。その気持ちに否定はできない。

 でも、太郎ちゃんを見ていたら……これで良かったと思えるから。


「がんばったね」


 私の腕を掴んでいた手が頭に伸びてそっと撫でられたら、溜まっていた涙がぶわっと流れ出ていく。


「たろ、ちゃ……」

 子どもみたいに泣きじゃくる私を、強く強く抱きしめてくれる。


「沙紀ちゃんに、これだけ愛されるなんて……すごく幸せな人だね」


 ……そんな風に言わないでよ。まるで私がヒロインみたいに。


 私は悪女なの。婚約者がいると知っていても関係を終わらせなかった。太郎ちゃんという心の拠り所を見つけてからじゃないと手放せなかった。

 最低で、卑怯な女なのに。


「なんで……、そんなに優しいの……」


 温かな優しさに胸がいっぱいになる。痛む心の傷口に消毒液みたいに沁みていく。


 彼の優しさという消毒を受け入れ続ければ、この傷は癒えていくのだろうか。


「優しくなんて、ないよ。下心満載だもん」

 自嘲気味に笑う太郎ちゃん。

 どうして?と問う前に彼が続けた。


「傷心中の沙紀ちゃんに優しくして、あわよくば好きになってもらおうとしてる」


 まるで、私の愛を求めるような言葉。

 私を必要としてくれる、魔法のような言葉。


「……太郎ちゃんは私に愛をくれるの?」


「沙紀ちゃんになら──全部あげるよ」


 お互いがお互いを慰めるような──心の拠り所にするみたいな、そんな不確かな関係。

 それに縋るほど寂しい女だって思われてもいい。浅はかな女だとあざ笑えばいい。


 ……だって彼もまた、私と同じなんだから。

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