必要とされること
第18話
太郎ちゃんの家に居候し始めて早一週間。もうすっかりこの生活にも慣れた自分がいる。
心の拠り所にしていた慎二さんがいなくても、意外と平気な自分に驚いている。
その理由は太郎ちゃんの存在が大きく関係しているんだろうけれど。
「おーい、沙紀」
隣の部署から書類を届けに来たついでに、何故か私のデスクにちょっかいをかけにきたこの男。
明るくて、おしゃべりでお調子者。
上司からは可愛がられ、後輩からも慕われる得な性格の持ち主だ。
そして子犬のようなルックスはお姉さま方からも人気なのだそう。
──私の同期である、井上椎名くん。
同じ子犬系男子でも、例えるなら椎名くんはミニチュアダックスで太郎ちゃんはスムースコートチワワに似ていると思う。
私の顔を覗きこんだミニチュアダックスは人懐っこい笑顔を見せる。
「今日、飲みに行こー!」
朗らかにそう言った。
うちの会社は結構大きいから、同期入社の人はたくさんいる。
だけど部署が全く違うと関わりもあまりなくて、研修期間中に同じ部署だった椎名くんとの仲が一番いいと思う。
人気者の彼と仲がいいことに対していい気はしていない女性も多いけど、何故か私たちが付き合っていると勘違いしている人もいるらしい。
前に慎二さんが「井上君と付き合ってるの?」なんて聞いてきたことがあったくらいだ。
「……いいけど」
そう言い終わらないうちに、「やったー!」と両手を上げて喜ぶ子どものような人。
「これで今日一日頑張れる」
もともと垂れ目なのに、もっと目尻を下げてふにゃんと笑う椎名くん。
……ああ、この笑顔にみんなやられているんだろうな、と思う。
だけど、私はミニチュアダックスよりも──。
「スムースコートチワワのほうが好きかなぁ」
「え?なになに?犬でも飼うの?」
「あ、いや……」
無意識のうちに出ていた思考に自分でも驚いてしまった。
「──でさ、この間……」
終業後、二人で行きつけの居酒屋へ向かった。
ビール片手に日ごろの愚痴や悩みを打ち明けたり、近況報告なんかをしたりする。所謂“同期会”というものだ。
喋り上手な椎名くんの話は面白くて飽きない。
そこも彼の魅力の一つなのだと分かる。
お酒も程良く入ってテンションも上がり、大口あけて笑えば椎名くんもくしゃっと笑う。
「──ところで、最近どうなの?及川さん」
何より、私がこの人といて気を遣わないで済むのは……慎二さんとのことを全て打ち明けているからだ。
引かれるかと思ってなかなか言い出せなかった私だけど、全て話した後、椎名くんが
「ラッキーじゃん。相手はまだ結婚してないし!」
なんてものすごくポジティブなことを言うから……酷く悩んでいた自分が馬鹿らしく思ったのを、今でも覚えている。
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