第13話
「あー疲れた」
定時を過ぎ、仕事が一区切りついた時。椅子に座ったまま伸びをしてデスクの上を片付ける。
スマホのロックを外してメッセージを見てみれば、猫のキャラクターが両手を上げて喜んでいるスタンプが送られてきていた。
もちろん、その送り主は太郎ちゃんだ。
思わず微笑んでしまい、口元をきゅっと引き締めるとバッグを肩にかける。
「お疲れ様です」
周りの上司や同僚に声をかけ、オフィスを後にした。
家への──もとい、太郎ちゃんの家の最寄り駅に着きホームを歩く。
電車を降りてしばらくすると、後ろから駆けてくる靴音が聞こえた。
まさか自分に関係があるだなんて思いもしなくて、気にも留めていなかった。
──だけど。
「沙紀……!」
自分の名前を呼ばれたことを認識する前に、突然強く腕を掴まれて強制的に振り向かされる。
「及川、さん……」
息を切らして私を見つめる瞳の持ち主は、私の心をいとも簡単に乱してしまう人だった。
名前を呼び捨てされたことなんて今まで数えるほどしかなかったから、それにすら心が震えるバカな私。
彼は息を落ち着けた後に、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「──戻ってきて」
それだけを、はっきりと告げた。
昨日までの私なら、きっと嬉しかっただろう。
今でも嬉しくないと言ったら嘘になる。
だけど、ここで彼を受け入れたら何も変わらない。
断りたいのに、断らなきゃいけないと頭では理解しているのに──口が固まったかのように動かない。
私の意志とは関係なく、潤んでいく瞳はきっと彼にバレているに違いない。
「沙紀ちゃん」
柔らかく私を呼ぶその声に、はっと我にかえる。
それと同時に、慎二さんに掴まれている方とは反対の腕を取られて引き寄せられた。
「たろー、ちゃん」
今の今まで固まっていた口が、嘘みたいに動いて──無意識のうちに彼の名前を呼んでいた。
私を後ろから抱きしめる太郎ちゃん。彼の表情は私からは見えない。
「君は……」
さっきまで私を掴んでいた腕をぶらりと下げて、驚きを隠せない顔で私の後ろにいる太郎ちゃんを見つめる慎二さん。
「昨日は、どうも」
挑発するように、昨日電話に出たのは自分だと遠回しに告げた。
その言葉に、更に慎二さんは目を見開く。
「……君が、石川さんの彼氏?」
「そうだよ」
慎二さんがあまりにもぽかんとしているから、まさか……と思い首に回された太郎ちゃんの腕を少し緩めると、顔だけで振り返った。
「あちゃー……」
慎二さんが驚くのも、無理はない。
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