第14話

 今の彼は紺のブレザーを身にまとった“高校生”丸出しの格好だったからだ。

 ……現に高校生なのだから、太郎ちゃんにとっておかしくはないんだろうけど。


 慎二さんからすれば、こんなに奇妙な光景はないだろう。


 そして見上げた太郎ちゃんは、私がいつも魅せられる色気たっぷりの瞳ではなく──鋭く冷たい目で慎二さんを睨みつけていた。



「……帰ろう、沙紀ちゃん。“俺たちの”家に」


“俺たちの”を、強調した太郎ちゃん。

 思わずこくんと頷けば、満足そうに笑った。


「そういう、こと……か」


 目を細めて私たちを見る慎二さん。

 何かを考える素振りを見せて、口を開く。


「君と沙紀とじゃ、釣り合わないよ。傷つくのは、彼女だ」


 いつも私を見つめてくれていた優しい瞳はどこへいったのか、太郎ちゃんを睨み返していた。



「それをあなたが言うんですか?」


 鼻で笑うように、太郎ちゃんがもっともなことを言う。

 慎二さんは一瞬言葉に詰まる。


 そして高ぶった気持ちを静めるように息を吐いた。


「……君は沙紀が好きなの?」

 さっきより幾分か落ち着いた声で問いかける慎二さん。その質問に、ドクンと胸が脈打ったのは私の方だった。


 ──太郎ちゃんは、どう答えるんだろう。


「……ああ、好きだよ。少なくとも、あんたよりはね。俺はこの手を離したくない」


 私を抱きしめていた腕を解いて、今度は私の左手を取って握りしめる。

 そんな甘い言葉をもらって、照れないわけがない。


 だけど、それが彼の本心ではなく私のためについてくれている嘘だと気付かないほど、私は馬鹿じゃない。


 ……何故、それに対してモヤモヤしたものが胸に広がっていくのだろう。

 太郎ちゃんの答えを聞いて大きくため息をつく慎二さん。


「今日のところは、退散する。──だけど覚えておくといいよ。君に沙紀は幸せにできない」


 そう強く言った慎二さんは私をチラリと見て、いつものように優しく微笑むと去って行った。


「──だからあんたにそれを言われる筋合い、ない……」


 もう遠くなった慎二さんの背中に投げかける太郎ちゃんの言葉は私にしか届かなかった。



 慎二さんの背中を何気なく見送っていると、握られたままだった手をくいっと引っ張られて、向かい合わせになる私たち。


「……買い物、行こっか」


 さっきまで苦い顔をしていた太郎ちゃんもいつもの笑顔に戻っていた。


「あ……太郎ちゃんはなんでここにいたの?」

 そう疑問をぶつけると、きょとんとする太郎ちゃん。


「メッセージ、送ったよね?」

 という言葉に、今度は私が目を瞬かせる。


「誘ったよ、『行こう』って」

 そう言われて、ピンときた。


 ……ああ、あのメッセージって「一緒に行こう」って意味だったんだ。


「じゃあ、待っててくれたの?」


「うん。帰ってくる時間が俺と同じくらいだからね」


 目尻を下げて微笑む太郎ちゃんにつられて笑う。


「行こう、沙紀ちゃん」


 手をまた引っ張られて、二人でホームを駆け出した。

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