第4話

 彼が置いておいてくれた着替えを全て身につけて洗面所を出ると、廊下の奥の扉の前で壁に寄りかかっている彼の姿。


「おかえり」

 私を待ってくれていたのか、そんな言葉をかけてもらうことなんて久しぶりだった。


「……うん」

 照れくさくて俯くと、ふっと彼が笑う気配がした。



 彼に通された扉を抜けるとリビングに辿り着く。部屋全体は整理整頓されている──というよりは、必要最低限の家具があるだけの、ほとんど生活感がない空間だった。


「適当に、座ってください」

 そうにっこり笑って促されるから、とりあえずソファーに腰掛ける。


 キョロキョロと辺りを見渡してみれば……男の子の一人暮らしと言うには、少し広すぎる気がした。

 玄関からリビングまでの廊下には、洗面所とトイレであろうドアがあった。そしてもう一つ、寝室かと思われる部屋も。

 リビングには綺麗なカウンターキッチンに大きなテレビ、大人1人が余裕で横になれるソファーがある。


 私が住んでいる部屋よりずっと広くて、築年数もあまり経っていないのだろう。


 この若い男が家賃を払って住んでいるのだろうか。

 そんな疑問さえ出てくる。



 ふと人の気配を感じて振り返ってみれば、その若い男がマグカップを二つ持ちくすくすと笑いを零していた。


「面白いものなんて、ないでしょ?」

 首を傾げて私の隣に座ると


「はい、熱いから気をつけて」

 マグカップを一つ、手渡された。


「……ありがとう」

 中に入っていたのは温かい紅茶で、両手で持ってすこし飲めば体の中で熱いものが流れていく感覚がする。

 カップをテーブルの上に置いて、そのままそっと息を吐いた。


「──俺は朔太郎って言います。好きに呼んでください」


 私と少しだけ間を開けて座った彼も、マグカップをテーブルに置く。そして口を開いたと思ったら唐突に自己紹介をした。


「好きにって言われても……」

 少し考える私を期待を込めた目で見ている少年。


「朔太郎、ねえ……。じゃあ太郎ちゃんって呼ぶ」


 何気なく言ったつもりだったが、ぶっと吹き出した彼に眉をひそめて怪訝そうな顔をしてしまった。

 少年は慌てて口を押さえるが耐えきれず再び笑う。私がじろりと睨めば顔を取り繕った。


「いや、みんな朔ちゃんとか朔とか呼ぶのに……。太郎ちゃんって呼ばれるのはじめてかも」


 そんなに面白いことなのか。

 くしゃりと笑った彼はやはりとても可愛くて、私も思わず笑みを零していた。


「あ。お姉さん、笑った。美人だね」

 慣れたように、ごく自然に彼から出た言葉。

 純粋そうな少年だが、その顔に似合わないナンパ男のような発言に私は唖然とした。

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