第5話:お化け屋敷

 お化け屋敷の中に入ると、紙を渡された。血濡れの女性からここにスタンプをもらえというものだった。入口の人間ですら包帯だらけの気持ち悪いお面を被っていたためか、あんなに息巻いていたはずのナナミの様子が打って変わって怯えていた。


「待ってよ。これゾンビとかじゃないじゃん。なぜ入り口で武器をもらえないのよ。こんな紙切れじゃ何も倒せないわよ」


「お前な、ここお化け屋敷は人を驚かすことをエンターテイメントとしていて、誰も倒せなんか言ってない。それに、全部作りものだからだいじょ……」


「キャッ―、キャー。なんか追いかけてくるんだけど……」


「悪い。ここの遊園地作り物以外にも、人間がお化けに扮しているんだった」


 取り乱しているナナミは、俺の腕にしっかりと巻きついている。これはこれで俺にとっては嬉しい産物だった。


「大丈夫だ。俺につかまっておけ」


「何よそれっ。そんなこと言ったって褒めてなんかあげないんだからねっ」


 強がっている発言とは裏腹に俺の腕に巻きつける力は強まっているので、胸が当たるのでドキドキしてしまう。


「あーわかったよ。さっさと出るぞ」


「出るって何がよ。まさかそっち……?」


 俺の下半身を凝視しているのだが、こいつの思考回路はいったいどうなっているのだろうか。一瞬でもかわいいとか思った俺がバカだったのかもしれない。


 所詮は、ゲームR18世界の人物。結局はすべてそちらに結び付けられてしまうのだろうか。なんだかがっかりしてしまった俺は、腕を離して先に進むことにした。


「いやっ。置いてかないでよ。ねぇ、勇也ってば……お願い」


 涙声で願うナナミの声がやけに俺の下半身を刺激するって結局俺もなのかよ。

クソっ。R18ゲームだってさっき思ったくせに、俺にとってはやっぱりこのすべての感覚が現実でしかないから仕方ないことなのかもしれない。


「はぁ。ならもうおかしなこと言うなよ。だまってついて来いよ」


「はい……ごめんなさい」


 ツンデレからの素直の子へのギャップはクルものがある。俺はそのままナナミを抱き寄せ、キスをしてしまっていた。


「……なんで……?」


「あっ? これで落ち着いただろう。いくぞ」


俺はキスした自分を誤魔化すかのようにナナミの手を握り進んでいく。


「仕方ないから今のは無課金にしといてあげるわ。ありがたく思いなさいよ」


「はいはい。ありがとう」


 ナナミは強がりながら言っているが握る手は熱くなっている。きっと顔まで真っ赤に違いない。恥ずかしがるナナミを見たいという好奇心が俺の足を急がせる。


「ねぇ……この手、絶対もう離さないでよね?」


「あぁっ」


この野郎。ここでまた可愛いセリフを吐くなんてさすがはゲームだ。男心をわかっているじゃないか。また、キスしたいと煩悩だらけの頭を振り払い、出口付近で止まる。


「あっ、スタンプもらい忘れていた。戻るぞ」


「えっ、嫌だよ。怖いもん」


俺はその言葉にニヤリと微笑み、ナナミに告げる。


「ならまたキスしてやろうか?」

「……っ、勇也ってば。調子に乗ってもダメなんだかねっ」

「バカだな。嘘だよ。早く行くぞ。手はいいのか? ほら?」


 差し出した俺の手を無言でつなぐナナミが愛おしくて仕方がない。戻ろうとしたその時後ろから女性の小さな声が聞こえてきた。


「あの……」

「うわぁっ」


 突然の女性の声に驚いてしまうと、そこには血まみれになった看護士さんがスタンプを持って立っていたのだった。


「驚かせてしまいすみません。イチャイチャされていたのでお邪魔かと思って出ていくのを控えていたんですけど、このままでは次のお客様をご案内できないので……」


 鈴の音のようにかわいらしい声と美しい顔立ちに俺は見覚えがあった。


「あ……」


 俺が尋ねようとしていたら、ナナミがそれを遮った。


「黒島先輩ですよね? 初めまして。勇也の彼女のナナミです。スタンプ押してください。すぐに出ますので」

「はい……」


 先輩はスタンプを押すと、すぐさま中に戻っていったのだった。それにしてもナナミは、黒島先輩だとどうしてわかったのだろうか。


 お化け屋敷が出るとナナミはプンプンと怒っていた。


「なぁ、なんで怒っているんだよ」

「何でもない。てか、先輩だって顔見た瞬間わかったんだよね? 顔が一気に破顔していたよ」


「マジか…? 悪い。今はナナミが彼女だもんな。悪かった」


俺はナナミの頭を撫でると、俺の肩に寄りかかってきた。


「ねぇ……早く勇也の部屋に帰ろ。早く私をあなたのものにして……?」


上目遣いとこの色っぽい誘惑の声。これがゲームなのか。今度こっちのゲームも試してみようという気にすらなってしまう。


「なぁ、ナナミそれはセリフなのか?」


気付けばそんな言葉を口にしていた。ナナミは口をあんぐりと開けて、あからさまにショックを受けているようだった。


「……あなたが、彼女ができない理由がわかった気がします。せっかく好感度がかなり上がっていましたが、今ので下がりましたよ」


 そう言うと、ナナミは消えてしまったのだった。

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