「すごかったですね。さっきの式典、みなさん盛り上がっていて」




「これくらい当然よ。どう?私がこの国の王女だって信じれた?」




式典が終わり、私は有馬くんを自分の部屋に招いた。今は、普段着のチュンファに着替えるため、彼には後ろを向いてもらいながら、会話をしていた。ベッドに青とピンクのチュンファを並べ、どっちにしようか悩んでみる。もちろん、どちらにも紅花の刺繍が光る。




「いや、瀬尾さんはクラスではあまり喋らず、おとなしいイメージがあったので、きらびやかな衣装を着て、人前でにこやかに笑っているのを初めて見ました。なので、まだ実感は沸きません」




その後に、眼鏡を押し上げるカチャという音が彼から響く。




「まあ、そうだろうね。一応言っておくけど、クラスのみんなには言わないでちょうだいね」




「はい、僕は口が固いので。そこはご安心を」




「ていうか、さっきからなんで敬語なの?良いわよ、クラスメイトなんだから。」




「いえ、癖なんです。気にしないでください」




「いや、気になるわよ」




着替え終わり、彼の背中にそう突っ込むと、肩がビクッと揺らしたのが見えた。私は結局、ピンクのチュンファを選び、袴をふわっと翻す。




「いいわよ、もうこっち向いてちょうだい」




そろ~、と、こっちを怯えるように見る目は、まるで猛獣を見るような………!




「そ、そんな怖がらないでよ」




そう言って彼の肩をポンと叩くと、またビクッてされた。ビクッて。なんでそんなに怖がりなのかが分からない。だから、もう彼に近づくのはやめた。




「じゃあ、近づかないから。どれくらい離れればいい?」




「2、2メートルくらい……」




「こう?」




こんなに離れたら普通に話してるくらいで声聞こえないかしら。しょうがないか。




「あ、ねえ、そこ座って」




私は、部屋の隅っこにある椅子に彼を座らせた。私はベッドに腰かける。これでちょうど2メートル、いや、3メートルは離れてる?




 というか私、部屋に家族以外の人を招くのは初めてだ。自分の部屋に人がいるのに少し緊張して、なんか落ち着かない。彼も手遊びをして、どこか目移りしている。






 たくさん有馬くんについて聞きたいことはあるんだけど、まず聞いておかなければならないのは、




「ねえ、なんであなたはこの国に入ってこられたの?」




「あ、えっと、花美神社の裏手にある大木に近づいたら、なんか、足が引っ張られて……」




なるほどね。私がいつも出入りしている穴に入り込んじゃったってことね。足を踏み外したのかしら?まあ、両足いっぺんに入るくらいの決して小さくはない穴だからね。




「でも……なんで神社の裏手に回ろうとしたのよ?」




花美神社は前も言ったように、なかなか人が訪れない場所。なぜそんなところに彼が近づいたの……?




「な、なんか、引き寄せられる、感じで……フラ~っと、そこにたどり着いた感じ?」




は?




「気づいたら、大木を見上げてました。あの大木、すごい幻想的でしたぁ。その下にこんな世界があるとは思いませんでしたよ!」




明るい声で、笑顔で語る彼を初めてみた。その彼と視線が絡んだのは、ここに来てから2度目である。




「あ……!」




恥ずかしくなったのか、彼はまた下を向いて人差し指をもてあそんだ。




「………そう、なのね。あのさ、1つ気になってるんだけど、そのもえぎ色の髪って、生まれつきよね?」




「はい、でもなぜか、今まで会った人たちには髪を染めてるんじゃないかって、言われてました。だから、この髪の色、嫌いです。みんなは黒なのに、気持ち悪いじゃないですか」




へへっ、と苦し紛れに笑う彼を前にして、聞かなければならなかったことなのに、聞いてはいけなかったような気がして、歯がゆくなった。心が少し痛む。私には分からない痛みなのに、それを分かろうとしてしまった上での痛み。その髪の色で、どれだけの傷を負ったのだろうか。クラスでいつも本を読んでいる、彼の姿が目に浮かんだ。




 でも、もう大丈夫だよ、と言える私がいた。話したの、今回が初めてなのに。




「そう………」




私もまつげも伏せて答えると、空気が重くなってしまった。




 ふと窓の外を見ると、日がかげって来ていた。そろそろ彼を帰さなければ。




「もう、帰りましょう。私が送るので」




あの穴に入るのは、1つの条件付きで自由に入れるが、出るのには少々お金がかかる。私は毎日あの穴から現世に出るので定期券を持っているので、今日は門のところにいる門番さんと交渉して私の定期券で帰らせようと思う。














 私たちは、帰る途中にあの花畑を見下ろして立ち止まった。有馬くんは目を細めて水平線の奥に光る火を見つめていた。




「綺麗ですね、さっきは急いでいてあまり見ていませんでしたが。花々が咲き誇る、まるで先ほどの花美神社のように」




「だから花美神社なのよ。あの神社に咲いている花たちは大木の穴から漏れ出た花の胞子が咲いたもの。幻想的でしょう?」




「はい」




夕日が花々を照らすこの時間帯も、私は大好き。落ち着いた空気が漂う、この世界は、私だけのものだーって、叫びたい。




「では、また明日、学校でお会いしましょう。ごきげんよう」




「ええ、楽しかったです。ありがとうございました」




私は、彼がいなくなるまで手を振り続けた。 












______________________








「ねぇ、さっきユミナが連れてきてたあの男の子って…………」




王宮に戻ると、母が私の部屋を訪ねた。切れ目の鋭い瞳をこちらに向けて、私の頭に引っ掛かることをほどこうとする。




「やっぱり、お母さんもそう思うわよね?」




「そうに違いないわ……でも、なぜ?」




まだ、なにかは分からない。でも、これから何かが起きることだけは予知できる。




 私は、呆然とそこに立ち尽くした。

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