「……っつう」




尻餅をついた男の子は、痛そうに腰をさする。頭を俯きがちにしていたので顔は見えない。私は菜の花揚げを持ったまま、その子に近づく。そして彼の顎をひっつかんで、ぐいと顔をあげさせる。




「あなた、誰?」




「……っ」




黒縁の丸メガネに、珍しいもえぎ色の短髪。瞳は漆黒に見えて、光を反射させるとそこにも少し、もえぎ色が入っている。シャープな顎。こわごわと怖じけつきながらこちらを見上げる視線。そして怯えているときの、両人差し指をくっつける仕草。




「あなたは……!」




クラスメイトの……




「有馬葉月ありまはづきくん?!」




「え、あなたは、瀬尾、優歌、さん……?!」




なんだなんだと人たちが集まってくるが、そんなことを気にしている場合でもなく。私たちは呆然とお互いを見つめる。




 有馬葉月。私のクラスメイトではあるが、学校ではかなり地味な性格で、1回たりとも話したことはなかった。ずーっと下を向いてて、何かに怯えている怖がりさん。




 私がずっと気になっていたのは、彼のもえぎ色の髪の毛。根元からちゃんとその色なので、地毛なのだろうが、それをいじめられているのを見たことがある。たしかに、みんな黒ばっかりの髪に、1人だけもえぎ色は目立つわね。日光にかざすと綺麗な緑が映える。




「有馬くん、なんでここにいるの?」




「瀬尾、さん、こそ……!」




彼は、眼鏡の奥の揺らいだ小さな目で見つめてくる。




「私はここの………」




「ユミナ王女!」




私が自分のことを話そうとしたとき、誰かがずけずけと私の後ろからやってきた。




「まーた、こんなところで道草を食っていたのですね!今日は式典があるのに!ほら、早く王宮に帰りますよ!」




それは、私に仕える、キリーヌだった。彼はいつもみたく、端正な顔を崩して鬼の形相をしていた。




「えー!まだ時間があるじゃない!」




「式典の時は時間に余裕を持って行動してくださいっ!ほら早く!」




えー、やだぁ、と言う私の腕を掴んで王宮に帰ろうとする。まだ菜の花揚げ食べ終わってないよー!




 あ。有馬くんがこちらを見てポカーンとしてる。少し眼鏡ずれてるし。彼をこんなところに置いておくのはよくないわよね。




「有馬くん!私に付いてきて!」




「えぇっ?!」




「いいからもう!」




おずおずと私に駆け寄ってきた彼の手を繋ぎ、走りが早いキリーヌに2人、引っ張られるようにして王宮に向かった。














「ユミナ王女。ここにミナ一家いっかの跡継ぎとして、示す。面をあげよ」




そう、祖父であるタミナ王に言い渡されると、私は素早くひざまずいていた姿勢を戻し、王に向き直る。




「ユミナ、おめでとう」




「ええ、ありがとう。おじいちゃん」




「こらっ、ユミナ王女!ここは式典です!タミナ王と呼びなさい!」




おじいちゃんとただ会話してただけなのに、式典というだけで祖父をタミナ王と呼ばなければいけない。それをキリーヌに注意され、「はいはい」と面倒くさいという風に答えた。 




 今日のこの式典は、王宮の人の14歳で迎える4月に行う、立花りっかの式という。現世で言うとこの、立志式的な式典。この式典を済ますと、私は婚約者をつくることが可能になる。




 このミナ王宮は、南花街の王族である人たちが住んでいる。でも王族とは言え、この花国は身分差がほとんどない。花国の身分は、王族と民たみしかない。それに、さっきのキミおばあさんとの仲のように、差が無く、みんな仲良し。だから、平和。今回も、たくさんの民がここ、王宮聖堂の私の式典に集まってくれた。この人たちは、私がここに生まれてから見守ってくれた、大切で大好きな街の人たち。




「14歳、おめでとう!」




「ユミナちゃん、今日の衣服、可愛いわぁ♡」




今日の私の衣服は、チュンファという花国の伝統衣服。とは言え、この国のほとんどが普段着として着ている。




 袖が短い半袖のような浴衣の上と、下は袴のようなもので、ウエストがゴムなので、はきやすくなっている。また、左胸のところと、下のスカートの左下のところに自分たちの好きな花の刺繍が入っている。




 今来ている私のチュンファは今日の式典のためにキミおばあさんが作ってくれたもので、袴の上にレース素材のスカートがふんわりかかっている。ウエストの部分にはリボンがついている。上の浴衣は黄色、袴は水色。ちなみに私の花の刺繍は紅花である。紅花って、華やかさがあって、いいでしょう?




 学校で付けていた伊達眼鏡は外し、右耳の上は三つ編みを。




 そう、私は、この国の王女。




 とはいえ、今さっき、大人の仲間入りをしたばかりだけど。それに、今は私のおばあちゃんが王女で、本当の王女になれるのは、次はお母さん。その次が私なんだけどね。




「俺と婚約してくれー!」




そんなことを私に投げかけてくる40代の男性も。




 というか、私が婚約の権利を手に入れたとしても、この国には私と同じ年代の人がなかなかいない。




 南花街には、一人もいない。

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