私はこの国が大好きだ。花々が咲き乱れるこの国の名は、“花国いちこく”。そのままだ。日本で言えば四国くらいの大きさだろうか。小さい島国の周りを海の代わりに取り囲むのは、たくさんの野花。白、ピンク、赤、黄………などなど。だから、島からよっと、降りることもできる。その上を歩くこともできる。見えぬ地平線の先まで花が咲き誇っている。だが、その先をだれも行くことはない。花国の歴史にもそのようなチャレンジャーはいなかった。なぜなら、花国の人たちは、花を愛しているからだ。花々を踏んづけてまで、先に何があるのかを見に行かない。




 私も、知ろうとは思わない。だって、この国があるだけで十分だから。








○ ○ ○








 みんなの目には、私は普通の女の子にしか見えない。




「きりーつ。さよーならー」




「「さよーならー」」




ふう、今日も学校が終わった。相変わらず体力使う、学生は。私、瀬尾優歌せおゆうかは帰宅部なので、帰る。真っ先に帰る。はいさようなら。まあでもさようならを私に言う人はいないし、私からも言わない。だから、窒素のごとく紛れ込んだ存在でだれにも気にかけられず帰る。別に、寂しくはない。私のような黒縁メガネに黒髪ボブという地味でしかない女子に話しかける人はいない。












 学校から歩いて10分という好立地なところにあるは、花美神社はなびじんじゃ。近所の人も、だれも訪れないような場所だが、花がちらほら咲いていて綺麗な場所である。いや、むしろ、だれも足を踏み入れないから綺麗に花が残っているのかもしれない。境内の奥の方に行くと、だんだんと花が濃くなっていく。色様々な花が私を迎える。




 ……お帰りなさいませ、お嬢様。




 そう地面から聞こえたが、空耳だろう。




 そして、神社の裏側にそびえ立つ大木の前にダン、と仁王立ちする。そして、すうーっと鼻からいっぱいの空気を吸いながら、大木を見上げる。いつもいつも見ているのに、なんだか慣れない、というか、見飽きないというか……。




 とにかく、幻想的すぎるのだ。木漏れ日が私をチラチラ光らせ、風で揺れる木々はまるで喜びの舞を静かに踊るよう。その風は私の顔、首筋を撫で、通っている中学のセーラー服も微かに揺れる。




 ……ただいま。




 そして、大木の根元にある、ちょうど両足を揃えると入れる穴に勢いよく片足を突っ込むと、足が吸い込まれる。全身は入らなそうな穴なのに、なぜか全部ちゃんと入って、1分ほど宇宙空間のような、体が無重力で浮いている感覚を味わう。その空間は、真っ白で無音なのに、天国のようにおちつく。私はいつもほわほわ浮かびながらそっとまぶたを落としている。






 トサッ。あ、着いた。気がつくと、国の入り口である、「花国」という運動会のときの門みたいなのが立っているところにつく。落とされたのに、体はどこも痛くない。そして、門の中に入ると、美味しそうな匂いが立ち込め、いろんな屋台が立ち並ぶ賑やかな街。私は、この匂いと雰囲気が好きだ。




「あ!ユミナちゃん!?久しぶりの学校はどうだったかい?」




これはこれは、いつも私に食べ物をくれる、夫婦で屋台を営むキミおばあさん。今日も、小さい屋台から顔を覗かせている。おじいさんの方は、照れ屋で、あんまり私も顔を見たことがない。だが、どちらも優しいお方だ。ちなみに、ユミナというのは、花国での私の名前。というか、こっちが本名である。




「ただいま!今日も疲れたわ~。校長先生がね~……」




実は今日は新学期、始業式で校長先生の話を、眠たくて首カクカクしながら聞いた。校長先生って、自分だって学生のころ校長の話なんて聞きたくなかったはずなのにさ、自分が校長になると長々と話したがるんだよね。それも内容つまんないし。




 そんな話をキミおばあさんに聞かせると、「あぁ、そうかい」と微笑みながらうなずいてくれた。




「でもね、校長先生の話は時に役に立つこともあるんだよ、ユミナちゃん」




「えー、そうなの!?私はそうは思えないわ」




「ああ、今はそうかも知れないなぁ。だけどねユミナちゃん、そういうところからも学ぶのよ。どうせつまらないと最初からその情報を切るんじゃなくてね、そこから学びを見出だせるようになるといいんだよ。それに、私たちからしたら学校に行けてるというだけでうらやましいわぁ」




そう言って、キミおばあさんは私の頭を優しく撫でてくれた。私はこのおばあさんが大好きだ。この国の人たちはみんな温厚で優しい。私を見かけるとみんな食べ物をくれる、私の大好きな人たち。




「ユミナちゃん、お腹すいたでしょう?菜の花揚げ、食べな」




店頭においてある花国の名物、“菜の花揚げ”を指差し、おばあさんは勧めた。「いつも食べてるわよね」と言われつつ、私は1番大きな菜の花揚げを手に取った。




「ありがとう、キミおばあさん!いただきます!」




ただただ菜の花のかき揚げというシンプルなものだが、菜の花の味が存分に味わえる。苦味のあとにくる甘味がたまらない。まだ熱い菜の花揚げは、包装紙の上から持っても手が焼けそうなくらい揚げたてだった。また、これにかける調味料によっても引き出される味が違う。塩や中濃ソース、チリソースにケチャップ、マヨネーズ。店頭に置いてあるのはその5つだけだが、家に持って帰って他の調味料をかけるアレンジレシピもあるらしい。だが、私は家に持ち帰ってアレンジして楽しむより、店の前のベンチで揚げたてを食らいつくほうが好きだ。




「今日もおいしいわ」




「そうかい、それなら良かった」




この街は、花国の南部、南花街ナンファがいという。そしてこの屋台の目の前に広がっているのは、花の海だ。 




「いつ見ても綺麗なのよねぇ」




そんな風に、ぼおっと花の海を見ていられる時間はもう少し。もっと、時間があればいいのに。




 ドサッ!




「へ?」




すると、私がさっき落ちてきた穴が開き、学生服を着た男の子が地面で尻餅をついていた。




「……っつう」




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