第68話 余計なことを言う王子

 ギルバートもサイラスに向かって走り出す。


「サイラス、走れ!」

「うっ……はい」


 ヨタヨタとだがサイラスは走り出した。そんなサイラスとすれ違ったギルバートはサイラスを後ろに庇う様に剣を構えたのだが、モリス王は解放されたナターシアを抱きしめてすかさずドレスの内側に手を滑り込ませて笑った。


「銀狼、お前には本当に手を焼いたぞ! だが、それもここまでだ!」


 ドレスを皆の前で捲り上げられたナターシアは流石に驚いた顔をしていたが、どうやらモリス王はドレスの中の何かを探しているようだ。


 それに気付いたギルバートはポケットからある物を取り出して掲げた。


「もしかして探しているのはこれか?」


 ギルバートが持っている物を見てモリス王は息を飲んでナターシアを睨みつけると、そのままナターシアを突き飛ばして剣を構えた。


 突き飛ばされたナターシアは驚いたように目を見開いて信じられないとでも言うようにモリス王を見ているが、モリス王はそんな事には構わない。


「くそ! この役立たずが! おい、その女を連れて行け! ユエラ! お前のを寄越せ!」

「残念だが、それも僕が持っている。モリス王、そろそろ観念するがいい」

「なん……だと!? くそっ! どいつもこいつも役に立たない! どうしていつも俺の邪魔をするんだ!」


 モリス王はそう叫んでギルバートに斬りかかって来た。それをギルバートは簡単に避ける。


 何しろ大嫌いな運動を毎日嫌々しているギルバートだ。そのせいでギルバートは戦いが好きだと思われているという事にはギルバートは気付いていない。


 そしてモリス王とギルバートが斬りあいを始めた事で、戦争は再会した。


 けれど、数は圧倒的にこちらが優位である。モリスからしてみれば負け戦も良い所なのだが、それでもモリス王は剣を収めようとはしなかった。


 闇雲に打ち込んでくるモリス王の剣は驚くほど下手くそだ。


「モリス王……下手くそすぎやしないか」


 思わず漏れたギルバートの本音に、仲間も敵の騎士達もギョッとした顔をしてギルバートを見て来る。そんな中、モリス王は顔を真っ赤にして叫んだ。


「お前達、コイツを殺せ! どんな手を使っても構わん! 報奨金も出してやる! 今すぐコイツを殺せーーーー!」


 その一言に敵の騎士達が一斉にギルバートに斬りかかって来た。その様子を見てふと脳裏にキャンディハートさんのポエムが蘇る。


『うっかり発言は、身を滅ぼすゾ! 口に出す前に牛の様に言葉を咀嚼して! そうすれば未来は安泰、かもしれない♪』


 いつもギルバートが心に刻んでいるポエムだ。


 本来お喋りなギルバートはうっかり発言がとても多い。だからこそ無口を装っているのだが、今のは完全にうっかりだった。その結果全ての敵の的になってしまった。やはり言葉は牛の様に咀嚼をしなければならない。


 こうなったらもう後には引けないし、何より適当にのらりくらりと逃げる事も出来なくなってしまった。そんな事を考えながら、ギルバートはいつもの様に目を閉じたのだった。

 

◇◇◇

            

 ギルバートが目を閉じたのを見て、敵も味方もゴクリと息を飲んだ。


「王子……」

「お前は黙ってろ。救護テントはあそこだ。あそこまで歩けるか?」

「大丈夫、ありがとう、ガルド」

「ああ。全く、無茶ばかりしやがって!」

「うん……ごめん」

「早く行け。酷い顔だぞ」


 ガルドはそう言ってサイラスの背中を押し、戦場に戻っていつもの様に目を瞑ったまま敵をなぎ倒していくギルバートを見て笑みを浮かべる。


 これでもう、勝ったも同然だと言わんばかりに。


 実際、ギルバートの強さは圧倒的だった。目を閉じているのにどうして敵の太刀筋が見えるのかはさっぱり不明だが、こうなったギルバートはもう止まらない。


 ガルドは安心したようにまだ地面に転がっているユエラを立ち上がらせてテントまで運んで簡易牢に入れた。

 

◇◇◇


 血を見るのが何よりも嫌いなギルバートは、今日も固く目を閉ざしていた。


 何となく勘に任せて闇雲に剣を振り回せば、大抵何かに当たる。


 でもそれは確認しない。怖いから。


 見えていないから一体何が起こっているのか分からないが、血の匂いがするので当たってはいるのだろう。そしてそろそろ気分が悪くなってきた。


 口を引き結んだギルバートの耳に、モリス王の怒鳴り声が聞こえてきたので、そちらに向かって駆け出すと、いくつもの足音がそれを阻止しようと近寄って来る。


「覚悟しろ! 銀狼!」

「……」


 もちろん口など利けない。今口を開いたら絶対に吐く自信がある。


 けれど、ギルバートは知らなかった。目を閉じて無言で敵をなぎ倒すギルバートが、敵にどれ程の恐怖心を植え付けているかを。 


 戦場において頼りになるのは耳と鼻だけである。あとは大体勘だ。


 その勘だけを頼りに闇雲に剣を振り回していたギルバートだったのだが、ほんの少し油断した瞬間、ギルバートの剣が誰かの剣によって弾き飛ばされた。


 これはマズイ。剣を探すには目を開けなければならない。そうしたら大量の血を見る事になる。


 それは避けたいギルバートは、ポケットからさっき取り合げた不思議な物を取り出した。先端の筒から何が飛び出したのかは分からなかったが、先程モリス王がギルバートめがけて使おうとしていたので、恐らくこれは武器であっている。

               

 ギルバートは薄目を開けて急いで目の前の敵から距離を取ると、モリス王の位置を確認してポケットから取り出したそれをモリス王の足めがけて使った。


【確か……こう!】


 ギルバートが人差し指の仕掛けを引いた途端、またもやドン! という音と強い衝撃が腕に走る。


 けれど、二度目なのでどうにか堪える事が出来た。我ながらこの順応力は長所である。


 そしてそれと同時に、何故かモリス王が短い叫び声を上げてその場に崩れ落ちた。


 一体何が起こったのかさっぱり分からない。さっぱり分からないが、後はもうモリス王を捕まえるだけだ。


 そう踏んだギルバートは、敵も仲間も唖然としている中、モリス王めがけて走り、とりあえず持っていた不思議な武器をモリス王に突きつけた。

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