第69話 キャンディハートさんに助けられる王子

 ゆっくりと目を開けると、足を押さえてのたうち回るモリス王がギルバートの足元に居る。


「【ふぅ……これで】終わりだな。このまま【続けてもお前の負けだ、モリス王。少し】頭を【冷やせ。そうだ! 静かな牢の中でキャンディハートさんを読むといいぞ。その腐った心をきっとキャンディハートさんは】撃ち抜いて【くれる。貸して】やろうか?」

「ひっ!」 


 モリス王はギルバートの言葉を聞いて小さな悲鳴を飲み込んでゴクリと息を飲んで慌てて首を振った。


 それを見たガルドが合図を送ると、戦争の終了を告げるラッパが鳴り響く。


 ギルバートがそれを聞いて大きく息を吐いたところに、誰かがドンとモリス王に覆いかぶさった。その瞬間、モリス王が低く呻いて口から血を吐く。


「何をしている!」


 ギルバートは慌ててモリス王に覆いかぶさった敵兵を引っ張り甲冑を取るなり、驚きの余り目を見開いた。


 モリス王を刺したのは他の誰でもない、ユエラの婚約者として誕生日に参加していたキースだ。


「お前……何故……?」


 ギルバートの言葉にキースは薄く笑う。


「何故? それはこちらの台詞ですよ。早く止めを刺してくれないから、仕方なく僕が殺そうと思ったのに止めるんだもんなぁ」


 困ったように笑うキースは美しい金髪をかき上げて鼻を鳴らす。


 そんなキースを見てナターシアが泣き叫んでこちらに走り寄って来ようとしたが、モリス王をあちらに返す訳にはいかない。


 ギルバートがガルドをちらりと見ると、ガルドは頭を一つ下げてすぐさま駆け寄ってきて、すっかり意識を失ってしまったモリス王の甲冑の隙間に刺さったナイフを固定すると、そのまま連れ去っていく。


 そんなモリス王に手を伸ばして泣き叫ぶナターシアもまた、ギルによって捕えられてユエラと同じ簡易牢に放り込まれた。  

       

 ギルバートはもう一度キースに向き直ると、簡易牢から今度はユエラの声が聞こえてきた。


「キース! 私をここから助けてちょうだい! 早く銀狼を殺すのよ! そうしたら父さまを刺した事は不問にしてあげるわ!」

「ユエラ!? な、なにを勝手に!」

「母様は黙っててちょうだい! この裏切者! さあキース! 早くそいつを殺すのよ!」


 それを聞いてギルバートはキースから一歩距離を取った。


 すると、キースは不敵に笑ってギルバートの後方に視線をやると、簡易牢に入っているユエラに笑顔で言い放つ。


「何故?」


 と。


 それを聞いてユエラはもちろん、ナターシアもギルバートでさえもポカンとしてしまった。キースの笑顔はあまりにも清々しく、何の後悔も無さそうだったからだ。


 それどころか、むしろ何かをやり切った感に溢れている……一体何がどうなっているのか……。


 不思議に思っているギルバートに気付いたのか、ふとキースがギルバートに向き直って首を傾げた。


「あれ? セシルに聞いてない? もう、セシルはいっつもどっか抜けるんだよなぁ」

「セシルと……仲が良いのか?」


 ユエラの婚約者なのに? ギルバートの疑問にキースはコクリと頷く。


「仲が良いって言うか、この作戦考えてシャーロット達を巻き込んだのは僕達だからね。モリスをこれ以上あいつらの好きにさせる訳にはいかなかったんだ。『最後の梟』が発動したんだよ」

「……最後の……梟……」


 なんじゃそりゃ。


 そうは思うものの、ギルバートは出来るだけ冷静を装って深く頷き、静かに言った。


「……詳しく聞こう。一緒に来てくれ」

「もちろん。セシルはもうグラウカに居るんでしょ?」

「ああ。今頃三人でフルーツタルトでも食べてるんじゃないか」

「あは! セシルらしい」

「……一応、捕虜として連れて行くが構わないな?」

「もちろん!」


 爽やかな笑顔でそんな事を言うキースを見て、敵も味方も唖然としている。もちろん、ギルバートもだ。


 こうして、モリスとの戦争は実に呆気なく幕を閉じた。


 本来なら戦争に勝ったらパレードが行われるが、今回は奇襲をかけた為、大半の国民達は戦争が起こっていた事すら知らないでいる。


 けれど、その方が幸せだ。戦争などに国民を巻き込みたくなどない。


 後始末のためにギルと主要意外の騎士達をその場に残して、ギルバート達は先に帰路についたのだった。

 


 帰りの馬車は話を聞く為、キースを同乗させた。もちろん捕虜という名目だが、その手にも足にも枷は嵌められていない。


 救護テントに居たので事情を何も知らないサイラスは、ここにキースが居る事に首を捻りながら、しこたま蹴られた腹を撫でながらガルドに渡された薬を飲んでいる。


「ありがとう、ガルド」

「ああ。この痛み止めは良く効く。切れた頃には痛みも治まってるさ」


 そんな会話をじっと聞いていたキースが、嬉しそうに口を開いた。


「ガルド! 君か、有名なグラウカの鬼団長は!」

「お、鬼団長……」

「そう、有名だよ。グラウカの銀狼と鬼団長は。この二人とはやり合いたくないって梟のメンバーも言うよ」

「その梟というのは何なんだ」


 ギルバートの言葉にキースは腕を組んでじっとギルバートを見上げ、はっきりと言った。


「どこの国にも属さない、秩序の番人、と言えば分かる?」


 それを聞いてギルバートもサイラスもガルドもハッとした。そして思わずキースの顔をマジマジと見つめてしまう。


 伝説だとばかり思っていたが、まさか本当に居たとは! 


「まぁ信じてもらえなくても構わないんだけど、僕はその梟のメンバーなんだよ。ちなみに殺された僕の母もね」

「殺された? 気づかれたということですか?」


 サイラスが問うと、キースは肩を竦めて首を振った。


「いいや、ただ単に邪魔になったからだよ。まぁ、母はそういう役どころだったってだけ。モリス王に嫁ぎ、最後の審判を下す。それが母の役目だった。母が殺された事で、最後の梟が発動したんだ。うちの家系はずっと、梟のメンバーなんだよ」

「【秩序の番人……話に聞いた事はあるが、まさか本当に居たとはな……】シャーロットが言っていたモリスの殺された女王というのが、お前の母親と言う事か。【梟というのは要は秘密結社と言う訳だな。ん? 待てよ。という事は】グラウカにも梟は居るのか?」

「いるね。でも誰かは教えないよ。ただグラウカは大丈夫だと思うな。梟がそちらでも発動しかけたけれど、銀狼が回避したって報告が来てたよ」

「そうか【……一体いつの間に……?】」


 全くそんな感じはしなかったが、まぁいつものようにいつの間にか解決していたのだろう、きっと。

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