第67話 究極の選択を迫る王子
「はい。ですが、王子が指示してくれたこのシールドのおかげで事なきを得ています!」
「本当だな。王子はこうなる事が分かっていたんだろうか……」
そう言ってガルドは甲冑の内側に貼られた限りなく薄いガラスに感嘆の声を漏らして思い出していた。
妹シャーロットを保護する前の事である。ガルドが今後の作戦をギルバートに伝えに行くと、ギルバートは書類にサインをしながらポツリと言ったのだ。
「甲冑の内側【はどうしてあんなにも臭いんだ。それ】に極限まで【重い。一体どうなってるんだ。戦争ではなくて重さで体力を持っていかれるんだ、いつも。もう少し】薄くした【り出来なかったのか。そうだ!】ガラスを【加工すれば……いや、割れるか。刺さったら危ないな。ならばガラスの甲冑に保護する何かを】貼っておけ【ばいいんじゃないか!?】」
「!? はい! すぐに手配します!」
ガルドはそう言って書類をギルバートの机の上に置いて執務室を飛び出し、すぐさま甲冑の中に貼れる程薄く加工したガラスを作らせた。
そのおかげで今、こうして目を保護出来ているのである。何手も先を読む銀狼は、一体どれほど先まで見据えているのだろうか……。
ガルドが感心しながらそんな事を考えていると、突然丘の下からドン! という爆発音が聞こえてきた。その音に戦場を駆けまわっていた馬が驚き、戦場はさらに混乱をきたした。
それからしばらくして誰かが丘の上に姿を現した。
その姿を見て、敵も味方もなくゴクリと息を飲む。
「……王子……」
ギルバートは両肩に二人の人間を担いでいた。一歩、また一歩と大地を踏みしめて歩く様は、ここから見ても分かるぐらい怒りに溢れている。
「王子、だと? ではこっちは……」
ガルドの言葉を聞いてモリス王が言うと、ギルが甲冑を取った。
「残念だね~。本物はあっちだよ~」
「なん……だと!?」
モリス王の乗ってた馬は既に疲れ果てている。こうなる事が分かっていてわざとモリス王にギルを追わせたのだ。そんな事に今更気付いても、もう遅い。
ガルドはギルバートが担いでいる人物を見て口の端を上げた。どうやら作戦は成功したようだ。
◇◇◇
ギルバートは既に疲れ切っていた。
女性とは言え意識の無い人間を二人も担ぐのは厳しい。丘の上に辿り着いた頃には、きっと相当に険しい顔をしていたのではないだろうか。
ただでさえ怖いと定評のあるギルバートが眉間に皺など寄せようものなら、それだけでギャン泣き案件である。
ギルバートはちらりとモリス王を見て言った。
「モリス王……【それだけ甘い顔だと子供に泣かれる事もないのだろうな。僕など子供の相手をする時は常に】覚悟しろ【泣かれるぞ、と自分に言い聞かせているんだぞ】」
そう言ってそろそろ腕の感覚が無くなって来たギルバートは、担いでいた女性二人を下ろそうとしてしゃがみ込んだが、どうやら足も相当に疲れているようで、フラリとよろけて二人を落としてしまった。
その拍子に仰向けに転がった二人を見てモリス王が息を飲む。
「ど、どうしてここに……血が出てるじゃないか! お前、ナターシアに何をした!?」
そう叫んで思わず駆け寄って来ようとするモリス王は、モリスの騎士達に止められて暴れている。
申し訳ない事をしてしまった……本当に殴る気などなかったのだ。それにしても、元王妃はナターシアというのか……。
どう言い訳しようかギルバートが迷っていると、ガルドが冷たい声で言い放つ。
「何をした、などとよくも言えるな。お前達がアルバ王にした事と同じ事をしてやった、それだけだ。どうする? まだ戦争を続けるか? それとも降伏するか?」
ガルドが言うと、ふとモリス王の視線が動き笑みを漏らす。思わずつられてそちらを見ると、そこには口から血を流したサイラスがぐったりとモリスの騎士に引きずられてやってきたではないか!
「サイラス!」
ギルバートは驚いて声を上げた。サイラスがここに居るという事は、シャーリー達はどうなったんだ! まさか全員やられたのか⁉
ギルバートがそんな事を考えていると、ギルバートの声が聞こえたのかサイラスが小さく呻きながら目を開けてギルバートを見た。
「お、うじ……皆……無事……です、安心……して……」
「余計な事言うな!」
「ぐっ!」
モリスの騎士に腹を殴られ、意識を失ったサイラスを見てギルバートはゴクリと息を飲んだ。
「サイラス!」
何て事だ。どうやらサイラスは一人囮になって他の者を逃がしたらしい。
ギルバートは怒っていた。勿論モリスにもだが、サイラスにも。いくら仕事熱心だとはいえ、これは駄目だ。
「モリス王、交換条件だ。サイラスを返せ。こちらからどちらか一人、解放してやる」
ギルバートは思っていた。こんな残酷な選択は本当はさせたくない。
けれど、サイラスの命には代えられないし、かと言ってこの戦争に降伏する訳にもいかないのだ。もしも自分がこんな選択肢を迫られたら絶対に悩む。そして胃を壊す。
そう思っていたのだが――。
「いいだろう。ナターシアを返せ」
「……」
即答するのか! 顔は甘くても中身は本気で最低だ。ふと視線を下に落とすと、一体いつから起きていたのかユエラが驚いた顔をしてモリス王を見ていた。
それとは対照的にナターシアは目を輝かせていて、何だかそれがあまりにも対照的すぎてギルバートは思わずユエラに同情してしまう。
思わず何か言いたくなるが、ギルバートは堪えた。とりあえずこの戦争は終わらさなければならない。
「いいだろう。サイラスを放せ」
「そちらもナターシアを放せ」
ギルバートはナターシアを立たせてゆっくり歩かせた。向こうもサイラスを叩き起こしてこちらに向かって歩かせる。二人がすれ違った瞬間、モリス王が走り出した。これはマズイ。
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