第44話 自分に自信がない系王子
教会の日だと言うのにこんなにも心躍らなかった日が今までにあっただろうか?
いや、無い。
ギルバートは馬車の中で大きなため息を落とした。それを目の前に座るサイラスがハラハラした様子で見て来る。
「王子、何か心配事でも?」
「いや【シャーリーは今日は来ないのだろうと思うと憂鬱でな】」
「そうですか……」
「サイラス、【お前までそんな顔をするな。何か楽しい話をしようじゃないか! そうだ!】 シャーリーンが生きているのは良かったな。しかしアルバの王は【上手く隠したものだ。やはり愛する人は自分の手で守ってこそだ。それしにしてもシャーリーは】一体どこに居るんだと思う?」
ギルバートの言葉にサイラスは首を傾げた。そんなサイラスを見てギルバートは小さく頷いて窓の外に目をやる。窓の外には既に教会のてっぺんにある風見鶏が見えている。
それを見てギルバートはふと思った。
「どこ……とは? 城ではないのですか?」
「【それにしても風見鶏と言うのはあれだな。鶏が朝を呼ぶと言う言い伝えから出来た魔除けだろう? でも】僕は思うんだ。【うちのピッピちゃんとコッコちゃんが朝一番に鳴いているのを】見た事がないな、と。と言う事は? 【鶏の中にも寝坊助はいるんだという事だ。それが個性というのだろうな】」
それを聞いた途端、サイラスはハッとして顔を上げた。
「そう言えばそうですね! 一体どうなってるんだ……」
「不思議だろう?」
「はい!」
サイラスの元気な返事を聞いてギルバートは小さな笑みを浮かべた。
口下手なギルバートだが、今日は随分お喋り出来たように思う。一日一つ自信を持てる事をする、を心掛けている自称自分に自信が無い系王子のギルバートにしては上出来だ。
ふと見るとサイラスは熱心に手帳に何か書きこんでいるので、きっとサイラスもそんな風に感じてくれたのかもしれないと思うと、嬉しいギルバートだ。
やがて馬車は教会に到着した。万が一にもシャーリーはいつもの様にやってくるのではないか、そんな風に考えていたギルバートは、やはりそれが幻想に過ぎなかったのだと、その後すぐに思い知る。
教会に入ると、今日は珍しく全ての懺悔室が開いてた。いつも通り三つ目の懺悔室に入ったギルバートに気付いたのか、あちら側から若い女の人の声が聞こえてくる。
「ギルさん、ですか?」
「……誰だ?」
「私はシャーロット様の侍女をしていた者です。どうか、どうかお願いです! シャーロット様をお助けくださいませ!」
「それは僕の一存ではどうにも出来ない。それに、彼女のした事は到底許されはしない」
まだギルバートは王ではないのだ。どうしようもない。それに何よりも悪役令嬢シャーロットがした事はグラウカにとってもアルバにとっても許されるような事ではない。ただの子供の癇癪にしては、彼女は少々やりすぎた。
淡々と言うギルバートに侍女は一瞬黙り込み、次の瞬間ガタン! と音がした。恐らく立ち上がったのだろう。
「ち、違います! シャーロット様はそんな事はしません! そちらのシャーロット様では……ありません」
最後の一言は控えめな小さな声だった。
けれどギルバートの耳にははっきりと聞こえた。
「シャーリーの方か!」
「シャ、シャーリー?」
「ああ、すまん。ややこしいから愛称で呼んでいるだけだ。気にするな。それで、彼女は今どこに居るんだ⁉」
勢いあまって懺悔室の小窓を開いたギルバートに、侍女が驚いたように目を丸くしている。
侍女はギルバートが思っていたよりもずっと汚れていた。手も赤切れが酷いし、顔も煤で真っ黒だ。どこからどう見ても侍女には見えない。
「お前……本当にシャーリーの侍女……か?」
ギルバートが問うと、侍女は恥ずかしそうに手を隠しながら頷いた。それに気付いてギルバートはすぐさま言い直す。
「すまん、別に汚いとかそういう意味合いではない。ただ、お前がシャーリーの侍女だといくら言い張っても、僕はそれを信用できない。【何せ皆が皆嘘を吐いて来るからな!】」
「ええ、それは……分かります。シャーロット様から伝言です。あの黄色のスーミレは、栞にして常に持ち歩いています。もう二度と会えないかもしれないけれど、私はあなたとキャンディハートさんについて話をするのがとても好きでした。それ以上に、ギルという人が大好きでした。ずっと、ずっと嘘を吐いていて本当にごめんなさい」
侍女はそこまで言ってピンク色のリボンをギルバートに渡してくる。
「シャーロット様からです。あなたに必ずお渡しするように、と」
「……」
ギルバートはそれを受け取って息を飲んだ。それはキャンディハートさんの最新刊についていた帯のリボンだったからだ。
『全ての秘密は守られし』それを見てギルバートは顔色を悪くする。これはシャーリーからのメッセージだ。もうすぐ全ての秘密を知っている自分は殺されるだろう、という。
「彼女はまだ生きているのか?」
「……はい。ですが、周りに居た者は全て解雇されました。その後の足取りは掴めません。シャーロット様が双子だという事を知っているのは、アルバの城に仕えている一部の者だけです。民衆もそれを知りません。だから今、民衆の怒りの矛先はグラウカに向いています」
「なるほど。しかし分からん。今回の戦争を手引きしたのはシャーロットなのだろう? それなのに何故民衆はグラウカを恨むんだ?」
そもそも、モリスとの戦争に勝手に首を突っ込んできたのはシャーロットだ。それなのに何故怒りをこちらに向けてくるのかが分からない。
「王妃がそう言ったからです。王妃がシャーロット姫と結託してグラウカを陥れようとして民衆に向けて言った嘘を、民衆は信じています」
「そうか。つまり、シャーロットはアルバの王妃と手を組んでいるという事か」
「はい……そして王妃様はモリスと手を組んでいます」
ギルバートはそこまで聞いて腕を組んだ。何だかさらにややこしくなってきたな。
王妃がモリスと手を組んでいる? 結局のところ、王妃もシャーロットも何がしたいんだ?
「それで、お前は大丈夫なのか? そんな話をここでしても」
「大丈夫……ではないかもしれません。農民を装ってここまで来ましたが、バレたら間違いなく死罪です」
「だろうな。では最後にシャーリーがどこに居るか、何の手掛かりもないのか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます