第43話 取引する王子

「レイリー。少しやつれたか?」

「こんな所に居て太ったら、逆におかしでしょう?」


 そう言って自嘲気味に笑ったレイリーは、ここに来てから一気に白髪が増えた。椅子があるにも関わらず、床に座り込んで長い足を投げ出している。小さい頃からキチっとした姿しか見て来なかったから、少し意外だ。


「ロタは生きてるぞ」


 ギルバートが言うと、レイリーはハッと顔を上げた。虚ろだった目に少しだけ光が戻る。


「ちゃんと食べてるし、寝てるし飲んでる。今頃飴でも舐めてるんじゃないか」

「……はは、ロタらしい」

「お前達、一体いくつ違うんだ?」

「三十と少しですよ。そんなに珍しくもないでしょう? 貴族であれば」

「貴族であればな。しかし、何故こんな事に手を貸したんだ? ロタと共に暮らしたいからか?」


 それほどまでに城勤めが嫌だったのかと思うと、少し悲しいギルバートである。


「それもありますが、一番は復讐……でしょうか」

「復讐? 僕にか? 父にか?」

「いいえ。もっともっと前の代です。私達、モリス王家の分家を奴隷のように扱ったグラウカ王家とアルバ王家への」

「モリス王家の分家? お前が?」

「ええ。戦争に負けたモリスの王族の分家を自国に連れ帰り奴隷のように扱い、虐げてきたのですよ、あなたのご先祖様は! さらにアルバはモリスに引き取られたシャーリーンにまで手をかけた! 可愛い、可愛い妹にまで!」


 そう言ってレイリーはグシャリと前髪を握る。それを聞いてギルバートは首を傾げた。


「シャーリーンも生きてるぞ?」


 ギルバートの言葉に、レイリーは見た事もない呆けた顔でギルバートを見上げてきた。


「……は? い、生きて……る? で、でも自分たちを産んで、亡くなったとシャーロット姫が……」

「ああ、それはアルバの王妃が殺そうとしたからだ。アルバの王が愛していたのはシャーリーンだぞ。だからずっと隠していたんだ、ある教会に。ところが、三年前から目を覚まさないと侍女が言っていた。恐らく、誰かに呪術をかけられている」

「そ、そんな……生きてる……のか? シャーリーンは……生きて……?」

「ああ。ガルドが直接見て来たからな。それに、アルバの血を引いているのはシャーリーンが産んだ双子だけらしい。という事は、お前もまた利用されていたという事だな、レイリー」


 その言葉にレイリーはハッとして顔を上げた。


「は……はは……どこで……間違えたんだ……」

「お前はずっと僕の大切な執事だった。それを、手酷い裏切りだ。それに多分だが、シャーリーンに呪術をかけたのは、あの悪役令嬢シャーロットだ」


 ギルバートの言葉にレイリーは顔を上げなかった。顔を上げずにポツリと言う。


「姫……私を騙していたという事ですか?」

「いいや。シャーロットはモリスも騙している。あの女は、全てが欲しいんだそうだ。何もかも欲しくて仕方ない、まるで子供だ。レイリー、僕と取引しようか。知っている事を全て話すのなら、極刑は避けられるだろう」


 その割にはやたらと悪知恵が働くから手に負えないだけで、蓋を開けてみれば何てことはない。ただの子供の癇癪だ。


 ギルバートの言葉にレイリーは薄く笑った。


「取引? 私が全て話すとでも?」

「ああ。僕はお前の事をよく知っているつもりだ。【何せ幼い頃からずっとお前を見て来たからな! 何より僕の恥ずかしい趣味を唯一知ってるしな】」


 レイリーが毎回買って来てくれるキャンディハートさんの詩集を思い浮かべながらギルバートが言うと、レイリーはおかしそうに肩を揺らした。


「シャーリーンもロタも生きている。姫は私を騙そうとしていた……もう何を信じていいのか分かりませんね。王子の方がまだマシなのかもしれない。あなたは本当に品行方正ですから。趣味は……ちょっとあれですが」

「そもそも【キャンディハートさんを勧めて来たのはお前だろうが! それを僕はずっと熱心に読んでいたんだぞ⁉ 】騙されているとも知らずに、まんまとハマるとは……。【まぁ、そのおかげでキャンディハートさんに出会えたんだがな】」


 ギルバートは睨みつけるようにレイリーを見ると、レイリーはゆっくりと頷く。


「王子の仰る通りですね。あちらの意図も見抜けず騙された私が馬鹿なんです。ただ、私の持っている情報も全てではありません。それでも良ければお話しましょう」


 レイリーはそう言って下着の中から密書と思われる手紙をギルバートに差し出してきた。 いくらバレると困るからと言って、そんな所に入れていた物をあまり触りたくはないのだが……まぁしかし、レイリーの立場を考えると仕方ない。


 ギルバートはそれを受け取って立ち上がった。


「ああ、そうしてくれ。ガルドに代わろう。【あいつ怒ってたからな……】歯の一本や二本は覚悟しておけ」

「……はい」


 そう言ってギルバートが牢を出ると、そこにはガルドが怖い顔をして立っていた。これは歯の一本や二本では済まないのではないだろうか……。


「王子、レイリーは何と?」

「取引をしてきた。知っている事を全て話せ、と」

「畏まりました。ですが、嘘をつく可能性もあります」


 拳を握りしめてそんな事を言うガルドにギルバートは低く唸るように言う。


「もしも【嘘を吐いたとしても、レイリーはああ見えて本当に真面目な奴なんだ。】この期に及んで嘘を吐いたなら、【それはきっと何か嘘を吐かなければならない事情があるのだろう。】その時は【僕も共に】首を【差し出そう。あ、そうだ。これを預かっておいてくれ。僕が持っていて】落とす【と困るからな!】」


 ギルバートはそれだけ言って指先で抓むようにして持っていた手紙をガルドに押し付けて歩き出した。そろそろ今日のレモネードの時間である。

 

◇◇◇

                

 ガルドは歩き去っていくギルバートの後ろ姿を見つめながら頭を下げた。


 たとえ裏切者ならば長年務めていた執事にも容赦の無いギルバートだ。ガルドなど、顔見知りであればやはり手を緩めてしまうだろうと思うのに、ギルバートはそれを一切しない。本当に怖い人だ。


 ガルドは時計をチラリと見てため息を吐いた。既に夜の十時だ。これは一晩はかかりそうだ。何か夜食を頼んでおいた方がいいかもしれない。


 ガルドは気を引き締めてギルバートに渡された手紙をグシャリと握りつぶした。


 その後、一晩中レイリーの尋問をしたガルドは、朝を待ってギルバートに報告に行くと、ギルバートはまるで分かっていたかのように深く頷いただけだった。


 レイリーとロタにスパイのような活動を指示していたのは、やはりシャーロットだった。


 レイリーの話では、シャーロットが本当にしようとしている事までは分からないという。女王の傀儡のようで、時々自分の意思を持って動いているようにも見えたそうだ。


 実際シャーロットの側近であったはずのロタとレイリーの話はどちらも符合していて、レイリーもロタも嘘はついていない事が分かった。そして二人ともがシャーロットの意図は分からないと言う。


 つまり、シャーロットはこの二人にすら嘘をつき、誰一人として信用していなかった可能性がある。


 悪役令嬢シャーロットの本当の目的は一体何なのか、誰にもそれが分からないまま時は過ぎた。

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