第42話 震える王子

「お前は?」

「俺は情勢が悪くなってきたから昨日付けで城を止めてきたんだ。ロタから手紙を預かってる」

「なに? ロタはここに居ないのか?」

「ああ。ロタが逃げてすぐにレイリーが処刑された。城では次々に仲間が捕まってる」

「レイリーが……処刑、だと?」

「そうだ。連絡が入ってないか? 城ではその話で持ち切りだ。俺もいい加減ヤバそうだから辞めてきたんだ。レイリーの事をロタに伝えて、ここから逃げろと言ったのも俺だ。その時、手紙を預かった。王子は姫が双子だって気付いてる。そして、隠し場所にもあてがあるみたいだ。もしかしたら、こっちの情報も漏れてるかもしれない」


 ガルドの言葉に男たちは顔色を変えた。


「お前、どこに勤めてたんだ?」

「調理場だ。鳥を使ってたが、王子があの鳥を怪しいと踏んだ。もう使えない」

「確かに……調理場にも仲間が居たな」

「ああ。お前達もすぐにグラウカを出た方がいい。逃げたロタを探して近々城下まで兵士が下りて来るみたいだ。あと、双子の方の隠し場所も変えた方がいい」


 その言葉に納得したように男たちは顔を見合わせて頷く。


「なるほどな。分かった。手紙はとりあえず受け取っておく。ロタは他に何か言ってたか?」

「いや……レイリーの事がやはり相当ショックだったようだ……」


 そう言って視線を伏せたガルドを見て、男たちは黙り込んだ。


「まぁ、そうだろうな……年の差なんて気にならないほど仲良かったからな、あいつら」

「ああ」


 何だかしんみりとした男達を見てガルドも何とか頷いたが、内心では未だに信じられないのだ。あのレイリーとロタが? という思いで一杯である。


「お前もグラウカを出るんだろ?」


 聞かれて、ガルドは頷いた。


「あと少しの我慢だ。最後まで捕まるなよ」

「お前達もな」


 ガルドはそう言って片手を上げると、男達が宿から出て行くのを見送り、すぐさまカウンターの奥に隠れていた騎士達にめくばせする。


「頼んだぞ」

「はい」


 そう言って騎士たちは、さも今宿から出て来たかのように男達の後を追った。


 城に戻ったガルドはすぐさまそれをギルバートに報告する。


「そうか。ご苦労だった。【これですぐさまシャーリーの元へ向かってくれればいいが】」


◇◇◇


 翌日、ギルバートは久しぶりにシャーロットの牢に向かった。


「すまないな。ここ最近は来られなくて」

「いえ、いいの……それよりも、ロタはどうなったの⁉」


 仮面の奥の紫の瞳が揺れた。ギルバートはふと、キャンディハートさんの詩集2を思い出す。


『女の嘘はなかなか見抜けない。それはね、ずーっと計画してたからヨ!』


 なるほど。あの詩はどういう事かとずっと思っていたが、こういう時の事を言っていたのか!


「無事に逃がしたぞ。レイリーと共に。ただ、僕にはどうしようも出来なかった事が一つだけあるんだ。すまない、シャーロット……僕は、君を救えないかもしれない……」


 悲し気に視線を伏せたギルバートを見て、シャーロットが驚いたように口元を覆った。そして指先を震わせ、その後首を振る。大した演技力だな。役者を目指せばいいのに。


「そんな……いいえ、でも、誰かが償わなければならないもの……シャーロット、気を強く持つのよ……」


 まるで予め決められていたように独り言を言うシャーロットがそろそろ怖くなってきたギルバートは言った。


「力になれなくてすまなかった。やはり王は今回の事をかなりお怒りだったようだ。いくら元婚約者だという事を考慮しても、君の処刑は免れない」

「いいえ、いいえ! あなたが悪い訳ではないわ! 私が……私が悪いの! 姉さま達にまんまと騙された私が悪いんだわ!」

「……」


 シャーリーはそんな事は言わない。確実に。どんな時でも少々卑屈だと思う程に何でも自分のせいにするような子だ。


 そもそも、誰かにナチュラルに罪を擦り付けたりしないぞ。ちょっと修行が足りないんじゃないか?


「おまけに、処刑人が今回に限り騎士団長のガルドになってしまってな……」


 申し訳なさそうに言ったギルバートの耳に、とてつもなく低い、は? と言う声が聞こえてきた。


 驚いて顔を上げると、シャーロットは椅子から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。


「そ、そうなんですか……ガルド様と言ったら、あの精悍な方ですわよね? 私をここに連れてきた」

「ああ、そうだ」


 ギルバートはシャーロットの口元が醜く歪んでいるのを見て、作戦の成功を感じた。


「で、でもどうしましょう? もしも私が処刑などされたら、民はきっと怒り狂ってグラウカに攻めて来てしまうかもしれません……」

「それは……仕方ないだろうな。君の評判は聞いている。確かにそういう動きも出ているようだが、その場合はこちらも剣を取る他ないだろうな……ただ、それをアルバの王は許すだろうか?」

「……」


 ギルバートの言葉を聞いてシャーロットは黙り込んだ。指先が焦ったように忙しなく動いているのは、考え事をしている時の仕草なのだろうか。


「そうだわ! あなたがもう一度私と婚約してくれれば……」

「それは出来ない。僕は一国の王子として、アルバの姫である君との婚約を解消したんだ。今更それを覆らせることは出来ない。君も一国の姫としての立場で僕との婚約を受け入れたはずだ。だから分かるだろう?」


 何せ愛も無いしな! というか、ギルバートが愛しているのはシャーリーの方だからな!


「この顔を見てもそんな事を言うの? ギル……」


 そう言って仮面を取ったシャーロットに、ギルバートは頷いた。


 顔は流石双子だ。全く同じだと言ってもいいほどよく似ている。


 けれど、ギルバートの愛したシャーリーとは全然違う。


「あなたは……やっぱりグラウカの銀狼なのね……悲しいわ」

「僕もだ、シャーロット。君は噂に違わぬ悪役令嬢だったようだ。さようなら」


 それだけ言って、ギルバートは牢を後にした。その途端、何かを投げつけて暴れる音が聞こえてくる。


【あれが本性か……やはり女性は恐ろしい……】


 さっきまではあれほどシャーリーを演じようとしていたのに、ガルドは自分の手には落ちないと踏んだか。ギルバートは背中で暴れるシャーロットの怒鳴り声を聞きながら、次はレイリーの牢に向かう。

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