第45話 憤る王子

「はい……ただ、お嬢様を乗せたと思われる馬車が南の方に向かったという情報は聞きましたが、それ以降、誰もお嬢様の姿を見てません」

「それはいつだ?」

「3日前です。それまではずっと、お嬢様は城の地下牢にいらっしゃったので」

「そうか」


 ギルバートはそれを聞いて頷いた。ガルドが宿で流した情報を受けて、慌ててシャーリーの隠し場所を変える事にしたのだろう。と言う事は、もしかしたらそろそろこちらにも情報が入るかもしれない。


「ところでお前にもう一つ聞きたいのだが」

「はい」

「今、アルバの王は?」


 娘の誕生日に体調を崩したと言って参加しなかったアルバの王。彼とは一度も会った事がない。あの送られてきた手紙だって本当にアルバ王が書いたかどうかも分からない。一度面会したいが、まだ体調は戻らないのだろうか。


 ギルバートの言葉に侍女はハッとした。まるでどうしてその事を知っているのかと言わんばかりである。


「し、城に居ます」

「本当に? まさかもう死んではいないよな?」


 ギルバートはアルバ王の体調が知りたかったのだが、何だか侍女はおかしな返答をしてくる。不思議に思ったギルバートが問うと、侍女は驚いたように目を丸くした。


「まさか! 何て事仰るんですか! ご健在です! ちょっと呪術をかけられて表には出れない……はっ!」


 それを聞いてギルバートは薄く笑った。思わぬところから思わぬ情報が手に入った。なるほど、アルバ王も呪術をかけられているのか。


「なるほどな。良い事を聞いた。城では緘口令が敷かれているんだな?」


 侍女はそれを聞いて諦めたように頷いて、指を忙しなく動かす。そんな様子を見てギルバートは言った。


「安心しろ。別にそれを聞いたからと言ってアルバに攻めて行ったりはしない。そんな事よりもまずはシャーリーを助ける方が先だ」

「! で、では……お嬢様を助けてくださるのですか⁉」

「ああ。グラウカは事情を知っている者全員を探している。それはシャーリーもだ。ただ、シャーリーは完全に利用されていただけだと言う事はもう分かっている。見つかったからと言っておかしな事にはならないはずだ」


 それを聞いて侍女は一瞬泣き出しそうに顔を歪め笑顔で頷くと、深々と頭を下げて懺悔室を出て行った。


 ギルバートは馬車に戻り、一緒に来ていた騎士団に今の侍女の後をつけるように言いつけ、今聞いた話をサイラスに話して急いで城に戻ったのだった。


 こうしちゃいられない。次にシャーリーに出会った時用にあの紫の花畑を再現しておこう。きっと喜ぶに違いない! シャーリーはまだ生きている! それが聞けただけでも収穫はあった。

         

◇◇◇


 サイラスは城に戻ってすぐにガルドにギルバートから聞いた話をした。それを聞いてガルドは腕を組んで考え込む。


「確かにそうだな。娘の誕生日会だと言うのに、王は居なかった。しかしその侍女というのが言う様にアルバ王も呪術をかけられていて動けないというのなら、納得がいく。あの時は体調が優れないと言われていたから深くは考えなかったが、よくよく考えるとおかしいな」

「そうなんだ! 王子はあの誕生日会の頃から疑ってたのかな?」

「どうだろうな。それは王子に聞いてみない事には分からないが……王子はいまどこに?」

「今は鍛錬中だよ。帰ってくるなりすぐにその話を王に話して着替えて外に飛び出して行った」


 サイラスは馬車が城に到着するなり飛び出して行ったギルバートを思い出して、いつでも自分に厳しいギルバートに尊敬の念を送る。


 サイラスの言葉にガルドも深く頷く。王子に出来ることなど限られている。全ては王の判断を仰ぐほかないのだから。


 けれど、いついかなる時でも己を高めようとするギルバートには頭が下がる思いだ。ギルバートはきっと、その情報を得た事でまたいつ戦争になっても良い様に備えるつもりなのだろう。


「そうか。流石だな、王子は」


 呟いたガルドは、自分も王子に恥じぬよう鍛錬をしようと心に誓ったのだった。


◇◇◇

               

 ギルバートは焼け焦げた土をしばらく耕していたが、ふとある事に気付いた。耕したはいいが、肝心の種が無いという事に。


 そんな事に今更ながら気付いたギルバートは、急いで書庫に向かいあの花について調べる。


 するとどうだ! あの花はモリスの固有種だというではないか! これはいけない。たとえ敵対しているとはいえ、どうにかしてモリスにあの花の種を分けてもらわねば。


 ギルバートは急いで執務室に戻ってサイラスを呼びつけた。


「お呼びでしょうか」

「ああ。モリスに手紙を書いてくれ」

「モリスに……ですか? 内容は」

「あの花の種を分けてくれと。【知ってるか? あの花はモリスの固有種なんだそうだ! それにあの花をシャーリーがとても気に入っていたんだ! どうせなら沢山栽培して】シャーリーンにも送ると【喜ばれるんじゃないか? 将を射んとする者はまず馬を射よだ!】頼めるな?」

「! 畏まりました!」


 サイラスは目を輝かせて執務室を足早に出て行った。本当にどこまでも勤勉な男だ、感心感心。


 さて、こうしちゃいられない。モリスからいつ種が届いても良いようにしておかなければ。


 それから一週間経っても二週間経っても種は届かなかったが、ガルドが送った密偵から情報が舞い込んだ。どうやらシャーリーが隠れている場所が特定出来たようだ、と。それと同時にアルバの民衆が遂にこちらに攻めてきそうだという連絡も入った。


 ギルバートは地図を広げてシャーリーが連れ込まれたと思われる場所を何度もペンで叩きながら頭を悩ませていた。今すぐにでも助けに行きたいのを、グッと堪えているのだ。


「何て事だ……【よりにもよってモリスの娼館だと⁉ シャーリーに何かあったらどうするつもりなんだ!】」


 そこまで考えてふと思い直した。娼館であれば貴族は迂闊に近寄らない。おまけにシャーリーが隠されているのは娼館の中でもかなり粗悪な娼館だ。


 つまり、シャーリーの存在が外に漏れる可能性は限りなく低いという事だ。


「シャーリーをどうしても外には出したくないようだな。そうまでして双子と言う事がバレたら困るという事か」


 やはりガルドが以前言っていたように、入れ替えて処刑させてさも生まれ変わったように見せかけるつもりか。


 しかしやはりガルドは頼りになるな。よくもそんな事を思いついたもんだと感心すらする。ギルバートは本当に部下に恵まれている。


「問題は助け出すタイミングだな」


 ギルバートはポツリと呟いて頭を押さえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る