第41話 優秀な部下を持った王子
しかし、万が一ギルバートが気づかなければどうするつもりだったのか。ガルドの問いにサイラスは頷く。
「それはそれで構わなかったんじゃないかな。そのまま王子を丸め込んで結婚して、今度は拠点をグラウカに移すだけの話だよ。王子の言った通り、全てを手に入れたいのなら、いずれグラウカも視野に入れてただろうし」
「なるほどな。これで分かったな。入れ替えのタイミングが」
「え⁉ い、いつ⁉」
「その理屈でいくなら、間違いなく処刑の寸前だ。一国の姫を処刑するなら一般的には公開処刑だろうが、うちは王子の意向で公開処刑は無いからな。あの人はそういうのは好まない」
「た、確かに」
「という事は? もう分かるだろ? 誰にシャーロットの息がかかっているのか」
「処刑人か!」
「そうだ。よし、明日一番に城中に触れを出そう。シャーロットの処刑は俺がやる、と」
ガルドの言葉にサイラスはギョっとした。
しかし、ガルドの目は真剣だ。ガルドはきっと物凄く腹が立っているに違いない。みすみすスパイが入り込んでいたこの現状に。
冷たい声で言い放ったガルドを見ると、その横顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「これで終わりだ、悪役令嬢シャーロット」
◇◇◇
今日も朝から大雨だった。どうやら今日のコッコちゃんとピッピちゃんとの追いかけっこはお預けのようだ。
ギルバートは鶏たちの小屋に向かい、コッコちゃんとピッピちゃんの蹴りを受けながらしゃがみこんで卵を探していた。すると、小屋の外からこんな声が聞こえて来た。
「おい、聞いたか。シャーロット姫の処刑はガルド様が自ら引き受けたらしいぞ」
「え⁉ ど、どうして……いつもの処刑人じゃないのか?」
「ああ、違うらしい。今回はガルド様が自ら名乗り出たらしい。多分、今回の戦争の事を相当怒ってらっしゃるに違いない」
「そ、そんな……」
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
「え? あ、ああ。大丈夫だよ。いや、すまん、ちょっと体調が悪いみたいだ」
「おいおい、大丈夫か? まぁ、今日は当番変わってやるよ。しっかり休めよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って一人分の足音が消えた。恐る恐るギルバートは小屋から外を覗くと、そこにはコック服を着た男が何かを書き付けている。
書き終わると口笛を吹き、それを聞きつけたようにどこからともなく一羽の鳥が飛んで来た。それは間違いなくあの鳥だった。ひよこ豆が大好きな!
ギルバートは音を立てないように小屋からそっと出ると、すぐさま部屋に戻り、鳥が来るのを待った。もうひよこ豆もばっちりバルコニーに撒いてある。そこへ、やはりあの鳥がやってきた。
「お前は賢いな。【お使いついでにここで毎回おやつを食べてサボっていたんだな?】」
鳥はギルバートの言葉を理解しかのように一声鳴くと、すぐさま近寄って来た。コッコちゃんとピッピちゃんには散々蹴られるが、このヒヨコマメ(鳥の名前だ)だけはギルバートに近寄ってきてくれる可愛い奴だ。
「どれ、メモを貸してくれ」
そう言ってギルバートは鳥の足からメモを取ると、中を開いてため息を落とした。
『処刑人ガルドに変更・プランBへ移行。ロタとは連絡取れず』
「いくつプランを作っていたんだ! 全く!」
ギルバートの声に鳥は足を上げて早くメモを寄越せと催促してくる。
「ああ、今つける」
『処刑人決定。変更なし。ロタ、宿屋『アウル』に潜伏中。回収せよ』
「よし。では、これを頼んだぞ」
ギルバートが鳥の足にメモを括りつけると、鳥は大変元気な返事を返してくれた。
鳥が飛び去ったのを見てギルバートはすぐさまガルドの元に向かう。
「ガルド。敵がアウルにロタを回収しに来る。見張りをつけておいてくれ」
「へ? い、一体何故……?」
突然のギルバートからの指令にガルドは驚きを隠せない。そりゃそうだろう。ロタはまだ拷問部屋に居るのだから。
「これを」
ギルバートは持っていたメモをガルドの机に置くと、ソファに腰かけ言った。
「処刑人は変更なし。ロタは『アウル』に潜伏中と書いておいた。二度も鳥の誘導に引っかかってくれるかどうかは分からんが、一応見張っておいてくれ。あと、これを飛ばしたのはコックだったぞ」
「わ、分かりました! スパイの方も調べておきます」
「ああ、頼む。【すまないな、次から次へと。全て片付いたらお前達にも休暇をやるからな】」
「はい! あ、もし来たら捕まえますか?」
「いや【待てよ。もしかしたら金一封の方がいいか? キャンディハートさんも言っている。相手の事を】調べて泳がせろ【ってな! コミュ障の僕は人の心の機微に少々疎い所があるから気をつけなければならないな】」
ガルドの話を聞いているようで聞いていないギルバートである。こういう所が大きな欠点なのだが、ガルドにしてもサイラスにしても、ギルバートの言葉を上手い具合に汲んでくれる。ギルバートは本当に優秀な部下を持った。
「そうか! 確かに泳がせておけば双子に辿り着く可能性もありますね! 分かりました。現れた者に見張りをつけます」
「ああ、【全て片付いたら必ず何か用意するからな!】」
多少のすれ違いは生じるものの、それでも上手く会話は出来るものだ。本当にギルバートは――以下同文。
◇◇◇
ガルドはギルバートの言う通り、すぐさまスパイのコックを調べ上げて捕えた。
そして城下町の『アウル』に行き、ロタという女を探しに来た連中が来たらすぐに知らせてくれと店主に金を握らせて部屋の一室で待っていた。
張り込みを開始して二日目の夜、血相を変えた店主が部屋に飛び込んできて震える声で言う。
「き、来ました! 男三人です!」
「そうか。まだ帰ってはいないな?」
「は、はい! 嘘をついて引き留めています!」
「ありがとう。突然悪かったな」
「と、とんでもない! ギルバート様のお力になれるなら、喜んで手を貸します!」
「そうか。王子の代わりに礼を言っておく。ありがとう」
ガルドはそう言って部屋を出てカウンターに向かった。
「あんた達がロタを迎えに来たのか?」
いかにも柄が悪そうな男三人にガルドは気後れする事もなく話しかけた。すると、男たちはガルドの顔を見るなり顔を顰める。
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