第40話 慰める王子

「あんたの言った通りだよ。欲に目がくらんだ。ここから逃がしてやるって言われたんだ。そしてどこか遠くでレイリーと暮らす手伝いをしてやるってね」

「なるほどな。その為に他の誰が死んでも構わなかったという事か」


 ギルバートが冷たい声で言うと、ロタは真っすぐギルバートを睨みつけてきた。


「あんた達に何が分かる! 全部持ってるあんた達に! あたし達がどれほど辛い思いをしてるかも知らずに! 底辺から抜け出そうと考えて何が悪いんだよ!」

「ふざけるな。では聞こう、お前に僕達の何が分かる。国の情勢を常に考え、時には戦場のど真ん中に立ち、国民の生活を守る為に嘆願書に毎日毎日時間を費やしているというのに。お前の国がどうだったかなど知るか。少なくとも僕はそうだ。誰かの身勝手で殺されていい人間など、この世に一人もいない。あまり馬鹿にしてくれるなよ」


 そこまで言ってギルバートはハッとした。


【最悪だ……やらかしてしまった……王子たるもの、常に平静で居なくてはならないと言うのに……何たる失態……】


 しかしキャンディハートさんは言っていた。


『おかしい時は笑え! 悲しい時は泣け! 腹が立ったら怒れ! でないと早死にするかハゲちゃうゾ!』と。とても素晴らしい詩だ。


 ギルバートの言葉にロタは完全に黙り込んだ。しばらくして、口の端を上げて乾いた笑いを零す。


「はは……あたし、グラウカに生まれれば良かった……そしたら、レイリーとも一緒に居れたのに……もう一人のシャーロットが言ってたまんまなんだね、あんた……いい奴なんだね……」


 ロタはそう言って涙を零した。どうやら、毎週シャーリーに付き添ってあの教会に来ていたのはロタだったようだ。そして、シャーリーからギルバートの話をずっと聞いていたのだろう。


 しゃくりあげるように泣き出したロタに、ポケットの中にあった飴をやった。


「そんなに泣いたら喉を傷める。これでも舐めてろ。【僕のお気に入りなんだぞ】」

「はは、ありがと」


 ロタの手にしっかりと飴を握らせると、ギルバートは慎重に地下通路を通って、拷問部屋を後にしたのだった。


◇◇◇


 その頃、サイラスは伝手を使ってシャーロットの足取りを追っていた。


 アルバではガルドの言う通り、シャーロットを取り戻そうという運動がどんどん広がってきていて、とうとうそれは城の内部にまで伝播しているようだった。


 それについて王から近々、グラウカにシャーロットを解放するよう話し合いを申し込むという正式な公表が王妃からあったそうだ。


 しかし分からない。これだけ望まれているのに、何故悪役令嬢の方のシャーロットは双子の処刑を望んでいるんだ? ただ入れ替わるだけではいけないのか?


 サイラスは今日のレモネードをギルバートの部屋に運びながら、ずっと考えていた。アルバでは人気のあるシャーロット。


 しかし、それはどうやら双子の方の人気らしい。


 ギルバートが言うには、今牢に居る者こそ、悪役令嬢の方だと言う。では、どうして初めから双子を捕らえさせなかったのか。そこも謎である。


 ギルバートの部屋に入ったサイラスが部屋を見渡すと、寝室からギルバートが声をかけてきた。


「サイラスか」

「はい。お休み中失礼しました。本日のレモネードをお持ちしたのですが、お下げしますか?」

「いや【今日は少し遅かったんじゃないか? どうした? 何かあったのか?】」

「では、こちらに置いておきます」


 サイラスはレモネードを机の上に置いて部屋を後にしようとすると、寝室からギルバートが姿を現した。


「【サイラス、何があったかは知らんが、】自分を【誰よりも優れていると自信を持て! 周りに】崇拝させる【ぐらいの強い気持ちを持つんだぞ! 僕などどれほど普段虚勢を張って生きているか! しかしそれは国民達を正しく導く】為にだな【日々努力をしている訳だ。しかしその努力を努力と思わせてしまってはならない。ここが王子の難しい所で――】」

「! 王子! 流石です!」


 サイラスはそれを聞いて全てに納得した。


 そうか! シャーロットは国民に蘇ったと思わせたいのか! 双子の処刑を使って! 何と言う事を考える女なんだ! まさに悪役令嬢ではないか!


「ああ【いや、すまない。少し偉そうだったな。】僕には【偉そうに言える事など何もないが、サイラスの機嫌が悪いかどうかは】すぐに分かるからな」

「⁉ なるほど!」


 満足げに頷いたギルバートにサイラスは頭を下げてガルドの部屋に急いだ。


「ガルド!」

「サイラス、またお前か! 今度はなんだ?」

「僕はずっと不思議だったんだ。どうしてシャーロットは捕まる役を双子にやらせなかったのか、って。そして、どうして処刑を待っているのか、って。ようやく謎が解けたよ!」

「本当か? 俺もその二点がずっと謎だったんだ」


 身を乗り出したガルドがグラスに酒を注いでサイラスの方に押しやって来た。それを受け取ったサイラスは、一気に飲み干して高揚した気持ちを落ち着かせる。


「今、王子にレモネードを持って行ったんだけど、王子が突然答えを言ってくれたんだ! 牢に居るシャーロットは、恐らく自分が処刑されて復活したと見せかけたいんだろう、って。そうする事でシャーロットを崇拝しだす人間が現れる。そうなったら、謀反だよ!」


 アルバでジワジワと波及するシャーロットを取り返そうという動きを見ても分かるが、どうやら双子の方は人格者なようだ。そちらが積み上げた実績を使い、双子を処刑してあたかも自分が生き返ったかのように演出すれば、嫌でもシャーロットを信仰する人間が現れる。


 それを聞いてガルドは驚きの余り仰け反った。


「神にでもなるつもりか!」

「近い事をしようとしてるんだと思う。全てを知っている侍女はもう年だ。誰も本当の事を言った所で信じないよ。それに、王子は言ったんだ。僕にはすぐに分かるって。どちらのシャーロットかが、王子にはすぐに分かるんだと思う。それが分かっているから、悪役令嬢自らここに来なければならなかったんだ! 現に、王子は牢にいるのが悪役の方だって気付いてる」

「なるほどな。下手に双子を捕まえさせて、そのまま王子に保護されてしまえば、計画は破綻する。だからあえて、悪役令嬢自ら捕まったと言う事か!」

「そう!」

「で、まんまと王子に気付かれて処刑まで持って行き、自分とすり替えようとしたという事か」


 どこまでも狡猾な女だ。

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