第24話 頼み込む王子

 話を聞きつけたサイラスが執務室に飛び込むと、そこにはいつもと同じように仕事をしているギルバートが居た。あまりにもいつも通りなので、思わず先程の爆発など夢だったのではないかと思ったが、ふと窓の外に視線をやると、森の一部がごっそりと抉れているのが見えた。


【やっぱり夢じゃない……】


 気を取り直したサイラスがギルバートに向き直り言う。


「王子、お怪我は?」

「大丈夫だ、問題ない」

「そうですか。なぜ打ち返されたんです?」


 あれが爆弾だと気付いたにしても、よく打ち返そうなんて発想が出て来るな。


 サイラスが感心したように問うと、ギルバートは書類から顔を上げて言う。


「当然だろう?【当たったら危ないじゃないか! 真っすぐ僕に向かってきたんだぞ!】」

「……失礼しました」


 やはり、ギルバートの判断力は計り知れない。瞬時に爆弾だと判断し、なおかつ的確に打ち返すなど、咄嗟には出来ない。せいぜい出来るのは当たらないように避けるぐらいだろう。


 感心して頷いたサイラスに納得したのか、ギルバートはまた仕事に戻ってしまった。


 サイラスはそれ以上仕事の邪魔をしないようにそっと執務室を後にすると、ギルバートに何もなくて良かった、と胸を撫で下ろすのだった。


 ◇◇◇


 今日もベッドに入り一日一ポエムの時間を楽しんでいたギルバートは、ふと爆発してしまったトウモロコシ人形を取り出した。中身は鳥にやってしまった為、外側だけになってしまったトウモロコシ人形は最早ただのとうもろこしの皮である。


「はぁ【白パンはこんなものでは無かったな……もっとこう、フワフワでモチモチだった……笑いかけるのは僕にだけだと言っていたし……】」


 気づけばすぐにロタの手を思い出してしまうギルバートは正に変態である。こうなってしまっては大好きなキャンディハートさんの詩集ですら頭に入って来なくなってしまうのだ。これはいけない。キャンディハートさんファンとして、これは裏切り行為にも近い。


「よし【今日のポエムは……】」


 自問自答して首を振ったギルバートは、早速今日のポエムに目を通した。


『ちょっと優しくされただけで付け上がってはダメ! ましてや勘違いして触るなんてもっての外よ! ダメ! 絶対!』

【何と言う事だ……】


 まるで今の自分を指しているようではないか。頭を殴られるような衝撃にチキンハートのギルバートの心臓はキュっと縮み上がる。


【て、鉄を飲まなければ……」


 何やら鼓動まで激しくなってきたような気がするぞ。


 慌ててベッドから飛び降りたギルバートは、急いで机の中に仕舞ってある瓶の中から鉄分を取り出そうとして蓋を開けたが、慌てていたので蓋を落としてしまった。


 すると、蓋はまるで意志を持ったかのようにベッドの下に転がり込んで行ってしまう。


 とりあえず鉄分を急いで飲んだギルバートは床に這いつくばってベッドの下に潜り込むと、そこにはまたあの紙が落ちているではないか!


【またか! まったく、とんだうっかりさんだな! ん?】


 この部屋のメイドはどうして毎回物を落とすのだ! しっかり仕舞っておけよ! とは思いながらも決して本人には言えないので、見なかった事にして処分しようと思い紙を改めて見てみると、何やら紙から黒い靄が立ち上り火がついた。


「ひぃっ! 【怖い! 気味が悪い!】」


 どんな仕掛けか分からないが、突然燃え始めた紙を咄嗟に水差しの水の中に押し込んで振る。念入りに水差しに蓋をして火が完全に消えた事を確認したギルバートは、ホッと胸を撫でおろして、ようやくベッドに入った。


 全く、寝る前だと言うのに一体なんなんだ。やはり今日は星の巡りがよくないな。


 しかしよく出来た紙だな。あんな風に自然と発火するなんて、暖炉に火をくべるのに便利そうだな。よし、明日同じ物が作れないかリドルに聞いてみる事にしよう。


 翌朝、ギルバートの朝の支度を手伝いに来たサイラスにギルバートは昨夜起こった事を手短に話した。


「紙が勝手に燃えた……ですか?」

「ああ【信じられないだろう? しかし、本当なんだ。ほら、この水差しの中の紙を見てくれ!】」


 ギルバートは紙が入った水差しをサイラスに見せると、サイラスはそれを見るなりゴクリと息を飲む。


「分かるか? 【焦げているだろう? 凄くないか⁉ これがあれば、一瞬で暖炉に火がつけられるぞ!】」


 水差しに見入っているサイラスを横目にギルバートは部屋を出てその足でリドルの元へ向かう。その後をギルバートが慌てて水差しを持ったままついてきた。


「リドル【仕事中にすまないんだが、少し力を貸して欲しい】」

「王子、お早うございます。どうしたんですか?」

「これを見てくれ【凄い紙なんだ! 勝手に燃えたんだぞ!】」


 そう言ってギルバートは一歩横にズレた。すると、サイラスが水差しをリドルに見せて言う。


「王子が言うには、これがベッドの下にあったそうなんです。そして、手を触れた途端に紙が燃えだしたのでこの水差しの中に入れて蓋をしたんだそうです」


 サイラスが持っている水差しを受け取ったリドルは水差しの中から紙を取り出して丁寧に広げた。特殊なインクで書かれているのか、滲みもしていない模様にギルバートは驚くばかりである。


【凄いな。水に濡れてもにじまないインクに破れない紙など!】

「リドル、同じ物を用意してくれ。【出来るか? お前になら出来るよな⁉】」


 ギルバートの言葉にリドルとサイラスが息を飲む。


「一応お伺いしますが、用意してどうするんです?」

「もちろん、使うに決まっているだろう? 【そんな便利なもの、ロタがきっと喜ぶに違いない! ロタは二週間前に暖炉に火をつけようとして間違えて油分の多いユカルの木をくべて屋敷を焼き払いそうになったと言っていたからな!】」

「誰にです?」

「もちろん【ロタに】プレゼントするんだ。二度と同じ過ちは犯さないように」

「……」

「……」

「どうした? 出来ないか?【やはりお前でも無理か? まぁ、どんな原理かさっぱり分からんからな……】」


 リドルでも無理か。そう思いため息を吐いたギルバートにリドルは言った。


「二日ほどお日にちを頂いても?」

「もちろん。【出来るのか! 流石だな! やはり頼るべきは賢者だな!】では、頼んだぞ」

「はい」


 ギルバートはリドルの返事を聞いて、今日も足取り軽く執務室に向かう。これでロタへのプレゼントが二つになったぞ!

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