第25話 ドギマギする王子
後に残されたリドルとサイラスはお互いの顔を見合わせた。
「出来るんですか? というよりも、これは何なんです?」
「呪術だよ。かなり強い呪術だ。多分、これを描いて送った本人は今頃死んでるだろうね」
「え⁉」
サイラスはそれを聞いて驚いて机の上の紙を凝視した。
「この呪術は確実に相手を殺す為の呪いがかけられてる。けれど、呪術というのは見破られた時点でかけた者に跳ね返るんだよ。だから呪術師は皆、保険をかける。見破られたらその場で燃え尽きるように。そうすれば呪術は跳ね返ってこない上に燃え尽きた瞬間に呪術は発動する。ところが、今回王子はそれを水差しに放り込んで無理やりその火を止めてしまった。その時点で呪術師はこの瓶の中に閉じ込められたも同然になってしまったんだ。だから、死因は溺死。ざまぁないね」
「……そう言えば! 王子の部屋のゴミ箱から以前同じような模様が描かれた紙きれが出てきた事があるんです! それは破かれていたんですが、同じものでしょうか?」
「そうなの? ああ、じゃあそれを見て仕掛けたんだね」
「何故⁉」
普通に考えて見つかった時点で止めるべきなのでは⁉ そう考えたサイラスの顔を読んだようにリドルは言った。
「逆なんだよ、サイラス。呪術の知識がある者は、迂闊に呪術には触れないんだ。つまり、これを仕掛けた犯人は一枚目で王子に呪術の知識があるかどうかを調べる為に、わざと同じ模様を描いて同じ場所に仕掛けた。そしてそれは見事に王子によって破かれた状態でゴミ箱の中から見つかった訳だ。つまり?」
「王子は……呪術には詳しくない、と、そう判断した?」
「恐らくね。そして今度はちゃんとした物を仕掛けた訳だ。そしてこの様。つまり、王子は呪術を知らない振りをした、と考えるのが妥当だろうね。そして同じ物を作れと僕に言ってきたという事は、呪術師が死んだ事で、犯人は恐らく今逃げる準備をしている。逃げられる前に始末しようとお考えなんだと思うよ。毒花を送り、呪術を仕掛ける。そしてその首を向こうにプレゼントとして送る、とう事なんじゃないかな」
何とも手の込んだ仕返しである。流石は銀狼。最初は泳がせてしつこく獲物を追い回し、逃げ疲れた所を一気に襲い掛かり片をつける手口など、正に狼だ。
「あの人は本当に怖い人だよ。絶対に敵には回したくないね」
「仰る通りです……」
二人は机の上に置いてある端だけが焦げた呪術のかかった紙を見て、背筋に冷たいものが流れて行くのを感じていた。
リドルはサイラスが部屋を出て行ったのを確認すると、呪術の燃えカスを見て笑みを浮かべる。
「これは梟に報告案件かなぁ。王子は無事に回避したようだしね」
◇◇◇
ギルバートは今日は森で鶏を追いかけていた。たまには城壁の外で伸び伸びと遊ばせてやりたい。そんなギルバートの心を知ってか知らずか、コッコちゃんとピッピちゃんは日に日に逃げ足が速くなっている気がするが、負けてはいられない。
スピードを上げたギルバートがピッピちゃんを捕まえると、その拍子にピッピちゃんはポロリと卵を産む。うん、今日もいい卵だ。
【さて、次はコッコちゃんか】
ピッピちゃんを持ってきていたカゴに戻したギルバートがコッコちゃんを追いかけていると、森の木の陰から視線を感じた。
ふと視線を向けると、そこにはまさかのロタが居るではないか!
ロタは木の陰からこっちをこっそりと見守っていて、ギルバートに気付くと小さく手を振ってくれる。
【あぁぁぁ! 可愛いが過ぎるぅぅぅ! これでも、これでも勘違いをするなと仰るのか⁉ キャンディハートさんは!】
とても無理だ。ギルバートの中の勘違いメーターは絶賛爆上がり中だ。
ギルバートは気を取り直してロタの元まで行くと、ロタを何でもないような顔をして見下ろした。内心はバクバクしているのだが、そんな事は一切表には出さない。何故なら、ギルバートは王子なのだから!
「ロタ! どうしたんだ? こんな所で」
「あ、その……近くまで来たので、ちょっとだけ、ギルが居るかなって思って……」
そう言って視線を伏せたロタにギルバートの胸はもうキュンキュンである。こんな風に心に直接攻撃を仕掛けてくるロタは、もしかして悪魔の化身なんじゃないのか?
そんな事を考えながら髪の至る所に葉っぱをくっつけているロタを見てその考えを改める。
【いいや、やっぱりロタは天使だ! 見ろ、この可愛さを! 見ろ、このあざとさを一切感じさせないナチュラルな葉っぱの付け方を! 蜘蛛の巣までひっついてるじゃないか!】
ギルバートはコホンと小さく咳払いをしてそっと手を上げて蜘蛛の巣を取ってやろうとして中途半端な所で手を止めた。
「ど、どこを通ってきたんだ? その、蜘蛛の巣が、えっと、ついてるぞ」
「えぇ⁉ と、取ってください!」
「取る⁉ 僕が⁉ よ、よし!」
ゴクリと息を飲んでロタの髪についた蜘蛛の巣を震える指先で取ったギルバートは、ホゥ、と胸を撫で下した。
「ありがとうございます。あ、もしかしてギルも蜘蛛苦手ですか?」
「え? いや、まぁ【蜘蛛は大丈夫だ。しかし、女子に触るのは……】」
蜘蛛よりも女子の方がよっぽど怖いギルバートだ。ロタと居ると、いつか本気で心臓が破裂してしまいそうである。
「ところで、この辺に用事か?」
「はい! 綺麗な花が前に咲いていたじゃないですか? あれがもう一度見たくて来てみたんですが……無くなっちゃってました……」
そう言ってロタはシュンと項垂れた。そんなロタにギルバートも視線を伏せる。
「ああ、そうなんだ。どうやら貴重な花だったようでな、大量の花泥棒が出たようなんだ」
「花泥棒?」
「そうだ。森の終わりの崖の下にあの花を持った奴らが大量に居てな。悪い事をしてしまった」
「何かあったんですか?」
「ん? ああ、まぁ、ちょっとな」
あの一連の事件は忘れられない。わざとではないが、花を盗んだぐらいで鉄砲水に流されてしまったなど、不運以外の何物でもない。
あれからたまに覗きに行くが、もう誰もあそこには寄り付かなくなってしまった。 今度はギルバートがシュンとする番だった。そんなギルバートを見て、ロタが言う。
「私が言うのも何ですが、くよくよしてちゃダメダメ! 悩んでたってしょうがない! 悩みなんて抓んでポイだ♪ ですよ!」
「! ロタ。ありがとう。そうだな。いつまでも悩んでいても仕方ないな」
「はい!」
ロタはにっこりと笑ってくれた。
けれど、その笑顔はすぐに曇る。
「どうした?」
「あの……あのね、ギル、私実は……!」
その時、森の奥からから誰かの声がした。それを聞いたロタは体を強張らせてギルバートを見上げてくる。
「ギル、どうか気をつけて。この先誰に何を言われても、絶対にアルバを信用しちゃダメ! 絶対に!」
「? 分かった。約束する」
よく分からないが頷いたギルバートに、安心したようにロタは微笑んで短い挨拶をしてそのまま森の奥に走り去ってしまった。
一体何が何やらよく分からないが、とりあえずロタの言う事は間違いないだろう。こう見えてギルバートは人を見る目は長けている方だ。
足元で虫を掘り起こして食べているコッコちゃんを抱き上げたギルバートは、ロタの言葉を噛みしめながら城に戻った。
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