第20話 脚色する王子

「ロタ、こんな所で何をしているんだ?」


 ギルバートが噴水の淵に座るロタに声を掛けると、ロタが慌てたようにこちらを見上げた。


 その顔にはしっかりと噂の仮面がつけられている。


「今度は仮面付きか」

「あ、はい。すみません、こんな格好で」


 そう言ってロタはドレスの上から羽織ったショールを掛けなおした。


「いや、寒くはないか? 水辺は冷えるだろう?」

「ええ、はい。大丈夫です。えっと、ギルはどうして……ああ、あそこから?」


 そう言ってロタの指さした先には渡り廊下がある。正にその通りだったので頷いたギルバートにロタは小さく恥ずかしそうに笑った。


「姫様に叱られてしまいました。ダンスまでは踊る予定じゃなかったでしょ⁉ って。あと、仮面を付けていなかったのも」

「それは……すまなかった」


 謝りはしたものの、解せない。別にいいではないか。ダンスぐらい。


 まぁ仮面の方は怒られてしまうかもしれないな。素顔までは誰も変えられないのだから。後から、お前誰だ! となってしまう可能性があるものな。


 謝ったギルバートを見上げたロタはブンブンと首を振る。


「いいえ! ギルが謝る事なんて何も! 私が勝手をしたからなんです! ギルに会えると思うと嬉しくてついはしゃいでそのまま出席しちゃって……はぁ、私は本当に役立たずです」


 しょんぼりと項垂れたロタにギルバートは珍しく口調を強めた。


「そんな事はない! 少なくとも僕の役には立ってる。言い方は、その、良くないが」


 ギルバートの生活にハリと潤いを与えてくれるのはいつだってロタだ。誰とも語れないキャンディハートさんの詩集について語れるのもロタだ。人見知りが過ぎてコミュ障なギルバートが唯一話せるのがロタだ。


【これが役に立ってない訳がない! ロタは僕の人生に絶対必要な人なんだ! まぁ……婚約者は悪役令嬢な訳だが……】


 ギルバートはロタの隣に腰かけて、同じようにため息をついた。


「僕もだ。誰の役にも立たない。本当は戦争にも行きたくないし、言いたい事の六割どころか、一割も言えない」

「そんな事ありません! 私はギルが居るから一週間、楽しく暮らせるんです!」


 そう言って勢いよく立ち上がったロタ。


 しかし、忘れていた。ロタは相当におっちょこちょいだという事を! 


 ロタは立ち上がった拍子に足を滑らせた。そしてそのままの勢いでギルバートに圧し掛かってくる。まぁ、後は言わなくても分かるだろう。二人して噴水に落ちたのだ。


「……」

「……」


 噴水の中で二人はしばらく無言だった。ロタの顔から仮面がはがれ、中途半端な所で止まっている。何だかそれが可笑しくて、思わずギルバートは噴き出してしまった。


「はは! ははは!」


 そんなギルバートに釣られたようにロタも笑いだす。


「ふ、ご、ごめんなさい、ギル」

「笑いを堪えられなかったのは久々だ。ロタ、酷い恰好だぞ?」

「ギルも。びしょ濡れです」

「誰のせいだ」


 そう言って立ち上がったギルバートは笑いを噛み殺しながらロタの手を取って引っ張り上げた。冷えた白パンもいい。


 お互い噴水から這い上がると、服の水を絞る。ザバーっと出て来る水にまた笑いがこみ上げてきた。


「ギルが笑ってるの初めて聞きました」

「そうか? 僕は割と笑い上戸なんだが……まぁ、そうだな。あまり人前では笑わないな。【というよりも、王子は威厳なくしてはならないからな。日々必死に耐えてるんだよ、ロタ】」

「私もです! 私も普段は笑わないよう心掛けてるんです!」

「そうなのか? 勿体ないな。【ロタが笑うと元気が出るというのに】」

「はい。だから、ギルの前でだけ、です」


 俯いて耳まで真っ赤にしてそんな事を言うロタ。それを見た途端、ギルバートの中で何かがガラガラと音を立てて崩壊していく。


「……【神よぉぉぉ! こ、これが噂に聞くフラグという奴か? そうなのか⁉】」


 その場で飛びあがりそうな程喜びそうになったところで、ふと思い出す。かの有名な『悪役令嬢』の存在を……。


 思わず抱きしめそうになったのをすんでの所で堪えて、ギルバートはなけなしの勇気を振り絞ってロタの頭に手を置いた。そしてポツリと言う。


「僕もだ」


 と。


 これが精一杯だった。これ以上ロタに触れてはならない。よくある少女向けの話のように、王子とメイドの秘密の恋などありえないのだから。悲しいが。後ろ髪がグイグイ引かれるが。


 本音を言えばこのままグラウカにロタを持って帰って、毎日この白パンを揉んで寝たい。


 しかし、それは出来ないのだ……辛い。所詮ギルバートにはトウモロコシ人形がお似合いなのだ。


「風邪を引くぞ、ロタ。そろそろ部屋に戻った方がいい」

「ええ、ありがとうございます。ギルも、部屋に戻ったら暖かくしてくださいね」

「ああ。ありがとう。それじゃあロタ、おやすみ」

「はい! おやすみなさい」


 こうして想い合う二人は別れた。


 すまない、少しだけ脚色した。想い合っているかどうかは分からないが、少なくともギルバートは思っている。もっと一緒に居たい、と。


 ギルバートはびしょ濡れのまま部屋に戻りサイラスを驚かせた。駆け寄って来たサイラスには適当に嘘を吐いて、今日の事は誰にも黙っていようと心に誓ったのだった。

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