第21話 贈り物をする王子
ギルバートがびしょ濡れになって部屋に戻って来た時には何事かと思ったが、ギルバートは涼しい顔をして言った。
『有益な情報が手に入った。問題ない』
と。
いつもは厳しいギルバートだが、情報を得る為にはびしょ濡れにもなるという事が、今回の事で分かった。
どうやらギルバートは情報の為には心の広い王子の仮面を被るという事もするらしい。それにしてもどんな手を使ってどんな情報を手に入れたのか気になるところだが、それ以前にまずはギルバートが風邪を引かないようにするのが先決だ。
「ああ、サイラス。これをシャーロット姫の替え玉に名を伏せて送ってくれ。【グラウカのお菓子だからな。すぐに僕からだと気付くだろう。ロタはきっと喜ぶぞ! とにかく女子は甘い物に目が無いと言うからな! 母上調べだが】」
そう言ってギルバートがサイラスに手渡してきたのは、あの薬草がぎっしり詰まった箱である。それを聞いてサイラスは引きつった。
「な、何故です?」
「何故? 決まっている。使い道など一つしかないだろう。【菓子だぞ? 食べる以外にどうするんだ】」
「!」
ギルバートの答えを聞いてサイラスにはハッキリと分かってしまった。ギルバートはアルバと手を組む気などさらさらないと言う事が。
どうやらギルバートはあの替え玉とそういう取引をしてきたようだ。
あの箱に詰めた薬草は用法を間違えれば毒にもなりうる。それをあえて名前を伏せて送るという事は、薬草と見せかけてシャーロットを暗殺しろという事か⁉
しかし何故。
そこでふと思い出す。あの砦だ。もしかしたら、あの砦は既にアルバがモリスと手を組んでいるという事なのではないか? でなければ、そういくつも易々とアルバにモリスの砦など築かせないだろう。
これはえらい事になった!
サイラスはギルバートに今日のレモネードを渡すと、箱を持って部屋を後にした。
そのまま慌ててガルドの部屋を訪ねて、起こった事の全てをガルドに話す。
「……なるほど。ありえない話ではないな。そもそも謎だったんだ。モリスの連中がグラウカに来るには、必ずアルバを通らなければならない。アルバは開戦日を知っているはずだ。それなのに、開戦してもいないのにあの量の弓兵が通る事を許可するなんておかしい。だが、モリスとアルバが既に手を組んでいるとすれば、少しもおかしくはない」
「じゃ、じゃあやっぱり?」
「ああ。お前の読みは正しいかもしれない。調べてみなければ何とも言えないが、もしかしたら王子はモリスとアルバが手を組んでいる事を既に知っていて、共倒れをさせようとしているのかもな」
「共倒れ?」
「そうだ。王子は今日あえて皆の前で婚約者のシャーロット姫と仲が良い所を見せつけ『悪役令嬢』との結婚の意志がある事をアルバの人間の前ではっきりと示した。そして時期を見てシャーロット姫が死んだとしたら、誰が疑われる? もしかしたら王子も疑われるかもしれないが、立場的に誰かの手によって婚約者が殺されたとアルバに戦争を仕掛ける事も出来るんだ」
「あ……なるほど」
「そして『悪役令嬢』が死んだ時点で、アルバとグラウカの友好条約は立ち消える。その時アルバは必死になって誰かを犯人に仕立て上げるだろう。身内が犯人では、やはり攻め込まれる可能性がある。だとしたら、一つしかないな?」
「モリス……では何故モリスと手なんて組むのかな」
サイラスはポツリと言った。
「元々アルバはグラウカと友好条約が済んだら、モリスと手を組んで攻めて来る気なんじゃないか? 『悪役令嬢』にこちらの情報を流させてな。それがバレて『悪役令嬢』が処刑されようが、アルバにとっては痛くも痒くもない。何せずっと手を焼いていた女なのだから。だが、王子はそれをしっかり見抜いているんだろう。アルバはまさか王子が今日のシャーロット姫が替え玉だと知っているという事は知らないだろうし、ましてやそこでそんな取引がされている事も知らないはずだ。王子が替え玉だとすぐに見抜けたのは、もしかしたら何らかの形で二人は連絡を取り合う間柄だったのかもしれない。怪しいのは教会だな。今までずっとこの計画を二人で進めていたのだとしたら、本当に恐ろしい方だよ、王子は」
「そんな……そんな事今まで一度も……だとしたら、王子の言ってた有益な情報って」
信用されていなかったのだろうか。落ち込むサイラスにガルドは慰めるように肩を叩く。
「間違いなくそれだろう。王子はだから狼なんだ。用心深く、思慮深い。簡単に腹の内は見せない人だ。それはお前が一番よく知ってるだろ? サイラス」
「……ああ」
悲しいが、仕方ない。信頼されていない訳ではないだろうが、サイラスでは役不足だと思われているのかもしれない。もっと、ギルバートに信頼される従者になろう。
サイラスは拳を握りしめて頷くと、ギルバートの言った通り、薬草の箱を送り主不明で替え玉に送ったのだった。
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