第15話 親切な王子

 サイラスは長ったらしいマントを抱えて急いで医務室に飛び込んだ。


「先生! これの成分を調べてください!」


 そう言ってマントの内側に縫い付けられた針をモンクに見せる。


「今日は舞踏会では?」

「ええ。出発する所だったんですが、王子がマントの内側に仕掛け針を発見したようで」

「なるほど。分かりました。調べておきます」

「お願いします!」


 サイラスはそう言って代わりのマントを取りに行こうとしたが、万が一全てのマントに仕込まれていたら困ると思い、それは止めた。


 馬車に戻りギルバートにそれを告げると、ギルバートはただ頷いて厳しい視線を外に向けている。


 マントの内側に縫い付けられた針など、どうして見つける事が出来たのか、サイラスはギルバートの疑り深さに感心しつつ、御者台に発車の合図を送ったのだった。


◇◇◇


 ツイている。今日はツイているぞ。マントの留め具が外れていたおかげでマントは無しだ。これで2キロは軽くなったはずだ。


 ギルバートは窓の外を流れる景色を眺めながら小さく息を吐いた。


 酔いそうだ。相変わらず乗り物に弱いギルバートである。戦場の馬にしてもそうだが、誰か早く揺れない乗り物を開発してはくれないだろうか。


「サイラス。止めろ。【限界かもしれない。少し外の空気を吸わせてくれ】」

「はっ!」


 アルバとの国境を少しすぎた辺りで馬車は停車した。


 ギルバートは馬車を降りて颯爽とアルバとグラウカの間を流れる川の元まで来ると、懐に仕舞ってあった薬袋を取り出した。


 しゃがみ込みマイカップを取りだして酔い止めの薬を入れて川の水を汲む。本当はきちんと煮沸したいところだが、そうは言っていられない。


 カップの水を飲み干したギルバートがふと視線を上げると、何やら川の上流に簡易の砦のような物があった。


【ほう、こんな所にこんな砦があるのか。なかなか面白い場所にあるな】


 地図で見たアルバにはこんな物は無かった気がするので、恐らく最近になって建てられたものなのだろう。


 ふと思い立って砦に近寄るギルバート。どうせ舞踏会は夜からだ。ここで少々時間をくっても大丈夫だろう。


 砦はさほど大きくはない。円形状になっていて、どうやら反対側に門があるようだ。中からは何も聞こえないし、恐らく誰も居ないのだろう。


 そう思ったギルバートは、門の方に回り込んでみた。


【門は閉じているのに閂が開いているじゃないか。不用心だな】


 通常、砦には兵糧などを置いている場合が多い為、使っていない時はきっちりと閂をしておくのだ。


 でないと野生の動物などに兵糧を荒らされたりしてしまう恐れがあるからなのだが、不用心な事にここの砦は閂が開きっぱなしだ。これではいくら大きな門とは言え、クマなどの力のある生き物にはすぐに開けられてしまうではないか。


【仕方ないな。閉めておいてやるか】


 ギルバートは開きっぱなしの門に、落ちていた頑丈な木を無理やりねじ込んでしっかり閉めておいてやった。これでちょっとやそっとじゃ開けられないだろう。


 ふぅ、と汗を拭ったギルバートはある事に気付いた。おかしな所から川の水が不自然にこの砦の中に流れ込んでいるのだ。


【ん? ここだけ流れがおかしいな。どれ、これも直しておいてやろう。全く、アルバの人間は皆ロタのようにおっちょこちょいなのか? これでは下流までちゃんと流れないではないか!】


 川の流れを直していると、ポロリとギルバートの懐から袋が落ちた。中身が散らばり、解毒薬という名の催吐薬が全て不自然な川に落ちて一瞬で水に溶けてしまう。


【何て事だ……まぁ、馬車にもまだあるからいいか】


 ギルバートは意気揚々と馬車に戻った。良い事をした後は気分がいい! 


◇◇◇


「そう言えば、アルバにもモリスの連中がやって来ていると言うのは本当?」


 サイラスの言葉に騎士団長のガルドは頷いた。


「らしい。アルバでも問題になっているらしいぞ。何でも、勝手に見つかりにくい所に簡易の砦を作り、そこを根城にアルバとグラウカの様子を見張っているらしい」


 いくら取り壊してもまたすぐに新しい物を建てられてしまうと、アルバの騎士団長が嘆いていた。


「それにしても王子は遅いな」

「ほんとだね。ちょっと様子を――」


 サイラスが馬車の扉に手を掛けたその時、ちょうど噂をしていたギルバートが姿を現した。何故かギルバートの手と靴が異様に汚れている。


 それに気づいたサイラスが思わず声をかけた。


「王子、手と靴が汚れていますが、それは一体……」

「面白い場所に砦があったから、ちょっとな。【不用心にも閂が開いていたんだ。だから閉めておいてやったんだ。ついでに川の流れも直しておいたぞ。全く、あの川はグラウカにも流れてきているというのに、】随分勝手な事をしているようだ」


 そう言ったギルバートの顔は恐ろしく冷たい。


 それを聞いたサイラスとガルドは顔を見合わせた。まさか!


「王子、少々こちらでお待ちください!」

「ああ。【どうした? お前たちも酔ったか? どうせ夜まではまだ時間がある。しっかり休め】」


 慌てて馬車から飛び降りた二人は、ギルバートがやって来た方角に向かって走った。すると、そこには確かに不自然な場所に真新しい砦が建っている。


 入り口には無理やりねじ込まれた木の杭が刺さっていて、さらにはこの砦の中に引かれていたであろう水まで堰き止めてある。


 その時だった。砦の中から呻くような声が聞こえてきた。


「俺が見て来る」

「うん」


 ガルドはそう言うや否や門の隙間から中を覗き込んで息を飲んだ。


 中には水飲み場の周りの鉄鍋の側で、数十人もの兵士が皆、泡を吹いて倒れている。見れば兵士たちは皆モリスの連中だ。どうやら食事をしてその場で次々に倒れたようだ。


「毒、か?」

「ガルド!」

「ん? ああ、モリスの連中だ。あいつら、食中毒にでもあったんじゃ……ん?」


 その時、ガルドは足元の堰き止められた水の中にある物が落ちている事に気付いた。拾い上げると、それを見てサイラスが声を上げる。


「それ! 王子のお薬袋……」

「え? じゃあこれは王子が……?」


 だから王子の手と靴はあんなにも汚れていたのか。先程の台詞は、どうやらこの事を指していたようだ。


 ゾッとした二人は顔を見合わせて無言で頷き合い、馬車に戻る。そこには涼しい顔をして馬車の外を見ている、ギルバートの姿があった。

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