第16話 ご機嫌な王子

【フンフンフーン、フフフーン】


 アルバの城に近づくにつれてギルバートのテンションはゆっくりと上がって行く。


 もう少しでロタに会える。そう思うと、心臓が体から飛び出してきそうな反面、ワクワクが止まらないから不思議だ。まるでキャンディハートさんの新刊を読むときのような胸の高鳴りに、思わず脳内ギルバートは鼻歌など歌ってしまう始末だ。


 城に着いたらすぐにロタに会える訳ではない。それに、ロタの前ではギルを演じなければならないのだ。ややこしいな。


 やがて馬車はアルバの城に到着した。城には招かれた家の馬車が所狭しと押し寄せてきている。今日はアルバの一の姫の誕生日会だ。国内外問わず、色んな所から招かれているに違いない。


 ギルバートの乗った馬車が城に到着した途端、辺りは騒然とした。


【なんだ? うちの馬車がそんなに珍しいか? だから言ったんだ。こんな仰々しい馬車じゃない方がいいと。まぁ、心の中で言っただけだが】


 他所の馬車に比べたら派手すぎる馬車からサイラスとガルドが降りる。それに次いでギルバートが馬車から降りた途端、まるで水を打ったように辺りがシンとした。


 これが嫌で最近はもう舞踏会などをとんずらしていた訳だが、チキンハート故に今回は流石に辞退出来なかった。何しろ嫁候補の姉上の誕生日だ。嫌だが。死ぬほど嫌だが!


「行くぞ、【この矢のような視線は僕には痛すぎる! 戦場で食らう矢の方がまだマシだ!】」


 逃げるようにそそくさと歩き出したギルバートの後ろから、やはり足早にサイラスとガルドが付いてくる。城に入ると、すぐさまメイドにゲストハウスに案内された。


 舞踏会は夜からだ。それまでは皆、自室でまったりしている。そして今日はここで一泊だ。


 しかし同じ屋根の下にあの『悪役令嬢』が居るのかと思うと、背筋がゾッとするな。同じ空気を吸っているのかと思うと、もう泣きそうだ。それでどれほどギルバートがシャーロットが嫌か誰か分かってくれるだろうか? 


「ふぅ【始まってもいないのに疲れたな……】」


 案内された部屋のソファに座ってため息を落としたギルバートの前に、サイラスがレモネードを置いてくれた!


【サイラス! お前は本当によく出来た従者だ! ここでレモネードを持ってきたお前の判断は最高だぞ!】


 ギルバートはレモネードを一気に飲み干した。ここにトウモロコシ人形とキャンディハートさんのポエムがあれば完璧である。この三種の神器が揃ったら、そこはもはや自室と何も変わりはしない。


 いや、ここにはロタが居た。シャーロットにかまけてうっかり忘れそうになっていたが、今日の相手はロタなのだ! ギルバートは俄然やる気を取り戻した。


「サイラス、服の用意を」

「はい! すぐにこちらに運び込ませます」


 しばらくすると、舞踏会用の衣装が部屋に運び込まれた。


 女性はこの時間が異様に長いと父が言ってたが、そんなに時間がかかるものなのだろうか? もしかしてロタも今頃、こんな風に着替えているのか?


◇◇◇


 サイラスは衣装を一枚一枚隅から隅まで点検してからギルバートに渡した。またどこかに針が仕掛けてあるとも限らないからだ。全ての衣装を点検し終えたサイラスは、ギルバートの部屋に衣装を持ち込んだ。


 机の上には出掛けにサイラスが渡した薬草の詰まった箱が置いてある。


 「用意してくれ」とだけ言われて何を用意するのかを聞き忘れたサイラスは、ギルバートの行動を思い出してあえて薬草を詰めた。あれだけ薬を詰めていたのだ。もしかしたら何かに使う予定なのかもしれない。


 何よりも以前に薬草を頼まれていたのを思い出したのだ。


 ギルバートは銀と青の刺繍が入った衣装に身を包む。サイラスもまた、ギルバートに与する者だと分かるように上着を銀と青の刺繍の入ったものに着替えた。


 サイラスはこれを着ている時が一番誇らしい。この厳しく美しすぎる主と同じ色を持つのは、今の所サイラスだけだからだ。


 近いうちギルバートがシャーロットと結婚するまでは、の話だが。


 しかし、こんなにも厳しいギルバートと、噂に聞く『悪役令嬢』シャーロットが結婚して果たして上手くいくのだろうか? いずれシャーロットを殺してしまったりしないだろうか? 


 それが今から心配なサイラスだが、そんな噂がある姫をギルバートに押し付けようとしたアルバには、サイラスも密かに怒っている。


 しかし、当のギルバートはまるで関心がないようなので、きっと彼は誰が嫁いできても関係がないのだろう。


 やがて舞踏会が始まった。ギルバートの威風堂々と片側だけ編み込んだ銀髪を揺らしながら歩く様は、まさに銀狼の名に相応しい。少し後ろをサイラスが付いて歩く。


 会場の中から、一人一人呼ばれる声が聞こえてくる。ギルバートは最後だと聞いているからゆっくり歩いて来たが、待合室には既に誰も居なかった。もう他の人達は会場入りしているのだろう。


 アルバでギルバートの姿を知る物は居ない。だからこれが、ギルバートの初めてのアルバでのお披露目になる。それに恥じぬよう勤めようと心に誓った。


『グラウカ国、ギルバート王子』


 会場の中から聞こえてきた声に、ギルバートは少しだけ振り返って低い声で言う。


「行くぞ。【いいか、僕が失神しそうになったら、すぐにそれとなく会場から連れ出すんだぞ!】

「はい!」


 会場の中は賑やかだった。そう、だった、だ。ギルバートが会場に入るまでは。


 ギルバートが会場に足を踏み入れた途端、会場がまるで水を打ったように静まり返ったのだ。


 あちこちから感嘆と賛美の声が聞こえてくる。サイラスはその声に心の中で相槌を打つ。


 やはり、ギルバートは国外に出ても美しいのだと再認識した瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る