第11話 思慮深い王子
何だか今日は城が賑やかだ。すっかり外は暗くなっているというのに、いつもよりも松明の明かりが多い気がする。
何か森に忘れ物でもしたのか? 明るくなってから探せばいいものを。お化けが出たらどうするんだ。
【いや、皆はもしかしたらお化けなど怖くないのかもしれないな】
何せギルバートはチキンハートだ。夜だって真っ暗では眠れない。万が一夜中にトイレにでも起きようものなら、と考えると戦争慄ものだ。城の構造上、部屋にはトイレがついていない。だから必ず深夜の警備担当の者に言うのだ。
『深夜、僕の部屋から明かりが消えたら必ず点けなおすように』と。
これで朝までぐっすり安心だ。本当はそんなものはただの甘えだと分かってはいるが、怖いものは仕方ない。
ギルバートはベッドの上で今日のポエムをしっかりと心に刻んだ。
『出来ない事は、誰かに任せましょ! たまにはいいけど、全部はダメダメ!』
これはまるでギルバートの為にあるようなポエムじゃないか。
【王子としてこれではいけない。普段からサイラスに頼りっぱなしなのだ。王子たるもの、少しでも出来る事は増やしていかないと……すー……すー……】
キャンディハートさんのポエムは心に響きすぎて安眠効果が半端ない。
うっかり考え事の最中に寝落ちたギルバートは、翌朝握りしめすぎてとうとう爆発してしまったトウモロコシ人形を片手に執務室に向かった。誰かに直してもらおうと考えたのだ。
執務室には今日も既に山の様に書類が積み上げられている。この山を見ると安心するギルバートだ。
いつもの様に椅子に座り、いつもの様に書類に目を通して仕分けをする。自分で判断出来る物は判断し、対策を考える。
【幸せだ……書類仕事はいい。没頭出来るからな! 悪役令嬢の事も考えなくて済むし……はっ! 言ったしりから考えているじゃないか!】
何てことだ。ついふとした瞬間に思い出してしまう程、シャーロットはもうギルバートの心の中に根を張りだしている。これはいけない兆候だ。
「根絶やしにしてやる。【見ていろ、悪役令嬢シャーロット。かならずお前と婚約破棄してみせるからな!】」
「お、お早うございます、王子。追加の書類をお持ちしました」
シャーロットとの婚約破棄を固く心に誓ったところで、サイラスが入室してきた。その顔は引きつっている。
サイラスにこんな顔をさせてしまうとは。主失格だ。やはり六割も口に出さない方がいい。
「ああ。【おはよう、サイラス。見てみろ、今日もいい天気だぞ。ん? 何やら見た事ない鳥がいるな】」
ギルバートは気を取り直してサイラスの機嫌を取ろうと努めた。
朝日が差し込む窓に視線を向けたギルバートは、窓の外の木にここら辺では見慣れない鳥を見つけた。何て愛くるしいんだ。
窓を開けてよく見ようとしたところで、サイラスが近寄ってきたのでギルバートは体を少しズラして場所を譲ってやった。どうやらサイラスも見たいようだ。
【可愛いものは正義だからな! 気持ちは分かるぞ、サイラス。ところで、機嫌は直ったか?】
そんな事を考えながらギルバートは鳥が逃げないようにコソコソと言った。
「あれだ。見えるか?【可愛いだろ? しかしあれは何て言う鳥だろうな。なかなかのデカさだな……】」
ギルバートが言うや否や、サイラスはハッとした顔をしたかと思うと、ギルバートに一礼して執務室を飛び出して行った。
【なんだ、サイラスの奴! さては捕まえる気だな? 可愛いものな。気持ちは分かるが、鳥とは自由なものだ。そっとしておいてやれ】
ギルバートは窓を閉めて椅子に座りなおし、爆発したトウモロコシ人形を見て愕然とした。
【しまった! 修理を頼むのをすっかり忘れていた!】
◇◇◇
「い、いました! 鳥です! 恐らく伝令に使われているものだと思います!」
サイラスは騎士団の鍛錬場に乗り込んで声を張り上げた。その言葉に騎士たちの間に緊張が走る。
まさかこんなにも早く見つかるとは! 騎士たちが弓を持って中庭に駆けだすと、ちょうどギルバートの執務室の外の木に、見かけない鳥が止まって羽を繕っているのが見えた。足にはしっかりと紙が巻かれている。あれに違いない。
矢を打とうとしたその時、執務室の窓が開いた。そこからギルバートが顔を出し、チラリと弓を持った兵士を見て一言。
「止めろ。【そんな所で矢の練習などしたら危ないじゃないか。誰かに当たったらどうするんだ】」
その一言に、庭に居た全員が固まった。どういう事だ? 鳥を逃がせという事か?
「これを食らえ【腹が減っただろう? トウモロコシ人形の中に入っていたひよこ豆だぞ。美味しいぞ】」
固まる騎士達を後目にギルバートが鳥に何かを投げつける。
するとその何かが鳥に命中し、鳥は慌てた。その時、木の枝に引っ掛けたのか足に結ばれていた紙だけがパサリと落ちてくる。サイラスは慌てて紙の回収に向かった。
執務室ではギルバートが、冷たい視線を飛び去った鳥に向けている。それを見て騎士達はギルバートの思惑を察した。
「手紙だけを奪ったのか……」
「鳥が戻らないとなると、こちらが気付いている事に気付かれてしまう、と、そういう事か」
確かに、鳥が戻って来なければ向こうは怪しむだろう。そしてまた作戦を変更して攻めてくるに違いない。それは避けたい。
それに気付いて誰ともなくギルバートに礼をした。ギルバートの思慮深さを称えて。
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