第12話 リサーチ力皆無の王子

【……すまん。当てるつもりはなかったんだ……これに懲りずにまた来てくれよ】


 鳥が飛び去った空を見つめながらギルバートは心の中で鳥に詫びる。可愛い鳥だったのに、切ない。


 まぁしかし、ギルバートにはコッコちゃんとピッピちゃんが居る。これはきっと、あの二人を可愛がってやれ、という神の思し召しだろう。


 執務室の窓を閉めたギルバートは、また書類仕事に戻った。夢中で書類仕事をしていると、あっという間に夕方だ。


 いよいよ明後日は舞踏会。初めてロタに会える。結局、贈り物は何も決まらなかった。そう言えば贈り物に関するポエムがキャンディハートさんの詩集の中にあった気がする。


 ギルバートは自室で鍛錬後のレモネードを飲みながら詩集の第三巻を取り出した。


『何を送りたいかじゃないの! 何を欲しがってるかが重要よ!』


 その通りだ。ギルバートは目を閉じた。


 今まで贈り物は何をあげれば喜ぶのか、という事しか考えていなかった。相手の顔を思い浮かべ、喜ぶかどうかを妄想していたが、それはあくまでギルバート調べだ。


 実際のところ、ギルバートがあげたい物とロタが欲しがっている物が違っては、結局は相手にとっては迷惑だと言うキャンディハートさんの教えに身につまされる。


【リサーチ力! 僕には圧倒的にリサーチ力が足りない! 何せコミュ障だから!】


 こんな事ならばもっと早くにロタが今何に困っているかを聞いておけば良かった!


「はっ!【そう言えば、家の薬草が傷んでいて大変な目に遭ったと言っていたな……】」


 ギルバートはすぐさまサイラスを執務室に呼びつけた。こんな事は珍しい。サイラスは慌てて執務室にやってきて、身構えている。


「薬草を多めに用意してくれ【すまないな、サイラス。超個人的な事を頼んでしまって】」

「薬草……ですか?」

「ああ。近々使う事になる。【ロタへのプレゼントにするんだ。頼んだぞ、サイラス】」

「……畏まりました」


 サイラスはそう言って頭を深々と下げて部屋を出て行く。音もなくドアを閉めるサイラスに感心しつつ、ギルバートはさらに贈り物についてのポエムを探してみる。


『乙女心はとっても複雑♡ 本当は欲しくても喜ばない時もあるから気をつけて。日用品は特に危険信号だゾ!』

「!」

【なんだと⁉ 一体どういう事だ。本当に欲しくても喜ばない⁉ 薬草はどうだ? あれは日用品か⁉】 


 ギルバートは執務室の机の上に突っ伏して唸った。薬草を日常的に使うかどうかと言われたら、ギルバートは使わない。何せ危険な事はしない質なので、そもそも怪我をしない。


 しかしロタはどうだ? か弱い少女だ。風が吹きつけてきてもどこか切れたりするんじゃないのか? 女子はギルバートには未知すぎて全く分からない。そして既に薬草をサイラスに頼んでしまった。


【これはもう、イチかバチかで勝負するしかない!】


 いや、嘘だ。そんな賭けは出来ない。そんな度胸があればとっくに直接ロタに何が欲しいか聞いている。


【……やはり、贈り物は無難に花にしておこう、そうしよう】


◇◇◇


「王子から薬草を多めに用意してくれって頼まれたんですけど、近々注文しますか?」


 サイラスはギルバートのお使いを遂行すべく、医務室に足を運んだ。


「今のところは足りてますねぇ。それに薬草と言っても色々ありますが……」

「そうですよね。一体何に使う気なんでしょうか。もう一度詳しく聞いてきます」


 そう言ってサイラスは医務室からもう一度執務室に向かった。


 執務室では、ギルバートは仕事の真っ最中だった。仕事の邪魔をしないよう質問しようとしたサイラスの思考を、まるで読んだかのようにギルバートが顔も上げずに言う。


「花だ。取り分け赤い物がいい。【赤は情熱の証だからな。こう見えて僕は情熱的なんだとロタに伝えたい】」

「は、はい!」


 驚いた。どうしてサイラスの思考が分かるのだ。薬草で赤い花と言えば、あの花しかない。


 サイラスは急いで医務室に戻るとモンクに鼻息を荒くして言った。


「き、聞いてきました! トルカローだそうです!」

「トルカロー⁉ あんな毒花どうす…る…なるほど。そう言う事ですか。分かりました、手配しておきます」


 トルカローは真っ赤で大振りの花をつける事で有名だ。普通は薬草として用いられるが、分量用法を間違えれば猛毒にもなる。ギルバートはその花を大量に用意して、きっと侵入して来た敵に使うつもりなのだろう。


 数ある毒花の中でも、最も強力なトルカロー。あえてそれを使うのがギルバートの冷酷さを物語っている。


 全てを察したモンクとサイラス。お互い顔を見合わせた。


「また侵入してくる可能性がある、という事でしょうか」

「そうでしょうね。王子は無駄な事などしない方ですから」


 納得したように頷いた二人は、こうしてそれぞれの仕事に戻った。そしてその噂は、一夜にして城全体に知れ渡ったのだった。

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