第10話 調子に乗る王子

「もしかして……ロタの知り合いと言うのは……シャーロット姫……?」

「もしかしてギルの知り合いの方って……ギルバート王子……?」


 そこまで言って二人は黙り込んだ。先に口を開いたのはロタだ。


「ギルはもしかして……ギルバート王子の側近の方……なんですか? そう言えば名前もギル」

「そう言うロタも、シャーロット姫のメイドか何かなのか?」


 そう言ってまたお互い黙り込む。


 何と言う事だ! 世間は狭すぎる! ロタはシスターでは無かったのか! それにしても、あれほど悪名高い令嬢にこんなにも可愛らしいメイドが就くとは! 世の中は不条理だ! そしてギルバートは閃いた。


「ロタ、手を組まないか?」

「え?」

「王子はとにかく姫に会いたくないと言っている。代わりに僕が出席するから、舞踏会には君が姫の代わりに出席してくれないか? 姫は常に仮面をつけているのだろう? 何とかごまかせないか?」


 何と言う浅ましい提案をしてしまったのか。ギルバートは己を恥じた。シャーロットに会いたくないと言う思いと、ロタに会ってみたいと言う二つの欲望をいっぺんに叶えようとしているのだから。


 王子たるもの、こんな事ではいけない。やはりこれは撤回した方がいいのではないか? ましてやここは教会だ。こんな邪な気持ちは――。


「分かりました。手を組みましょう、ギル。今まで黙っていてごめんなさい。実は私はシャーロット姫の身代わり役なんです。背格好がとても似ているので」

「そうか! 偶然だな。実は僕もなんだ。王子とは髪の色と瞳が似ているからという理由だが」


 邪な気持ち全開で快諾した挙句に嘘を重ねてしまったギルバートは、心の中で神に懺悔した。


【神よ、どうか許したまえ。嘘を吐くなどと言う行為までしてロタに会いたいと願ってしまう自分をお許しください】


 思わず胸に手を当てて目を閉じたギルバートは、フゥ、と小さな息を飲む。


 王子たるギルバートにも勿論本物の替え玉が居る。ギルと言う名の。そこは嘘ではない。身代わりの身代わりをやるというのもおかしな事だが、それでロタに会えるのなら何も問題ない。


 小窓の向こうではロタもまた、ギルバートと同じように息をついていた。


 やはりロタに相談して良かった。


「ありがとうロタ。素晴らしい提案をしてくれて。これで王子の悩みが一つ減りそうだ」

「私も。ありがとう、ギル。姫様も飛び跳ねて喜ぶと思うわ」


 こうして、秘密の取り決めをした二人はいつものように挨拶をして別れ、お互いの国に帰って行く。    

                        

 俄然舞踏会が楽しみになってきたギルバートは、城に戻るなり自室に引きこもり、いそいそとロタに送る贈り物のリストを作っていた。


【やはり手作りか。買った物だけでは味気ないからな。あとは、ここは少し奮発して宝石の一つでも……いや、気の無い男にそんな物を貰っても気味が悪いな。手作りと宝石は止めておこう。では花か。花なら嫌う女子は居ないだろう、多分】


 そこまで考えて、いや待てよ? と考え直す。


【花には虫や棘が、という可能性もあるな。いや、万が一花に蜂が隠れていてロタが刺されでもしたら一大事だ。花もダメだな。では何だ?】

「鳥か……【いや、生き物はないな。世話が大変だし、貰っても迷惑になるかもしれない。難しいな、贈り物は……】」


 その時、部屋の入り口でガシャン、と音がした。ふと視線を上げるとサイラスが顔面蒼白でこちらを見ている。


「サイラス【顔が真っ青だぞ? 大丈夫か? 気分が悪いのならもう上がってもいいんだぞ】」


 いつもサイラスと共に居るくせにサイラスの不調に気付かないなど、主失格である。


 ギルバートは贈り物リストを手帳に仕舞うと、サイラスに近寄った。


「気付いているか?【自分の不調に。体調を崩しては元も子もないからな。休みはしっかり取るんだぞ】」

「は、はい! 失礼します!」


 サイラスはそう言って寝る前の白湯を置いて物凄い勢いで部屋を飛び出して行ってしまう。


 相変わらずサイラスは慌ただしいな。まぁ、元気なのは良い事だ。


◇◇◇

         

 サイラスは急いで騎士団の団長が居る執務室に飛び込んだ。走りすぎて心臓がバクバクしている。


「ガルド!」

「サイラスか。どうした?」

「お、王子が……気付いているか? と!」


 サイラスの言葉に団長は眉を吊り上げる。どういう意味だ? そう問う前にサイラスが話だした。


「その前に、鳥か、と仰っていました……これは、敵の伝令方法ではないでしょうか!」


 意気込んだサイラスに団長は頷く。


「なるほど! 鳥か! 不思議だったんだ。どうやってあの崖まで誰にも気づかれずに侵入出来たのか。一人が様子見に森まで侵入。そしてこちらの警備と地形を見たうえで伝令をその場で放ったという事だな?」

「恐らく」


 その手段が王子は鳥ではないかという。


 開戦前は迂闊に国には入れなくなっている。商人であったとしても、厳重に調査される。その網をかいくぐれるのは透明な者か、あるいは羽のある者。透明な者はこの世には居ないが、羽のある者であれば、いくらでも居る。ギルバートはそこに目を付けたようだ。


「鳥か……。よし、今すぐ警備にあたらせる!」

「はい!」

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