第9話 決戦後

 忍は結菜に連れられて、彼女の住まいへと戻った。汚れてしまったTシャツを洗濯機の中に放り込み、今は代わりに結菜のTシャツを借りて着ている。が、忍にとって結菜の着る衣服はあまりにも大きすぎる。ぶかぶかなTシャツを着る忍の姿は、どこか間抜けな出で立ちであった。


「……ていうか結菜さん、Tシャツのセンスが独特すぎませんか?」


 結菜が貸してくれたTシャツは、おどろおどろしいサメの頭がプリントされたものであった。恐らくB級映画のジャケット絵をそのままプリントしたのであろう、「ミッドサマー・ゲーミング・シャーク」というタイトルが特徴的なフォントで印刷されている。


「ああ、それは私の好きな映画でな、今度一緒に見ようか?」

「遠慮しておきます。何だか嫌な予感がするので……」

あきらと同じ返事をするとはつれないなぁ……」

「アキラ?」

「ああ、昭というのは死んだ私の夫のことだ」


 結菜はどうやらB級映画の愛好家であるらしい。が、忍にそちらの趣味はない。亡き夫にも同じ反応をされたというから、きっと彼女の趣味は相当奇特なのであろう。忍はくすっと笑ってしまいそうになった。


「それにしても、どうして私の居場所が分かったんだい?」

「一生懸命色んな人に聞いて回ったんですよ。ほら、結菜さん目立つから……」

「そりゃあご苦労だった。まったく……背が高いのも考えものだな」

「それと、脚が治っていたのも分かってました。僕も前に脚を怪我したことあるから分かるんです。歩き方が変わっていましたから。」

「ははぁ、それもバレてたかぁ……やっぱり嘘なんてつくもんじゃないね」


 椅子に深々と腰かけた結菜は、少しばつが悪そうに目を泳がせた。忍を巻き込まないためとはいえ、嘘をついて騙そうとしたことは気分がすぐれなかったのであろう。


「何はともあれ、キミが無事でよかった」

「僕も、結菜さんが無事でよかったです。結菜さんに死なれたら僕は……」

 

 急に怖くなったのか、忍の目がじわりと潤んだ。この少年に心中を察した結菜は椅子から立ち上がり、黙って忍の細い体を抱きしめた。


「結菜さん……結菜さんはずっと僕の憧れでした。そんな結菜さんに愛されて、何だか……夢みたいです」

「そこまで私を買ってくれるとは嬉しいねぇ。これからも色々と頼みごとをするだろうけど、それでよければ」

「僕、今までずっといいことなくて……いじめられてばっかりで学校にもいけなくなっちゃったし……だから僕には結菜さんしかいないんです」

「キミもつらい思いをしてたんだね。大丈夫、これからは私がキミを守ろう」


 いつの間にか空は晴れていて、夕陽が窓から差している。赤い光に照らされながら、二人は互いの唇を重ね合わせた。

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