第6話 因縁の殺人怪生物

 その日の夜のこと、結菜はモニターの画面をじっと睨みつけていた。そこには数台のカメラで同時に撮影された、とある川の底の映像が映っている。

 川底には、魚の影が一つもなかった。時折画面を横切るものといえば、何かに食い残されたと思しきコイやナマズの頭部ぐらいである。

 その川底に、何か巨大なものの影が映った。一見すればアリゲーターガーのような姿をしているが、それにしてはあまりにも巨大すぎる。まるで人食いザメのようなサイズだ。流石のアリゲーターガーも、そこまで大きくはならない。


「やっぱり来たか……決着をつけようじゃないか」


 次の日、いつもの白衣姿とはうって変わってミリタリージャケットとカーゴパンツ姿をした結菜は、決戦のための荷物をまとめて外に出た。向かったのは、撮影していたあの川だ。

 結菜は杖を使わず、速足で外を歩いていた。彼女の左脚は、ひと月ほど前にすっかり癒えている。杖をついていたのは、忍に脚が不自由であると思わせるために過ぎない。きっと彼は自分を探しに来るだろう。そして杖をついて歩くような身であれば、そう遠くには行っていないと目星をつけるに違いない。


 ――騙してしまって悪いが、キミを巻き込みたくないんだ。


***


 結菜には、斎木さいきあきらという幼馴染がいた。小柄で中性的な容貌をした少年で、それゆえに周囲からは何かと侮られることが多かった。

 彼とは対照的に背丈に恵まれた結菜は、そんな昭を庇い、彼を虐める者たちを叩きのめして回っていた。小学生ぐらいであれば、男子も女子もそう体格は変わらない。殆どの男子よりも長身であった結菜に、怖い相手などいなかったといってよい。

 結菜は強い者よりも、庇護欲をそそられる相手に惹かれるタイプであった。そんな彼女にとって、昭という少年は可愛くて仕方がなかった。


 ――いずれ、私の身長も昭に抜かれるのだろうか。


 そう思って時折嘆いたりもしたが、そうした想像に反して、昭の身長は大して伸びず、翻って結菜の方はどんどん背が伸びていった。

 結菜も昭も勉強はできる方で、二人して同じ高校に入学した。そればかりでなく、同じ大学の同じ学部に進学したのだから、二人の縁の強さは常軌を逸脱するものであった。

 そして、企業に就職した二人は、ほどなくして籍を入れた。晴れて夫婦になった二人であったが、その結婚生活は、あっさり終わりを告げた。

 

 昭と結菜は二人とも、とある財団研究所に属していたが、研究室は別々であった。研究所に勤めるようになってから数か月後、事故は起こった。

 昭の実験室から、数頭の実験動物が脱走してしまった。彼の実験室は、様々な動物を組み合わせた、所謂キメラのような生物を生み出していたのだが、それらの一部が職員を殺害して脱走を図ったのである。

 その内の一匹が、結菜の研究室の方に逃げ込んできた。結菜が目にした実験動物……その姿は、全く異様なものであった。

 何がなんだか分からないが、自分が危険な状況にあることを察知した結菜は、足早に逃げ出した。研究棟の部屋の一つに逃げ込んだものの、四つ足で這い回る怪物は扉をぶち破り、そのまま突進を仕掛けてきた。結菜はすんでの所で回避し、怪物は外壁に鼻先から突っ込んで粉々に破壊した。

 その怪物が、再び結菜の方に向き直るもう駄目か……結菜が諦めかけた時、昭が部屋に突入してきた。


「結菜! 飛び降りろ!」

「え……」

「後からそっち行くから早く!」


 そう言って、昭は試験管を投げつけ、怪物の気を引いた。結菜は一瞬、逡巡したものの、昭の言葉の通り破壊された外壁から外に飛び降りた。

 地面に着地する直前、結菜の背後から爆音が鳴った。着地した結菜は左脚を負傷してしまい、上手く立ち上がれない。体をひねって研究棟を見上げた結菜は、先ほど自分が飛び出した場所から、揺らめく炎とともに黒煙が吐き出されているのを見てしまった。

 昭は爆発物を使って、脱走した実験動物と相打ちになったのだ。そうとしか、思えなかった。


 自分を助けて、昭が死んだ。絶望に打ちひしがれた結菜はその時、一生分の涙を流しながら、駆け付けた救急車によって運ばれたのであった。


 この時、あの怪物は死んだのだと思ったが、そうではなかった。

 昭の遺品を整理していた時、結菜は彼が怪物に埋め込んだ発信器の受信装置を発見した。それを確認した結菜は、夫の敵ともいえるあの合成生物が生きており、しかも自分のいる場所へと近づいてきていることを知ったのである。発信機の電波が怪物の脳に影響を及ぼしており、受信装置のある方へと誘引しているのだ。

 

 ――これは、天が与えてくれた復讐のチャンスだ。


 結菜は決心した。絶対に、あの怪物を殺すと……

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