終章『アイカ』②

 莉奈とのデート当日。

 あたしは待ち合わせ場所の、駅前噴水広場にて、なんと二時間も前から待ち続けた。どんだけ楽しみなんだよ! って思われるかもだけど、しかたないよ。だって、愛するリナと、この世界で会えるんだから。楽しみすぎて、一睡もできなかったほどだよ。

 これは運命か奇跡だったのか、莉奈とは会おうと思えば会える距離だったのだ。あたしの家から電車で一時間ほど揺られるだけで、莉奈の生活圏内に行けるらしい。


 あたしはややボイを意識したファッションにコーディネートした。もともとスカートは好んで履かなかったしね。

 中学三年生にあがったばかりの春、肌寒くないように、って若葉色のモッズコートをチョイス。それから黒のインナーに、デニムパンツ!

 髪型は短すぎないようなショートウルフ。


 あたしはしきりにスマホを気にする。

 愛する莉奈からのメッセージが来ないかな、っていっつも期待して待っちゃう。

 莉奈は、"アイちゃん、いつもレス早すぎ"って笑ってた。


 しょーがないじゃん、あたし、学校行ってないしね!

 莉奈は真面目に学生をしているみたいだった。といっても、莉奈は中学からのエスカレーターで、高校一年生だけど、知り合いが多くて学校生活は楽だと言っていた。


 あたしのスマホがメッセージを受信する。


『一時間前だけど、来ちゃった。わたし、楽しみすぎたかな?///』


 莉奈、文章でも可愛すぎか!

 あたしは必死になって噴水広場に目を向けた。


 どくん。


 一人の女性に目を奪われる。

 まるで、世界があたしとその人だけになったのかと思った。


 周囲は人々でごった返しているはずなのに。

 あたしは、彼女しか瞳に映らないで。

 彼女もまた、あたしを見つめて、呼吸すらも止めているかのように目を見張っていた。


 可愛い人だった。


 髪は外ハネをしたエアリーミディアムで、ゆるふわっとした雰囲気。

 メイクはかなり派手め! ギャルっぽい! チャットとか通話だとおとなしめだったのに! ピアスとかネックレスもして、かなりお洒落でフェミニンな女の子だった。そして右手にはプラスチックの透明な容器に入ったドリンクを手にしていて、ズズズってストローで吸う仕草がとんでもなくキュート。


 もうね、ほんっとリナリーと、瓜二つ。

 あたし、わかっちゃうよ。

 莉奈の白いシャツから突き出ている二つの膨らみが、どれくらい柔らかくて、どれくらいのサイズか、ってこと。莉奈の汗の匂いがどんな香りだってこと。

 遠くからでも、触らなくっても、身体の隅々まで莉奈のこと、知悉できた。


 だって、それは紛れもなくリナリーで、リナで、莉奈なんだもん。


「あの、莉奈で合ってる? あ、あたし、年下だった! 莉奈、さん?」


「あはは、莉奈でいいよ~。よろしくねっ、アイちゃん」


「ちゃんはいらないよっ! ってか莉奈、めっちゃ可愛い。こんなにギャルっぽいとは思わなかったよ!」


「えー、うち、メイク似合ってる? ってかアイのほうが可愛いよ! なんかね、胸がきゅんってする」


 うわー、可愛いよおお!!

 今すぐギュってしたい!!


 だってさーだってさー! 莉奈ってば、喋り方があっちのリナと一緒で。通話とかグルチャでは猫被ってたんだ! どうやら莉奈は内弁慶らしくってさ、初対面とかネットだと緊張しちゃうんだって。でも、会ってすぐなのに、あたしだけには本物の莉奈を見せてくれて!

 ああ、そういえばあっちのリナも、ねーちゃんに挨拶するときかしこまってたしね。莉奈、余所行きの顔持ってるの、面白い!

 

 あたしはさりげなく、莉奈の手を取った。恋人繋ぎで握った。

 告ったわけでもないのにね、あたしはもう彼女気取りだ。キモいかなあ?

 でもね、莉奈もあたしに指を絡めてくれて、あの小悪魔めいた微笑で喜んでくれる。嬉しい!


「莉奈ってすごいよね。同人活動しながらメイクとかお洒落も頑張ってるんだ?」


「ん~? うちさ、ほら女子校だかんねー。周りに合わせて、メイクとか覚えちゃうんだよ~。人付き合い、ってやつね!」


「えー!? 女子校って、もっとおしとやかじゃないの!?」


「あははっ、ないないっ! うちが通ってる女子校は普通のとこだよー、ギャルばっかり! でもさ、うち、こんなセクマイだから……。学校行くのけっこう辛いんよね」


 莉奈。

 孤独、感じてるんだ。

 あたしは悲しくなった。愛おしくなった。


 だからあたしは、駅前で人通りが激しい大通りだろうと構わず、莉奈をハグしていた。


「あたしもだよ。男が嫌い、ってだけで、説教されたこともあった。……莉奈は偉いよ。あたしなんて、周りから逃げて引きこもってるだけだし。学校行ってないもん」


「あ、アイって中三なんだっけ? うちの学校、受験したら? うち、学校でアイに会えるなら、毎日楽しくなると思うもん!」


「莉奈の学校に? うわっ、それなら通えるかもっ! わー校内で制服デートとかできちゃうんだ~」


 あまりの嬉しい妄想に、勝手に口から言葉が出ていた。

 あたしたち、まだ付き合っていないのに。デートとか言っちゃって、引かれたかな? 

 でもさ。あたし、引きこもりだったのに。莉奈の提案一つで、もう学校通う気になってる。絶対に、莉奈の高校に通いたいから。それくらい、莉奈が好きなんだもん。


 莉奈を見上げると、彼女は頬を染めていた。可愛すぎる。


「アイはうちのこと、なんでそんなに好きなの?」


 あ、これ。

 向こうの世界と逆なんだ。


 あっちのリナはあたしに積極的に押せ押せで、そのままリナの魅力に飲まれて、付き合った。

 じゃあ、今度はあたしが頑張らないと!

 リナだって、勇気を出してあたしにアタックしてくれていたんだから。


「だって、一目惚れってゆーか。運命を感じたっていうのかな。あたし、莉奈のことならなんでもわかる気がするんだもん。莉奈、レズビアンの風俗漫画好きでしょ」


「えっ、なんでわかんの!?」


「他にもさ、年の差百合とか。処女の女の子とか。それから、あ、あたしみたいな、年下のボイっぽい子、とか、好きでしょ?」


「なになに、アイってエスパー? それとも、ストーカー?」


「ち、違うよ! わかるんだよ、莉奈のこと。うまく説明できないけど……。波長が合う、ってやつ。あたし、莉奈がカノジョだったら、嬉しい……」


「……じゃ、じゃあ付き合ってみる? うち、言っとくけど、恋人いたことないかんね! 年上だけど、リードできないかんね?」


 うそうそうそ!? 莉奈、こっちだと処女なの!?

 やばい、鼻血出ちゃう!

 あたしの望んでいた莉奈がそこにいる!!! ううん、莉奈だったらどんな莉奈でも愛せるけどさ! でもでもでも、初めての莉奈とか可愛いじゃん!


 あたしは莉奈の手を握って、ぶんぶんと上下に振った。


「やったーー! 莉奈と付き合えたー! 一生幸せにするからね、莉奈っ!」


「あはは、喜びすぎっしょ、アイ。みんな見てんぞー。んじゃさ、買い物したら、うちの家くる?」


「え、いいの? 行く行く!」


 あたしと莉奈は軽く昼食を食べて。百合漫画買いに行って。莉奈の画材を買うの眺めてさ。

 莉奈の家に呼ばれた。

 今日は両親がいない、って言ってた。


 あたしは莉奈のちょっとオタクくさい部屋に招かれて、莉奈の匂い成分100%に包まれて感涙した。


 部屋で二人っきりになって、すぐにキスをした。


 あたしも莉奈も初めてのキスなのに。

 めちゃめちゃにえろいキスだった。まるで、今まで幾度となく繰り返してきた恋人とのキスだ。


「ねぇ、アイ……。うち、おかしいのかも。だって、会ってすぐなのに。キスも初めてなのに。アイのことめちゃめちゃ好きになってる」


 莉奈がとろけた目つきと熱っぽい吐息を吹き付けながら、訴えかけてくる。

 全身が、下腹部が、猛烈に疼く。


 莉奈、あたしの愛を受け取ってくれたんだ。


 もしかしたら、あたしのキスが莉奈の細胞に眠るあの世界の記憶を呼び覚ましたのかも、って勘違いしちゃうくらいに。たった一度の粘膜交換だけで、莉奈はあたしを求めてやまなくなった。


「あたしも莉奈のこと本気で好きだよ……」


 あたしたちは一心不乱に舌を絡め合って、お互いの全てを貪り食らうみたいなキスを何十分も続けた。

 その後自然とベッドインした。


 どっちも処女だったのに。

 あたしたちは、相手の身体のどこで、何を、どんな風に、どんな力加減で、どのタイミングで、どうすれば気持ちよくなってくれるのか、知り尽くしていた。

 それはまるで、熟年ふーふよりも長い期間、相手と過ごしていたことがあるかのような。

 莉奈が、次に何をしてもらいたいのか。言われる前にしてあげた。

 だって、あたしは知ってるから。あたしが"タチ"で、莉奈は"バリネコ"ってことを。

 

 あたしたちは初セックスだったのに、何度もイッた。何度も相手を求めた。


「アイっ、愛華ぁぁ、好きっ、愛してるの!」


「あたしだって莉奈のこと愛してるよ! 莉奈のこと一生愛するからね!」


「愛華っ、愛華ぁ! うち、生まれ変わっても絶対に愛華のこと好きだかんね!」


 莉奈の愛が突き刺さる。だって莉奈は、本当に生まれ変わってもあたしを愛してくれているんだもん。


 あたしは彼女の愛に応えるように、狂ったように莉奈と肌を合わせた。莉奈のあそこを舐めた。指でした。胸でもイカせた。キスでもイッてもらった。

 いくらでもセックスできる。無限に愛し合える。莉奈もあたしのことを誰よりも愛してくれるようになった。

 夢の続きを見ている気分だ。


 そして、体力が空っぽになるまでえっちをしたあたしたちは、裸で抱き合ったまま寝ちゃって……。

 現実でも幸せを手に入れたことに、ふわふわの気分でさ。


 意識が途切れていく。


 あたし、アイカは深い深い眠りに誘われた。


 そして、次に目が覚めた時。


 ――あたしは、鬼だった。

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