第七話『新たなギルドメンバー』
第七話 『新たなギルドメンバー』
「あらあらまぁまぁ、アイちゃんたち、今日も仲良しねぇ」
「あはは、おはよ、アキホさん」
もはや習慣と化した、ギルド本部への挨拶周り。
あたしとリナは、オフ日。仕事をしにきたわけじゃないけれど、ギルドに立ち寄っていた。ここに来ればみんないるからさ、ついつい引き寄せられちゃうんだよね。ま、今日は他に理由があったんだけど。
……リナとお付き合いを開始させてから、はや数日。
あたしとリナの関係は、まるで波紋ができるみたいにして、またたく間にギルドへ広まって――メンバーにいじられることも多くなった。
それから、アキホさんにも丁寧にリナのことを説明して、彼女にもあたしたちの仲を認めてもらうことができた。……って親に結婚の挨拶をしたみたいじゃん、これじゃ。
……アキホさんは、あたしに"カノジョ"ができたと知って、うっすらと悲しんでもいたけれど。でもね、あたしが目一杯励ました! リナも一緒になって、アキホさんの幸せを絶対に運んであげる、って約束して、あたしたちは丸く収まったんだ。
他にも、リナとは一緒に仕事をしたりして、カップルとしての日々も慣れつつあった。
そして今日!
リナと初デートする日だった!
今日のリナは、なんと清楚系のコーデ。柔らかそうな生地でできた白とベージュのフェミニンなワンピースに、シンプルなパンプス。それからメイクも落ち着いた感じ。桃色の髪から覗くピアスがとっても可愛い!
蛇足だけど、サキュバスの象徴である翼と尻尾は衣類の下に隠されてある。リナリーいわく、翼を出すのにはちょっとした仕掛けが必要らしくって、入念に細工した服でしか羽ばたけないらしい、とのこと。
本日は街に出かけるってことで、肌の露出を抑えめにした、若干ヒメちゃん寄りに変身を遂げたリナリーである。
これがあたしの恋人だー! ってばーんと紹介したくなるほどの、自慢のカノジョです! ま、そのためにギルドに来たんだけどねっ!
けど。対象的に、あたしときたら……。ファッションセンスは壊滅的。いつものブラウスに黒のパンツという、リナと隣歩いていて恥ずかしさすら感じる風体である。
いいんだ。あたしがリナを引き立たせることができるなら、それでいいんだ。
あたしはリナっていう名女優を陰ながら輝かす照明にさえなれれば、それでいいんだもん。
「おやおや、アイカちゃん、随分女性らしい顔になったね。もしかして、リナとヤッた?」
夏の爽やかな空気に混じって、淀んだむわ~んとするアルコール臭。そしてこの下品な台詞。登場が独特すぎて、見ないでも誰だかわかることで有名な人物。
サキュバス一家の長女ことティアだ。
……ヤッたかヤッてないかで言えばヤッたよ! 何日も前にな! その後もけっこう頻繁にしているよ!
だけどもちろん、そんなことを答えてやる義理はない。
「ティアさー、朝から酒飲んで暇人なの? セクハラばっかしてるし、そのうち誰も寄り付かなくなるぞ!」
振り返って文句を垂れてやると、クール系美女のティアは、顔の半分を覆うほどの金髪を気取った仕草でかきあげる。それと同時に女の子から歓声があがるのも、いつもの風景だった。中身はクールとは掛け離れた最低セクハラ酔いどれスモーカー女なのに、なぜかモテるんだよなあ、こいつ。
「ははは、心配ご無用。あたしは仕事も効率よくこなしているし、女性とのデートで予定がいっぱいだよ」
ぐぬぬ、と途端に言い返せなくなる。
そうなんだよ、こいつ、うちのギルドで一番仕事ができるんだよなあ。
しかも仕事帰りにはたいてい、女の子を一人二人持ち帰ってくるんだから、手の速さも尋常ではない。さすがシャルをライバル視しているだけはある。今は何股しているんだろ。聞きたくはないけどさ!
「で、リナとのセックスはどうだった? こいつ、けっこう下手じゃなかった? 姉として、妹の不始末があったら詫びないといけないからね」
どんだけ酔っ払ってるんだよ、こいつ!
ティアはずかずかとあたしたちのプライベートに土足で入り込んでくる。
セクハラには未だ馴染めていないあたしは、リナにちらりと横目で助け舟を出した。
すると、あたしのカノジョは得意げに鼻を鳴らしている。リナ、頼もしい! 好き!
「うちが下手なわけないじゃん。ってゆーかさ、うちらがヤッてるのなんて、何日も前からなのに、気づくの遅すぎない? てか聞いてよティア。アイってば、けっこう積極的でさー。なんならうちの、おま……もがっ!」
「わーーわーーー!」
何言い出すんだよー、リナ!
あたし、ヒメちゃんみたいになってんじゃん! なんでこのギルド、下ネタばっかりなんだよ!
すると。噂をすればなんとやら。
「はっはっは。アイカ、楽しそうにしてるじゃないか。ねえ姫?」
「うんうん。ラブラブオーラすごいもんねー、アイちゃんとリナちゃん」
今度はミズキとヒメちゃんの登場だ。
ギルドは朝から大盛りあがり。夏の暑さなんて消し飛んじゃうくらい、女の子たちの喧騒で埋め尽くされている。
あたしとリナ、それからミズキとヒメちゃんの両カップルが向かい合うと、見物人も増しましになった。華があるもんね。あたし以外!
「ぜんっぜん、楽しくないんだけど! セクハラ魔人しかいなくって、どうなってんのさこのギルド」
「はっはっは。私はいいことだと思うよ。君も少しはわかってくれるようになったんじゃないかい? 私が姫を自慢したくなる気持ち。自慢の恋人のこと、みんなに言いたくなるだろう? 私だってそうさ。なんせ姫のおまn……もがっ!」
出た、本家本元、ヒメちゃんの口塞ぎだ!
これが見られると、ギルド内も狂喜乱舞になるんだよね。って、ヒメちゃん自身は泣き出しそうな顔なんだけど、そこがまた可愛い。ま、リナのほうが可愛いけどね!
「アイ~、みんなにも挨拶できたし、そろそろ行かない?」
「あっ、そうしよっか。みんな、またね」
あたしたちはギルドメンバーに見送られて、街に向かって出発する。
これからの予定は、ショッピング!
いつも買い出しはシャルの付き添いで、車を使って遠出ばっかりだった。
けど今日は、歩いて行ける範囲の小さな街で、服とかを見繕ってもらうスケジュールだ。
あたしたちのギルド"リリズ・プルミエ"は、近辺に人が住んでいない街道のはずれにある。
なので、辺鄙な田舎道を小一時間も歩かないと、街に辿り着くことはできない。
でもね、リナと一緒なら、どれだけ長い道のりでも全然平気。むしろ、リナといちゃいちゃお喋りできるんだから、幸せな散歩道に早変わり。
日差しが強いから、肌が真っ白のリナは焼けちゃわないか、ちょっと心配だけどね!
「そういえばリナの新作イラストも評判いいみたいじゃん。ギルドメンバーもどんどん増えていってるし」
「アイがいいアイデアいっぱいくれるからねー。うちら、最強コンビだよ! まーでも、ちょっと不安もあるよね」
「あ~。でもシャルがしっかり注意喚起してたし、大丈夫だよ。みんなギルドのルールはちゃんと守ってくれてるしさ。あたしたちがこうやって街に行くのも、いい偵察になるんじゃない?」
「ん、そだね。うちのことは守ってね、頼りにしてるよ、アイ♡」
リナが腕を組んできて、ぴったりと密着してくる。
気温は高いけれど、そんなもの気にならない。むしろ暑さでとろけて、リナと一緒にどろどろになりたい気分だった。えっちな意味じゃなくてね!
……あたしとリナが気がかりなのは、ギルドが拡大してきていることについてだった。
当然だけど、女の子が好きな女の子が集まってくれているので、メンバーが増えていることは大歓迎!
のはずなのに。諸手を挙げて喜んでいられないのも現実だった。
あたしたちのギルドは、訳ありに分類されるわけでさ。
なんでかって言えば、異性と関わらないために、ギルド連盟には加入していないからだ。
フリーのギルドは有名になってくると、いわば商売敵のギルド連盟にとっては、邪魔な存在になっちゃうのである。
あたしたち"リリズ・プルミエ"が名を馳せてきて、仕事が増えると同時、ギルド連盟への依頼は減っているわけで。
何かとやっかみを受けることを危惧しなければいけなかった。
だって。
あたしたち、女の子だけしかいない、って宣伝しているから。
だから、あたしたちのギルドメンバーは、プライベートで街に行く際は"リリズ・プルミエ"のメンバーであることを隠してもらうことになっている。
それに加えて、二人以上で行動することを義務付けていた。女の子たちにとって、一人で街を歩くことは、それだけで危険を伴うってことなんだよ。
まあ、うちのギルドメンバーはシャルの意向もあってか、戦力的には優秀な子も多いから、うかつに手は出せないだろうけど。
そもそも外の人から見ると、うちらのマスターは"闇夜の魔人"っていう、得体のしれない悪魔なのだ。
"闇夜の魔人"は、たった一人で一国の軍隊と争える規格外の化け物なのである。
実態はただの"どえろ魔人"なんだけどさ。けれどシャルだって、やるときはやってくれる。
シャルは以前、あたしに語ってくれた。
彼女が本来の姿に戻るときは、えっちのときと、守らなければならないものがいるときだ、って。
だから、うちのメンバーに危害が加わることはないと思う。シャルがいてくれるから。
ただ、嫌がらせとかはあるかもしれないしね。
あたしたちは、よく仕事をもらう街に足を運んで、その調査も兼ねているわけだ。
フリーのギルドであるあたしたちは、仕事を手に入れるためにはわざわざ街に行かないといけない。そこで広告宣伝を兼ねて、ギルドの紋章を掲げて走り回るわけなんだけど……リナの描いてくれたギルド紋章も可愛いイラストだから、すぐに有名になったのだ。
ある程度名前が売れてくると、今度はギルドに直接仕事を依頼してくれる子たちも増えてくる。
そうやって、どんどんと"リリズ・プルミエ"は拡大していっているのだ。
リナとじゃれ合って、百合談義して、ってしていると街が見えてきた。
ここは小規模な街だけども商売は盛んだし、大抵の物は揃う。流通が多い場所だから仕事も多いし、狭苦しいけど活気がある、そんな街だった。
酒場の前にある掲示板には、あたしたちのギルドポスターも貼られてあって、可愛らしい二次元イラストの"リリズ・プルミエ"ポスターは、周りと比べると一際目立っていた。
「アイ~、うち、ちょっとトイレ行ってくんね。それとも、一緒にする?」
「ば、馬鹿リナ! 一緒にはおかしいだろっ」
「んーそっかなあ? ま、今日はいっか。後で一緒にしたくなったら、いつでも言ってね♪」
リナってば、考えることが変態なんだから困りもんだよ!
でもあれでもね、ベッドの上だとけっこう大人しくってギャップがたまらないんだよね。はぁ。リナ、好き。
リナはにこやかに手を振って、目の前にあったカフェのお手洗いを借りに行った。
この辺の一角は、あたしたち"リリズ・プルミエ"メンバーが良く仕事を探しにきているので、最近では自然と女の子たちの割合が増えている。なので、リナも安心してデートに連れてくることができた。
あたしもなるべく女の子だけを見ていたいから、助かっている。リナにも異性の視線が向かないように、徹底してガードするつもりだけどね!
あたしはカフェの壁に背を預けて、ぼけっと道行く人々を眺める。
雑踏の中。一人の女性があたしの前を通り過ぎた。
白の帽子を被って、白のワンピースを着た涼し気な女の人。ふわりとなびく栗色のヘアは夏の日差しを受けて煌めいている。
彼女はあたしを振り返って――。
「あ、アイちゃん……?」
「えっ」
唐突に名を呼ばれて。
はっとなった。
だって、そこにいたのは。思いがけない人物。
「ね、ねーちゃん……?」
そう。彼女はあたしの姉、モモカだったのだ。
ありえないと思った。幻覚を見ているのかと思った。
だって、ねーちゃんはこんな街とは程遠い、もっともっと田舎の村で暮らしているはずなのだから。
あたしとねーちゃんは視線を絡ませあったまま、時が止まったかのように硬直していた。
道を行き交う人々は、時間の概念に囚われずに歩いているようにさえ見えて、別世界の住人にすら思える。
あたしは久々の再会を果たしたねーちゃんに、なんて声をかければいいのかわからなかった。
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