第六話『恋する鬼の行き着く先は』⑤
「…………」
「…………」
空気が重いっ!!
あたしは今、自室にてリナと二人っきりだった。
なぜこうなったのかと言えば、あたしの告白をシャルたちに目撃されて。
なんか妙に気を使われてしまい、今日はお仕事をしなくていいから二人で過ごしなさい、って言い付けられてしまったのだ。
いやさあ、その気遣いはありがたかったよ、うん。
だけど、いざリナと二人っきりになってみたらさ、予想と全然違ったんだよね。
なんってゆーかなあ! あたしたち、よそよそしいの!
だって。
そこにいるリナが、リナなんだけどリナじゃなくって。
あたしは勘違いしてた。てっきり、あたしたちは恋人になっても、リナがいつもみたいにあたしにベタベタしてくれるものだと思ってたんだ。
なんでかって言えば、いつもならリナは事あるごとに、あたしへハグしてくるし、おっぱいも押し付けてくるし、なんなら、脇腹を直に触られたし。
けどね、今あたしの部屋にいるリナは、しおらしかったんだよ!!
時折あたしの顔を横目で盗み見てきては、ぷいっとそっぽを向いちゃうし。その頬は桜色に染まってるし。なんか手を組んでもじもじしているし。可愛すぎかよ!
だけどあたしもまた。普段とは違ったリナにドキドキとしてしまい、気軽に声をかけることもできなかった。
なんでこんなに変わっちゃうの?
だって、あたしたちは毎日仲良しで、同志で、しかも今は好き合ってて。
昨日も今日も、おんなじリナなはずなのに。
友だちから恋人にステップアップした瞬間、リナの存在はまるでこれまでとは全く別の生き物になってしまったのかと思うほどだ。ううん、その表現は正しいのかもしんない。だって、今あたしの隣にいるリナは、友達のリナではなくって、"あたしの恋人のリナ"なんだから。
あたしは初めてできた恋人との接し方がわかんなくって、鼓動だけが室内を支配していた。
恋人が隣にいる。
それだけで、幸せで、緊張で、手が震えた。
だけどそれはリナも一緒で……。
あたしが視線を落とした先、ベッドに乗っているリナの小さな手もまた、小刻みに振動していた。
ずるいよね、リナって。
リナはサキュバスで、恋愛対象が女の子専門で、元カノもいっぱいいて、えっちだって経験済みだって言ってたのに。
あたしの隣にいる女の子は、小動物よりも怯えきっているんだもん。
でもそんな少女と、何を喋ればいいのかもわかんない。あたしたち、いつもどんな会話をしていたっけ?
ああもうっ、リナの馬鹿! あの無邪気に明るいリナはどこにいったんだよ!
何か話さないと。
気まずい空気を感じたあたしは、自分を叱咤して口を開けた。
「「あ、あのっ……!」」
お約束か!!!!!
あたしとリナは同時に声をかけるというお決まりのパターンをやらかしてしまった。
見つめ合って、どちらからともなく、ぷっ、と笑う。
あまりにもお約束すぎたためか、笑いの発作があたしたちを襲ってきたのだ。
リナはひとしきり笑った後、ベッドにごろんと横になった。
あたしの恋人の大きな胸が重力には逆らえなくて、左右にぷるんと揺れる。シャツの上からでも存在感を激しく自己主張する豊かなおっぱいだ。
あたしはなるべくそこを見ているのを気づかれないように、目線を逸らした。
「リナってば、急にだんまりしちゃってさ。恋愛に慣れてるんじゃないのかよ……」
「ん、あ~……」
リナは目を泳がせて、頬を指でぽりぽりとかく。
どきっとする。
もしかして、リナってば恋愛経験も強がって豊富なように見せていたのかな?
期待してしまう。
サキュバス一家の姉貴分ティアだって、リナは奥手って言ってたし……。
「リナらしくないなあ、なんでも言ってってば」
「んー、ってゆーかさ……。まあ、慣れてないことはない、よ。でもさ、ほら、今カノに元カノの話とか、したくないじゃんね……」
今度は一転、ズキッとした。
心臓が刃物で滅多刺しにされたのかと思った。
そうだよね……。リナはいっぱい恋をしてきたんだよね。
リナの唇の柔らかさを知っている子が、この世界のどこかにいる。リナのおっぱいを揉んだ子だっているかもしれない。リナの下だって触った子もいるのだろう。
あたし、面倒くさい女だな……。
鬼で、レズビアンで、異性の話題は全面NGで、さらに嫉妬深いなんて。リナにも呆れられちゃうよ。
「ほらー、アイめっちゃ落ち込んでるじゃん。……ごめん、うち、アイが初カノじゃなくって。それがあったからさ、アイにどうしても踏み込めなかったんだよね」
リナは後ろめたさで瞳を曇らせて、身を縮こまらせる。困らせるつもりじゃなかったのに、恋人を悲しませちゃった。あたし、駄目だなあ。リナのこと、幸せにしてあげたかったんじゃないのかよ!
「別に、いいってば。あたしだって、承知の上だし。で、でもっ……あんまり、元カノを連想させることとかは、や、やめてくれると、嬉しいかも……」
ああ、また困らせるようなこと言っちゃったかな。
すると、リナは上体を勢いよく起こすと、あたしに抱きついてきた。
いい匂いする! 胸があたる! 一気に体温が沸騰する。
「アイ、可愛い~! めっちゃジェラシー感じてくれるよね、アイって」
「ううう、うっさい! リナだって、あたしが他の人とデキちゃったと思って、泣いてたじゃん!」
「あれは、しょーがないじゃん! ギルドであんなに盛り上がってるんだもん。うち、今までアイに迷惑かけてたのかな、って思うのもしょーがないじゃん……」
今度は唇を尖らせて拗ねるリナ。
美少女ギャルが表情をコロコロ変えるので、リナの顔は見ていて飽きない。どんな感情をしていても可愛いしね。
あたしも、リナのことをきゅって抱きしめた。
ベッドの上で座ったままの抱擁なので、なんか変な気分になってくる。まだ午前中なのに!
「まーさ、最初はリナが遊び半分でじゃれてきてるのかと思って、ちょっと困ってたのは本当だよ。でもね、あたし……リナと一緒にポスター作ってたとき、楽しかった。あの日、思ったんだよね。ミズキとかシャルとは違って、リナと一緒にいるときが一番楽しいって」
「えー! うちなんて、会った日にアイのこと好きんなってたのに! めっちゃタイプだったんだもん♪ でもね、うちもポスター作ってたとき楽しかったよ!」
「楽しかったよね! だってリナって、あたしと感性が一緒なんだもん。"百合"について一生語れるよね!」
「わかる! うちだって、アイの夢の話聞くたびに妄想しちゃってさー、絵を描きたくなるんだよね! 女の子専門の風俗の漫画描いてみたいし!」
「リナってば、レズビアン風俗はまりすぎでしょ! あたしとしてはね、年の差百合っていうジャンルもおすすめだよ!」
さっきのよそよそしさは、どこに旅立ってしまったのか。
あたしたちは、同じものが好きで、同じものが嫌いで。あたしとリナが"尊い"って感じるモノは、寸分の狂いもなく等しくて。共通の話題で、一気に盛り上がれるんだよ!
あたしとリナは夢中でお喋りした。百合について語った。ギルド内でのカップリングについて白熱した。
なんだ、今までと変わらないじゃん、って思った。
でもね、この子があたしのカノジョなんだよ!
だからあたしは百合話が一段落した頃合いで、リナにもねーちゃんのことを話していた。だって。あたしの全部を知ってもらう権利、リナにはあるんだから。
リナはあたしの過去を聞くと、いつも涙を流してくれる。
彼女は今回も、当然のように鼻水を垂らしながら、あたしにひっついていた。
「アイは辛い目にあいすぎだよ。でも、これからはうちがいるからね。アイのことは全部あたしが受け入れるからさ。アイも遠慮なく言ってね、うちにしてもらいたいことあったら、なんでも聞くから」
恋人っていう存在は果てしなく大きかった。
心が弾む。誰にどんなことを言われても余裕で受け流せるような、精神的な無敵感。
ああ、そうか。ミズキとかシャルとかティアって、こんな気持ちだったんだな。
あたしは一つ、大人になれた気がした。
「リナだって困ったことがあったら、あたしが助けるよ。なんでも言ってくれていいからね」
「ん! じゃーさ、えっち、しよ♡」
嘘でした。
あたし、全然大人じゃありませんでした。
リナってば、瞳を輝かせて臆面もせず言ってくるんだもん、あたし聞き間違えたのかと思った。
けどさ、リナは瞬時に熱の灯った眼であたしを覗き込んでくるんだ。ドキドキするに決まってる。
やっぱり、友だちのときとは勝手が違うよね。
あたし、なんて答えればいいかわかんないよ。
「ま、待って……! こころのじゅんびが」
「アイ、顔赤くしすぎ! やばい、可愛すぎて我慢できないわ。おりゃー!」
「わわっ!」
リナはいきなりあたしを押し倒してきた。
恋人に乗っかられたあたしは……上を向くとリナが舌なめずりをしていて、ああ、リナと愛し合っちゃうんだな、って急激に実感した。
「アイは……うちと、したくないの?」
「え、あ、いや、あの……」
「うちはね。ずっとしたいって思ってた。毎日のようにアイのこと考えて、一人でしてた。アイは違うの?」
「…………っ」
その発言は、ずるいっ……。
リナが、あたしでしてたなんて……。嬉しすぎておかしくなる!
だって、あたしって全然女の子らしくないのに。リナのこと、興奮させてたんだな、って想うと……全身が、下腹部が、どうしようもなく熱くなる。
もしかして。いつも一緒に仕事へ行っていたあの日も。何気なく百合談義に花を咲かせていたあの日も。あたしのことを想ってしてくれていたのかな……。
リナが愛おしい。
「ほらー、ちゃんと答えろよー。アイは、うちのこと考えて、した?」
サキュバスのギャルは小悪魔じみた笑みを浮かべて、あたしに鼻を寄せてくる。
吐息がかかる。いい匂いがする。こんなの、胸が爆発寸前だ。
リナに気圧されて、喉が唸る。目を合わせてらんない!
「し、したよ……」
「えー、まじ!? 最高だよっアイ♪ ってゆーかアイってさ、割とえっちだよね。処女なのにさ、えっちなこといっぱい見てきたんでしょ?」
「い、いいじゃん、別に! 女の子の身体に興味が出ちゃうのなんて、とーぜんじゃん……」
「可愛いなあ、アイ。んじゃ、じっくり堪能しなよ? ほら、これが本物の女の子の身体だよ?」
リナは妖艶な笑みを浮かべて、シャツをまくりあげた。
青色のブラジャーも一緒になってめくられた先には……リナの豊満な乳房がぶるんっと揺れて全貌を露わにする。
あたしはその先端を凝視してしまった。
やばい! 生のおっぱいはやばい! しかも大好きな"カノジョ"のおっぱい!!
まるで、頭を鈍器で殴打されたのかと思うほどの衝撃。
大福のようなもちもちっとした柔らかそうな乳房の中央には、薄いさくらんぼの蕾がつんと上向いている。
インターネットで穴が空くほど見たおっぱい。それが今、眼前に実在している!!!
「うわあ、じっくり見すぎでしょ、アイ。まじ可愛い。うち、めっちゃ濡れてきた……。んっ……♡」
「!?」
言って、リナは唇を押し当ててきた。
突然すぎて、状況が把握できない。
あたしが目をぐるぐると回して混乱していると見るや、リナはさらに攻め込んでくる。
ぬるり、とあたしの口内に何かが侵入してきた。
生温かく、ねっとりとした物体が、あたしの口の中で暴れまわる。
え、なに、これキスなの?
脳みそが洗濯機に入れられたのかと思うほどに揺さぶられる。なにもかんがえらんない。
甘くて、痺れる。
これがディープキス。
リナの舌はあたしの中で自由自在に、のびのびと、リナの分身のような奔放さで駆け巡る。
リナはあたしの舌を舐め回してきたかと思うと、今度は歯を熱心に這ってきて、かと思えば唾液を余すことなく掬い取られる。
腰が浮く。甘美すぎて、力が入らない。
「へへっ、アイの唾液甘いよ。うちの舌、どう? 長いっしょ? この舌で色んなとこ、舐めたげるかんね」
「……リナぁ、す、好き……」
もう完全にとろっとろにされちゃった。ただのキス一回で。骨の髄までしゃぶり尽くされた。リナのこと好きってしか考えられない。
「うちも好きだよ。愛してるよ、アイカ。ねえ。うちのあそこ、めっちゃ濡れちゃってるよ。触ってみてよ……」
耳元で囁かれる。
息が荒くなる。こんな息遣い恥ずかしいのに。抑えきれない。興奮で呼吸がままならないんだ。
だけど、気づく。
これ、あたしだけの吐息じゃない。リナも獣のように息が荒ぶっていたんだ。リナも同じなんだ。一緒の気持ちなんだ。
リナはあたしの手首を取ると、下半身に誘導してくる。
そこは下着越しだったけれど、ほんのりと温かかった。
指先には――しっとりとした感触。
駄目だ、脳みそがオーバーヒートする。もう本能の赴くままに身を委ねるしかない!
あたしとリナは、その日の時間全部を使って愛を確かめあった。
これほどまでに素晴らしいことが世の中に存在していたなんて。
ありがとう、リナ。
鬼で、レズビアンで、しかも拗らせているあたし、アイカに。
恋人ができた日だった。
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