第六話『恋する鬼の行き着く先は』②

 ギルド内は女の子だけで視界が埋め尽くされ、活気に満ちていた。

 それはまさに、あたしが理想としていた世界そのもの。


 酒場を連想させる内装には、各テーブルに女の子グループができていてさ、中には朝からお酒を飲んでいる子がいたり(ティアが筆頭だけど!)。

 カウンターには、専門のコックさんとか、バーテンダーがいてさ!

 誰かが見つけてきた仕事が、壁に張り出されてあったり。

 

 とにかくギルド本部は朝から晩まで喧騒が渦巻いている!

 全員が女の子だから、きゃっきゃとした歓声ばかりで、耳障りも良い。


 とある席ではハーピーのレズビアンの子と、ナーガのレズビアンの子が仲良く仕事を探していたり。また一方では、人間の女の子が獣人の子に取り合いをされていたり!

 見渡すだけで百合色のギルド。その空気にあてられるだけで、卒倒してしまいそうだった。


「やあ、アイカちゃん。今日はリナと一緒じゃないんだ?」


 カウンターテーブルにつくと、すでに出来上がっているティアが隣の席に座ってきた。お酒臭いなあ!

 彼女はギルド内でも女の子に手を出す速さには定評があり、ある意味危険人物としてマークされている。


「うん。リナ、しばらくお仕事しない、って拗ねてた。あ、あたしサラダセット!」


 お仕事前には、ギルドでお食事が日常になりつつあった。ご飯はシャルの邸宅で食べることもあるけどね。こっちに寄って仕事をもらうときは、ギルドで食べたほうが雰囲気出るんだ。


「ははは、リナはけっこう子どもなところあるからね。上手くいってるかい? もうヤった?」


「う、うっさいなぁ! あれ? こちらのお姉さんは誰?」


 酔っ払いのセクハラ魔人ティアは適当にあしらって、サラダセットを受け取ると、その女性は今まで見たことがない人だったのだ。


 純朴そうな、おっとりとした顔。ロングのウェーブヘアは茶色で、真っ白のエプロンを身に着けた姿が、ザ・お姉さん、って感じがして、きゅんってしちゃう。おっぱいもおっきい! って、あたし、どこ見てるんだ。


「ああ、この子、"ナナ"が口説いてきた子。今日からキッチンに入ったんだってさ。料理上手だよ」


 ティアがざっくり説明してくれる。"ナナ"とはサキュバス一家の次女である。次女って言い方は適切ではないけれど、まあ年齢的に上から二人目。リナリーは三女にあたる。


「あらあら、可愛い鬼さん、こんにちは、はじめまして。私はアキホと申します。よろしくお願いします」


 アキホと名乗ったお姉さんは、やんわりと微笑む。わー、すっごい天然っぽさのあるお姉さんだ!

 こういう女性、好みなんだよね。


 ふと、気づいてしまった。

 ……あたし、まだねーちゃんに未練があるのかな、って。

 だって、アキホさんとねーちゃんは、重なって見える部分があるのだ。

 清楚で、物腰柔らかで、おっとり美人で。あたしにも優しく接してくれる。共通点が多すぎた。

 あたし。ねーちゃんのこと引きずってるから、リナのことを受け入れてあげらんないのかな……。


「鬼さんのお名前はなんていうのかしら? あっ、私、気に触るようなこと言っちゃった……?」


 あたしがだんまりとして考え込んでいたからだろうか、アキホさんは慌てて申し訳無さそうに萎縮しだした。


「ち、違う違う、アキホさんが美人だったから見惚れちゃって……。あたしはアイカだよ!」


「へえ、アイカちゃんって女性を口説いたりするんだね。なかなか女たらしの才能があるじゃないか」


 すると、ティアが意地悪くニヤリと笑って、グラスを傾ける。

 くっ、あたし、ティアにまでからかわれるのかよっ!


「まあっ、私のようなおばさんを美人だなんて。うふふ、アイちゃんはとっても可愛いわね」


「どこがおばさんなんだよっ! どう見たってお姉さんでしょ」


「私、もう三十も近いのよ? アイちゃんはおいくつなの?」


 アキホさんは今は手が空いているのか、カウンター越しに語りかけてくれる。

 あたしも彼女と会話するのが楽しくって、アキホさんに興味を惹かれっぱなしだった。


 だって、いきなりアイちゃんって呼んでくれるところとかも、ねーちゃんみたいで。なんか勝手に家族愛を感じちゃってるのかな。あたし、キモいかも……。


「あたしは十五歳だよ。ってゆーか、三十はおばさんじゃないって! アキホさんって綺麗じゃなくて、可愛い部分もあるんだね」


「もうやだわ、可愛いだなんて。うふふ、アイちゃんのような恋人が欲しい人生だったな……」


 アキホさんは目を細めて、悲しげに微笑する。

 あたしは彼女の台詞にドキッとさせられた。ねーちゃん似のアキホさんに告白されたら、即断即決させられるような魅力があるのだから。もちろん、今の言葉は告ったわけじゃないだろうけどさ。


「何言ってんだよー、アキホさんならすぐ彼女できそうじゃん。あ、でも気をつけなよ? この女たらしに弄ばれないようにさ」


 あたしはさっきのお返しに、お酒を注文していたティアを肘で小突いた。

 ティアは不遜な態度で髪をかきあげ、キザったらしく片目を閉じて笑みを浮かべる。遠くのテーブルから歓声があがった。モテすぎだろ、こいつ。


「アイカちゃん、勘違いしないでくれよ。あたしは弄ぶことなんてしないさ、女性には愛を持って接しているからね。ところでアキホさん、今夜、どう?」


 舌の根も乾かぬうちに、もう口説いてやがる。さすがサキュバスだよなあ、本当にもう!

 アキホさんもティアの毒牙にかかっちゃうのかな、って不安げに見上げてみたら。彼女は冗談を言われたと思ったのか、拳を握って唇に添えて、くすくすっと可笑しそうに肩を揺らしていた。


「私、遊んでいる子はちょっと苦手で……。ごめんなさいね、ティアさん」


「あははっ、ティアがフラれてるのおもしろっ! アキホさんとあたしは気が合うかもねー、あたしも遊んでいる子は苦手だしさ」


 ティアは珍しく不機嫌露わに酒を煽っていた。いい気味だ!

 だけどその後すぐに、ティアに寄り添ってくる女の子がいて、御酌してもらってるんだから、いいご身分である。彼女たちは、あっという間に二人の世界に入り込んでいってしまう。

 あたしは溜息を吐いて、アキホさんとお喋り続けることに決めた。


「ふふ。私、このギルドに呼んでもらえて、幸せ。女の子たちが仲良くしているのを見ることができて、心が喜んでるわ。みんなには、私の分もうんと幸せになってもらいたいもの」


「アキホさん、なんでそんなこと言うの? あたし、アキホさんなら良い人絶対見つかるって思うよ。それとも、女の子と付き合うの、嫌なの? 見ているだけがいいの?」


 なんとなく、不安な影が見え隠れしているアキホさん。

 あたしは、彼女の心を突っつくのが少し怖かった。なんか嫌な過去でもあったのかな、ってこっちのほうが闇の沼に引きずり込まれそうだから。

 けれど、アキホさんは恥ずかしそうに頬を染めて、首を横に振るうだけだった。


「あ、あのね……。アイちゃんにこれ言ったら、引かれちゃうかもだけど……」


「引くとかないって! 安心してよ、あたしのほうが拗らせ系女子だからさ! しかも鬼だしねー」


 アキホさんが喋りやすくなるように、あたしも冗談交じりの明るい口調で先を促す。

 すると、彼女はあたしに耳打ちするみたいにして、こっそりと頬を寄せてきた。

 アキホさんのシャンプーの匂いが漂ってきて、ドキドキする。彼女の内面を体現したかのような、優しい香りだった。


「わ、私……。この歳なのに、こ、恋人、いたことないのよ……。キスだって、未経験なの。だからね、もう諦めてるんだ、自分の恋愛は」


 湯気が出そうなほどに顔を赤らめながら告白するアキホさんが、とんでもなく可愛くって、心臓を撃ち抜かれたのかと思った!

 美人で、清楚で、可愛いとか、反則級だ!


「アキホさんみたいな美人さんでも恋人ができなかったとか、世の中おかしいなあ。アキホさんなら女の子、よりどりみどりだと思うのに」


「その。私、生まれながらのレズビアンでしたから。出会いとかもなくって……。この歳になって、ようやく"リリズ・プルミエ"を知ることができて。人生が報われたような気がしたの」


 アキホさんは穏やかな瞳だったけれど、どこか悲しげだった。

 三十年に近い間、アキホさんはあたしと同じように、孤独だったのかもしれない。いや、あたしと同じではない。なぜなら彼女は、あたしより倍近くほど長い年月を、独りで過ごしたのだろうから。

 あたしたちのギルドは、アキホさんのような女性のために存在するんだ。ギルド、建ててよかったな、って思えた。


「アキホさん、心配しないでも大丈夫だよ。アキホさんなら、見ているだけじゃなくってさ、絶対に良い相手が見つかる。あたしが保障するよ!」


「そう上手くいくかしら? 私、アイちゃんのような年齢の子がタイプだから……。もう、遅いのよ。何もかも……。でも、心配しないで? 見ているだけでも嬉しくなるから」


「そんなことないと思うけどなあ……」


 アキホさんは長年の孤独生活のためか、心は諦念めいたもので満ちている。

 恐らく、自分の年齢が気になってしまって、恋どころじゃないのかもしれない。かわいそうだな。あたしなら、年齢なんて気にしないのに。きっと、あたしと同じ考えの人、女の子ならいっぱいいると思うけどなあ。


 なんてぼーっと考えていると、頭をくしゃっと撫でられた。

 手を出してきたのは、話を盗み聞きしていたのか、にっかりと笑ったティアだった。


「アイカちゃんが恋人になってあげればいいじゃないか。見た感じ、満更でもなさそうだしね、二人とも。お似合いだよ」


「えっ!? あ、あたし!?」


 ティアが提案すると、ギルド内の喧騒は火に油を注いだみたいにして、沸き起こった。

 あたしの周囲には女の子たちが集まってきてさ。

 ひゅーひゅーって口笛吹かれたりして、茶化される。

 こいつら、みんなしてあたしたちの会話を聞いていたのか!?


「アキホー、告っちゃいなよー、アイカとお似合いだぞー」

「カップル誕生おめでと~」

「きゃーー、素敵な年の差百合カップルだわ~~~」


 などなど、好き勝手はやし立てられる!

 あたしとアキホさんは、もう赤面しっぱなし。初々しいカップルか!


「わ、私、アイちゃんとお付き合いできるなら……。ああっ、で、でも、十年以上離れた子を恋人なんて、駄目よねえ……」


 ええ~! アキホさん、それでいいの!?

 あ、あたし、モテ期!?

 

 アキホさん……。美人で、年上で、優しくて、恋人がいたことなくて、キスもしたことなくて、おっぱいおっきくて、いい匂いして。百点満点の女性だ。

 あたしだって、こんな恋人がいてくれたら、毎日幸せだろうね。


 で、でも、あたしは、リナにも好意を寄せられているし……。

 え!?

 リナのことですら優柔不断なのに、さらにあたしに選択を求めてくるの!? 世界ってどれだけ酷なことをしてくるんだよ!!


「お~い、アイまだいるー? うちアイがいないと寂しいからさー、一緒に仕事しよっかなーって……。あ、あれ?」


 すると、とんでもない状況のときに、とんでもない少女がギルドにやってきた。

 まるで、世界があたしを玩具にして嘲笑っているのかとすら思える。


 ……リナだ。


 あたしとアキホさんは、ギルドメンバー全員に祝福されるかのように囲まれていて、どう見ても告白の成功を賛辞されているような場面で。

 

 それを瞳に映したリナが、凍りついていた。


 しかし、しかし、しかし! それだけでは済まなかった!!

 ギルドメンバーたちは、あたしたちを煽るような行動に出たのである。


「おおー修羅場!?」

「アイカはどっちを選ぶのー?」

「ほらほら、愛人がきたぞー」


 そんな風に面白おかしく焚き付けられる。

 こいつら、あたしたちを見世物にするなよ! ってゆーか、あたしは真剣に悩んでるんだけどなあ!


 だけどリナは。あたしに会うためにギルドに来てくれたリナは。

 きちんとメイクしてて、お風呂にも入ったみたいで、お洒落もしていて。

 でも、あたしが他の女性と仲良くしているのを見て、泣いていた。


「ご、ごめん、アイ。うち、帰るから……」


「あ、待ってよ、リナ!」


 追いかけようとしたけれど、あたしにはお仕事もあって、アキホさんにもなんて説明をしていいかわかんなくて。

 それに、リナの後を追ったところで、あたしはなんて声をかければいいかわかんなかった。

 リナと責任を持ってお付き合いできないのなら、追いかける資格なんてないんじゃないのかな、って。

 

 恋愛って、難しいよ。

 あたし、どうすればいいのかな。

 

 悩んでいる自分にすら軽蔑しそうだった。だって、リナを選ぶべきだって思うはずなのに。

 ねーちゃんに未練たらたらのあたしは、アキホさんを選ぶのもまた一つの幸せだ、と悪魔の囁きをする自分もいるのだ。


 未練の断ち切り方、をインターネットで検索したい気持ちだった。

 今日の仕事は、ひどくつまらなかった。

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