第六話『恋する鬼の行き着く先は』

第六話 『恋する鬼の行き着く先は』



「ちょっとアイ~。聞いてよ~も~!」


 シャルロッテの邸宅、その個室にて。あたしのプライベートルームには、サキュバスのギャル、リナリーがたびたび訪問してくるようになった。

 今日も朝っぱらから、けたたましい声によって寝起きを襲撃される。


 寝ぼけ眼でドアを開けた瞬間、リナが愚痴を吐きこぼしながら飛び込んでくるように抱きついてきたのだ。


 リナはメイクもばっちり、いつものようなかぐわしい体臭――じゃなかった!

 彼女の桃色髪はぼさぼさで、顔もすっぴん。匂いも、何かが籠もっているかのような、もわ~んとした感じ。


「り、リナ、お風呂ちゃんと入ってんの?」


「え? あ~。三日くらい入ってないかも! ま、平気っしょ♪」


「平気……かなあ? リナは可愛いから、なんでも許されそうだけど……夏場はやばくない?」


 リナに頬ずりをされたんじゃ、あたしくらいは受け入れてあげないとなー、って気にさせられちゃって、ハグをやめらんない。っていうか、別に嫌悪感がする匂い、ってわけじゃないしね。リナはすっぴんでも可愛いし、お風呂に入っていなくても安心する体臭をしていた。

 いや、入浴はきちんとして欲しいけどもね!


 リナはギルドの広告であるポスター活動を経てから、"オタ活"に目覚めてしまったらしく、しょっちゅう引きこもってしまい、絵を描く日々を送っていた。

 イラストの題材は、シャル邸宅に存在する女の子カップルである。ミズキとヒメちゃんを模した作品は、この家では大人気を博している。


「そんなことよりさ、聞いてってば! シャルっち、まーたうちが嫌だと思う子を面接しててさー! もうストライキだよー、こんなの!」


「落ち着いてよ、リナ! ちゃんとゆっくり、詳しく話してよ」


 リナは興奮状態で語気も荒く、あたしに密着したまま激怒している。あたしはリナをいさめつつ、ベッドにまで誘導した。決して、いやらしい意味ではなくって。ベッドの縁にて隣り合って座る。

 あたしは寝間着のシャツだから汗も染み込んでいるし、ちょっと恥ずかしいけど! リナもお風呂に入っていないし、メイクしていないし、部屋着だからある程度のだらしない格好でも許されるよね。


「いやね、昨日さ、うちらの広告を見てギルドに入りたいって女が来たんだけどさ。その子、子持ちでさー。うちは嫌だって言ったんだけど、シャルは保留にしたんだよ!」


 リナは怒りに身を任せて、一気にまくし立てる。


 あたしたちのギルド"リリズ・プルミエ"は、リナが魂を込めて描いたポスターのお陰で、広告も大成功。面接を受けに来たり、仕事を依頼してくれる女性が怒涛の勢いで激増していた。


 面接の際には、補佐役としてあたしが呼ばれたり。

 匂いだけで女性の情報を知ることができるサキュバス一家が起用されたりもした。

 

 それで。問題はそこじゃなくって。

 あたしとリナは、同志。

 女の子が元カレや元旦那の話題を出すだけで、えづいてしまうような拗らせ系である。

 だからシャルとは、子連れの女性をどうするのか、って話題で事あるごとに揉めていた。


「あたしは、シャルの言い分はわかるよ。だって、あたしたちがその女性を拒否しちゃったら……その人が今度は孤独になっていっちゃうかもしれないし」


「なんだよ、アイまでうちの敵なの!? いやだよ、アイ。うち、このギルドでまで、気持ち悪い生物のこと見たくもないし、聞きたくもないし、想像もしたくないんだよ」


「あたしだってそうだよ! リナと一緒だよ。お願い、信じてよ」


 怯えるリナが、ひどく幼い少女のように見える。

 あたしは自然と彼女を抱きすくめていた。


 難しい問題だった。

 シャルの理念は、異性が踏み入れない国の建国。女の子が好きな女の子だけを受け入れる国である。

 だから、過去に異性愛者だった女性も受け入れるつもりはあるようだ。

 そういう女の子は、あたしとかリナは苦手なタイプかもしんないけど。でも、だからといって拒否するものでもないと思う。そこはリナもあたしも、分別している。だけど、頭ではわかっていても、どうしても心に引っかかりを覚えてしまうのだ。


 シャルもこの件に関しては慎重に動いている。

 子連れや、元異性愛者の女性には、厳しい対応をすることもあった。

 一度の面接では通すことはないし、一旦不合格を言い渡すこともあった。けれどそれは、相手の本気を見るためであって。本当に女性を愛してやまないのであれば、一度断られたくらいで諦めずに、足繁く面接に来てください、と条件を出していた。

 ここにしか居場所を見出だせない同性愛者の女性ならば、例え子連れであろうとも、シャルは受け入れたいらしいのだ。当然、子どものほうは女の子じゃないと一緒に入団できない。

 あたしも、概ねシャルの対処法に賛成ではあるけど……。


 一つの前提として、あたしたちのメンバー間では、"異性の話題は決して出さないこと"、を提示していた。

 これを破ったものは、厳しい罰則を科せられる。違反が三回目に及べば、ギルドを追放される仕組みだった。


 ただ。

 いくら同志が集ったギルドといっても。人数が増えれば増えるほど、あの人のことが苦手、とかは出てくるだろうし。

 冤罪を科せられないかは、見極めが難しかった。もちろん、そんな女の子が出てこないことを願ってはいるけれど……。人同士のコミュニケーションって、複雑だしね。

 あたしたちのギルドは、まだまだ前途多難なのだ。


「はぁ。もう仕事行きたくないなあ。うち、ずっと引きこもってアイに面倒見てもらいたいよ」


「リナはいっぱい働いてるし、しばらく休んでもいいんじゃない? あたしは、リナに付きっきり、ってわけにもいかないけどさ……」


「ええ~、いけずだなあ! ともかく、うち、今日は働かないかんね!」


 拗ねて不貞腐れるリナの頭を撫でながら、心に一抹の寂しさを感じる。


 ポスター制作を終えてから、もう何日も経過したけど、あたしたちは未だに"友達以上恋人未満"で。なんにも変わらない。

 

 あたしは毎晩毎晩、真剣に考えている。

 リナとキスはしたいのか、とか。えっちはしたいのか、とか。

 答えは出ている。


 リナの果実のようにぷるんとした唇に、唇で触れたい。

 リナの大福のようにもちもちとした柔らかそうな胸に、手で直に触れたい。

 リナのいつも丸出しにされている健康的な太ももに頬を寄せてすりすりしたい。

 リナの……あたしがいまだ見たことのない禁忌の秘部――下半身を……覗いてみたい。


 じゃあ、どうして恋人にならないのだろうか。

 きっと、今の関係が崩れるのが怖いから。

 お互い、そう思ってるんだ。

 だって今でさえ、あたしたちは恋人みたいなもので。自然とこんな仲良しになっちゃったからさ。

 今更告白なんて、踏みとどまってしまうのだ。このままでも充分に密接できるし、先のことなんて考えなくたっていいじゃん、って楽観的なほうが気楽なんだよ。


「まあ、シャルのことも信じてあげてよ。シャルは……あたしたちが嫌だな、って思うことも、全部引き受けてくれてるんだから」


「わかってるよ。シャルっちが女の子のことを本気で想ってるのは。じゃなきゃ、悠久の命なんて軽々に与えられないもんね。でも、全部シャルっちに押し付けるのも、違う気がするしなあ」


 そうそう。最近聞かされたことなんだけど、この邸宅に囲われている女の子たちは、全員"シャルの眷属"らしい。

 太古の吸血鬼であるシャルは、人間の血を吸うことによって、その人に永遠の生命を与えることができるのだ。この家の子が全員若々しいのも納得である。

 もちろん、主であるシャルの寿命が尽きるときには、眷属たちも同時に生命活動が終わりを告げるらしいけれど……。


 シャルが邸宅に呼ぶ人間を吟味していた理由がよくわかる。

 この家にいる女の子たちは全員が、信頼関係で結ばれているのだ。だって、シャルに吸血行為をされているんだもん。


 もし、女の子だけの国、を作ることになったら。シャルが管理する女性たちも莫大な量になるだろうし。

 どうなっちゃうんだろうね。


「とにかく、あたしは仕事があるからさ。シャルにもリナのこと、言っといてあげるよ。あ、それとあたしの部屋で寝ててもいいからね、リナ」


「じゃ、うちは今日ここで絵を描いてよっかな~。いってらっしゃーい、アイ♪」


 雑談をしているうちに着替えを終えて、あたしは部屋から出ていくことに決めた。下着程度なら、見られることにも慣れたものだ。同棲中のカップルみたい、って思ったら頬が緩んでしまう。


 リナの精神面のケアは大丈夫そうかな。

 シャルだってギルド内の衝突は望んでいないし、いつも折れるのはシャルのほうだった。


 シャルは詫びを入れるとき、菓子折りやら何やらを用意して、徹底的に相手を懐柔する。だから、ギルド内は常に平穏を維持できているのだ。


 シャル、心労で倒れないといいけどな。

 でもね、女の子が好きな女の子のことならば、なんでも受け入れる器の広さこそが、シャルの尊敬できる部分なんだよね。やっぱりシャルが、あたしたちの国の王に向いていると思うなあ。


 そんなことを考えながら、ギルドに足を運ぶあたしだった。

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