第五話『プロモーション活動はリナリーと』

第五話 『プロモーション活動はリナリーと』



 サキュバス一家がギルドに入団してから、はや数日。

 彼女たちはギルドの原動力だったのか、ってくらい活発で。日々の彩りは日を増すごとに濃ゆいものへとなっていく。


 なぜなら、"仕事"が始まったんだから!


 ほぼ無職の居候だったあたしやミズキ、ヒメちゃんにとっては願ってもいないことで。適材適所、シャルが役割をくれたのだ。


 鬼のあたしは力持ちだから、力仕事。

 シャルに同行して買い出しのために街に出かけたり、倉庫の整理を手伝ったり、荷物運びをしたり。邸宅の仕事ではそんな感じ。


 シャルはこの地方では貴重となる車を所持していて、しかもかなりの大型車。買い出しに行くためには、その車を利用しなければならない。そのため、週に何度も街へ出かける必要もあってか、あたしもしょっちゅう駆り出されていた。

 ちなみに運転を担当するのはシャルじゃなくって、専属の子が何人かいるみたいだ。


 一方で国に追われているミズキとヒメちゃんは、頻繁に街に出たら危ないかもしれない、ってことで、主に邸宅内での雑務を担当。ギルド本部の掃除や維持、管理にも一役買っているようだ。


 それから、あたしたちと別行動を取ることの多いリナリー一家は実にたくましいもので、彼女たちは外での仕事が主だった。

 最近ではあたしもリナに付き添って、近隣の街に出向いて、依頼をもらったりしていた。


 ギルドとは、いわば"なんでも屋"みたいなものだから、魔獣の退治から、捜し物、警備などなど仕事内容は多岐に渡る。

 リナリーは魔獣退治を生業にしているみたいだった。

 そんなの女の子がするには危ない仕事なんじゃないのか、ってリナを心配することもあったけど、彼女にしてみれば、害虫の駆除くらい楽勝だ、ってことで、何度か一緒に仕事もした。


 仕事は楽しかった。

 自分の手で稼いで、何の気兼ねもなくシャルの邸宅でお世話になって。仕事探しに奔走することも楽しくって。

 あたしと同類の、仲間たちと一緒になって仕事を探しに行くんだから、楽しくないはずがない。


 朝起きて、お仕事面倒くさいなー、って思う日もたまにはあるけれどさ。

 でもね、それも日々を濃厚な味付けにするための調味料みたいなもんだった。


 ――それから。

 サキュバス一家は、女の子を連れ込むことが生きがいらしく、ギルド内は日に日に女の子が増えていた。

 シャルの邸宅には呼ばれることのない遊びだけの子も、いるみたいだけれど……。


 でもギルドには、色んな種族の女の子が行き交うようになっていて、良い傾向だった。

 調理が可能なカウンターには、飲み物を用意してくれたり食事を作ってくれる専用の女の子を雇っていて。

 ギルドに行くと、カマーベストを着たイケてる美女が毎日無料の笑顔とともに飲食物を提供してくれる。憩いの場としても発展していた。

 ――まあ、その子は、サキュバス一家の姉貴分、ティアがちょっかいをかけていて、ティアはいっつもカウンターに入り浸っていた。


「アイカさんも来てくれましたか。こほん。それでは、ちょうどいいですわね。――皆さんに、相談したいことがありますの」


 今日も楽しくて賑やかな日が訪れる。

 そんな風にるんるんとした気分でギルドの扉を開けると、珍しくシャルが足を運んできていた。

 彼女は集まった皆を見渡して、いつになく真剣な目をしている。

 おまけに、シャルは子どもの姿。

 あの日以来、あたしは大人のシャルを見ていないので、幼女こそが本来の姿なんじゃないのか、って思うときがある。


「あらたまって、どうしたの、シャル。何か問題事でもあったの?」


 朝でもほんのりとした暑さを感じさせる季節。あたしは薄手のシャツと、デニムのパンツのラフなスタイル。手を上げて皆に挨拶してから、リナが座っているテーブルに着席した。


 リナはテーブルに銃を置いていて、服装はノースリーブシャツで胸元も開いているので、目のやり場に困る。だけど彼女が露出を多くするのはギルド内やシャルの邸宅だけで、街に出向くときは肌をしっかりガードしていた。


 リナは、ばっちりアイシャドウを入れ、マスカラを使って際立つまつ毛。そしてぱっちりとしたお目々で、あたしに屈託のない笑みを投げてくる。今日も一段と可愛い!

 

 リナに手渡されたアイスコーヒーに口をつけながら、シャルに注目した。

 ギルドには朝から十人以上の女の子が揃っている。

 シャルのテーブルにはミズキとヒメちゃんも同席していた。彼女たちは変わらずイチャラブカップルとして有名になっていて、ミズキカップルに幸せをあやかろうと、遠巻きに眺める女の子たちは増加の一途を辿っている。


「そろそろ、ギルドの宣伝を本格的にしようと思いまして。……リナリーさんたちの活躍のお陰で、我がギルド"リリズ・プルミエ"も、認知度が上昇しておりますので。もっとポップな宣伝活動が必要かと思いましたの」


「ポップな宣伝?」


 あたしがオウム返しすると、シャルはこくりと頷く。


 シャルはかいつまんで説明をしてくれた。


 ギルドとは、基本的には大都市や各街に存在する"ギルド連盟"に加盟しているギルドがほとんどであること。

 フリーのギルドもないことにはないんだけど、ギルド連盟が斡旋してくれる仕事を受けることはできないし、知名度を上げるのも難しいから、ひっそりと消えてなくなる場合が多いらしい。

 

 女の子だけの国、を作ることを夢見ているシャルがギルド連盟に加わることには否定的だ。無論、あたしたちはシャルの意見に賛成だし。ギルド連盟に加入することはすなわち、異性とのしがらみも発生するだろうから。シャルはその辺を完全にシャットダウンしてくれていた。


「――ですので、わたくしたちには広告が必要なんですのよ。女の子たちが、気兼ねなく仕事を依頼できる、と思ってくれるような明るい雰囲気のギルドであることを知ってもらうために。可愛くって女の子らしさ溢れる宣伝をしたいと考えているのですわ」


「いいじゃん、いいじゃんー! アイとかモデルにしよーっ!」


 真っ先に手を上げたのは、リナだ。

 何を言い出すんだ、こいつ! あたしがモデルなんかになれるわけないじゃん。


「あたしなんかより、お前のほうが可愛いだろ、リナっ。ってゆーか、あたしはそうだな。宣伝モデルなら、ヒメちゃんとか、みゃ子ちゃんが良いと思うけどね」


 すると、みんながみんな"推し"の子の名を連ねるものだから、収集がつかなくなりそうだった。

 付け加えるならば、得票数が多かったのはヒメちゃん。ふわっふわのガーリーなお姫様だもんね、ヒメちゃんは女の子らしさで言えばギルド内トップレベルである。


「うふふ。わたくしの大切なメンバーを人目に晒すつもりはありませんのよ。わたくしが考えているのは、可愛いイラストを使ったポスターなど、ですわね」


 それを聞いて、ヒメちゃんがホッとしていた。ヒメちゃんってミズキの前以外では大人しいし、モデルする! ってタイプじゃないもんね。わかる、わかるよ、ヒメちゃん! あたしは心の中だけで勝手にヒメちゃんと同盟を組んでおいた。

 

 にしても、イラストかー。あたしには縁のない話だな、美的センス皆無だし!

 

「ときに、アイカさん。わたくしはアイカさんに宣伝の相談をしたいと思っておりまして」


「え、あたし!? なんでさ!」


 話は振られないだろうと思って安心しきってコーヒーを飲んだら、その瞬間名指しされたんですけど。

 液体が器官に入って、むせってしまった。


「アイカさんには、一つだけお聞きしたいことがありまして。後はそうですわね、絵を描くのに自信がある方、もしくは知り合いにそういった方がおりましたら、名乗りを上げてください」


 シャルはギルド内をきょろきょろと見渡す。

 何考えてんだ、シャル……。まあ、あたしが絵を描くわけじゃないらしくって、幾分か安堵したけれど。


「うちやってみよっかなー。アイと一緒にいたいし♪」


「え、リナ。絵なんて、描けるの?」


「まー平気っしょ! うち、メイク得意だしね」


 そんな理由でいいのかよ。軽いなあ、リナって。

 誰も立候補者がいないこともあってか、シャルもリナを任命することに不服はないみたいだった。


 その後、あたしとリナはシャルに連れられて、ギルドの二階に呼ばれる。

 二階はちょっとした休憩所みたいになっていて、数少ない調度品があるだけだった。横になることも可能なように、布団や、応急用のお薬とかも準備されてある。


「あたしを呼んだり、わざわざ二階で相談って。シャル、何か重大なことでもあるの?」


「まあ、少しは。といっても、そんなに恐れることではありませんわ」


 え、なんだなんだ。

 あたしたちは、食卓のテーブルのような四角い木の机の周りに座って、顔を突き合わせる。

 リナも不思議そうに小首を傾げていたけど、あたしにちょっかいを出すことには余念がなくって。テーブルの下で足を絡めてきたり、今日もまたいつものように激しいスキンシップだ。


 シャルは頬杖をついているあたしに、やんわりと微笑む。


「アイカさんの夢のお話をもっと詳細に聞きたい、と思いまして」


「え、ええっ? なんで急に!」


「アイカさんしか知らない、夢の世界の文化、に興味が惹かれまして。広告に使えないかな、と思い至りましたのよ」


「夢? ねーねー、なんの話?」


 あたしとシャルの話についてこれなかったリナが、不満げに唇を尖らせる。

 そうか、シャルはあたしの夢を、みんなに聞かれないように配慮してくれたのか。

 リナになら……聞かれてもいい、っていうか聞いてもらいたいような気もするし。シャルもそう判断して、あたしたち三人で会議をすることにしたのだろう。


 あたしはリナに、もう一人のあたしがいるかもしれない、ということを説明した。

 もう一人のアイカがいる世界も、レズビアンの女の子は少数派。世間的には立場が向上しつつあったんだけど、でもまだまだ同性婚ができる国は少なくって。

 その上、あたしはレズビアンの中でも、もっともっと拗らせている女だから。異性の話もしたくないあたしは、あの世界でもさらに少数派で、孤独だったこと。

 

 だけどあの世界にはインターネットっていう逃げ場があって。

 あたしは、レズビアンや、それとよく似た"百合"っていう文化に触れていたこと。

 でも……インターネットでも、仲間を見つけられなかったあたし。


 以上の、ちょっと長くなったけれど、今となっては思い出になりつつある話を語り終えた。

 以前シャルにぶちまけたときには溢れてきた悲しい気持ちが今日薄れていたのは、現在のあたしには仲間がいるからだ、と自信を持って言える。


 けど逆に。

 "もう一人のあたし"のことを聞き入っていたリナはというと。


「うぅっ……。アイ、あんたって……。うちらよりも、辛かったんじゃんね……」


「ちょっ、リナ……。なにも、泣かなくたって! しかも、夢かもしれない話だからさ!」


 リナは大号泣していた。サキュバスのギャルは、メイクが崩れるのもお構いなしに大粒の涙をボロボロとこぼし、あたしのことをひしっと抱きしめて、声をあげて泣いている。


 リナと出会ったときのことが脳裏によぎる。

 あたしも、リナたちがサキュバスの村を追い出された話を聞かされて、泣いちゃったっけか……。

 あたしとリナは、感受性も似ているのかもしんない。


 まああたしは、リナみたいに開けっぴろげの感情表現はできないから、子どものようにわんわん泣けないけどさ。でもね、気持ちを全てオープンにしているかのようなリナは、すごく愛しく見えた。泣きじゃくる姿も可愛くって、守ってあげたくなって、包み込んであげたくなる。


「ふふ、お二人は本当に仲がよろしくて、羨ましいですわね。アイカさんとリナさんなら、きっと良い広告が描けるでしょう」


 あたしが慣れない手付きでリナをあやしていると、シャルが遠慮がちに声をかけてくれた。

 うっ、危うくシャルの存在を忘れかけそうだった!

 よもやあたしとリナ、ミズキたちみたいなバカップルになっちゃわないだろうな……。

 別に、それもよさそうだな、って思うけど……。


 今はそんな場合じゃない! って自分にブレーキをかけて、雑念を振り払うように頭を左右にブンブンと動かす。


「でさ、シャルは夢のあたしの、どの話が広告に使えそうだって思ったの?」


「わたくしが気になったのは、"百合"という文化でしょうか。その世界にはどのような"百合"の創作物があったのか、詳しく説明できますか?」


「あ、なるほどね。そうだね、あたしが知っているのは……」


 漫画、アニメ、ゲーム、小説……。他には同人活動、っていう二次創作とかかな。

 ああ、それから、ASMRなんていうのもあったっけ。それとそれと、ライブ配信で百合活動しているヴァーチャルモデルとかも流行ってたね。

 あたしが良く触れていた百合文化は、"SNS"、っていうインターネットコミュニケーションで、毎日のように覗いていたのは、SNSで流れてくる漫画や一枚絵などだった。


 シャルが食いついたのは、それら二次元文化だ。

 もちろんあたしは三次元の文化についてもきちんと説明した。コスプレで写真集を作る女の子たちや、レズビアンの風俗店など、あげれば枚挙にいとまがない。当然あたしは、生身の女の子とのサービスを利用したことがないけどね……。コミュ障だし! まあ、えっちな動画はたくさん拝見いたしましたけれども……。


 レズビアン風俗に興味を示したのはリナだ。

 うちらがお店を建てれば儲かるし、女の子も幸せにできて一石二鳥じゃん! って目を輝かせて本気で言っているし。

 あたしは、キャストになってくれそうなの、サキュバス一家くらいしかいないんじゃ……って突っ込んでおいた。


「どうですか、リナさん。アイカさんの"百合"を聞いて、イメージが湧きそうですか?」


「うん、ばっちし! 後はアイと二人で"尊い"作品、作り上げるから、任せといてよ! うちとしては、衣装のイメージとかモデルが欲しいところだけどねー」


 リナはすっかりやる気だ。

 女の子が好きな女の子の集まりなんだもんね、あたしたちは。リナなら、きっと良い作品を描けるはず!

 

「あたしも、リナが満足行くまで付き合うから。あたしは芸術とかそういうセンスないからさ、うまくリナに伝えられるか不安だし、大変かもだけど……頑張るよ」


「あははっ、満足行くまで、とかえっちだなあ、アイって♪」


「えっちなことは言ってないだろー!」


 きゃっきゃとリナとじゃれ合って、ふと脳内に浮かべるのは、"百合えっち"の画像たちだ。

 あたし、えっち経験は皆無だけど、知識については豊富なんだよね。

 夢の世界の自室にあったパソコンには、大量のえっち画像や動画が収められている。思い出したら、変な気分になってきた!

 リナにバレないようにしないと……。


「それではお二人のお仕事は、しばらくポスターの制作ということで、お願いいたしますわね」


「任せてよー! さっ、アイ。さっそく描いていくからさ、アイの世界にあった絵がどんなんだったか、教えてよね。なるべくそれに近づけるように練習していくからさ」


「うん。じゃあまずは描いてみてよ」


 あたしたちはギルドの一階に戻って、紙やペンを用意してもらって、早速リナのお絵かき練習が始まるのだった。

 それを珍しそうに眺めるギルドメンバーがどんどん集まってきて。今日もギルド本部は賑やかで、華やかで、女の子の匂いだけでいっぱいだった。

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