第四話『サキュバス"リナリー"一家』③

 満天の星空の下、夜の草原には風がそよぎ、なんとも不可思議な光景が広がっていた。

 若干二十名ほどの女の子の集団が、にわかにざわめきを残しながら夜間の旅を楽しんでいるのだ。


 ……リナリーたちの旅の支度が整ったのは、黄昏時だった。

 彼女たちにしてみれば突然の旅支度だったのにもかかわらず、すぐに出発することができたのは僥倖である。サキュバス一家は、世界各地を放浪していたためか、荷物は身軽だったのだ。


 リナリーたちは結構したたかで、旅をしながらお金を稼ぐ術も身につけていて。サバイバル生活の長さもあって、下手したら鬼のあたしよりもタフで頼りになる存在だった。


 彼女たちは危険生物の駆除で報酬を得ることもあれば、女の子の護衛をすることもあったと言っていた。

 そうやって得たお金で銃器を仕入れたり、手入れしたり、はたまたメイクやおしゃれにもつぎ込んでいて。

 女の子らしさと、生きる強さを兼ね備えているのがリナリー一家だった。


 しかも全員が美少女で。強くて格好良くて可愛い女性は、女の子からの憧れも一身に受ける存在。


 そんな憧憬の象徴でもありそうなティアたちは、街から帰ってくると、特別に親しい女性たちを十名ほども連れてきたのだ。まあ、わかってたけど、めっちゃモテてるな! それがサキュバスだからなのか、ただ単に女性として魅力があるからなのかは、お子様のあたしには判断できないけれど……。

 

 でもね、賑やかなのは大歓迎だった。

 行きは二人だったあたしとミズキの旅は、帰りになって十倍の数にも膨れ上がっていたのである。


 夜に出歩くのは危なくないか、って提案したあたしだったけど、リナリーたちはてんで気にした風もなく、一刻も早くギルドに行ってみたかったようだ。

 護衛もこなしていたらしいリナたちからすれば、夜の行軍なんて日常茶飯事だったようで、危険と感じたことはないのかもしれない。そもそもサキュバスは夜に活発らしいし。


「お、おいっ、リナ! くっつきすぎだって、歩きにくいんだよ!」


「えー、いいじゃん。うちはアイのこと大好きだし、諦めてないからねっ♪」


 リナのやつ、暗がりを利用してきて、あたしに事あるごとに密着してくる。

 しかも、おっぱいを腕に当ててくるしさ。見えないのをいいことに体をまさぐられるし、昼間よりもスキンシップが激しい。

 周りにたくさんの女の子たちがいなかったら、あたしも我慢できなくなって、リナをすんなり受け入れてしまったかもしれない……。


 けれど、他の女の子たちにしてみれば、あたしたちのじゃれつきなんて風景の一部に溶け込んじゃいそうなもので。この程度は女の子同士のスキンシップの延長線上みたいなもんだし、狼狽えているあたしのほうがむしろ不自然だ。


 周囲はずっと賑やかで、二十人の女の子たちが織り成す雑談のハーモニーは、決して不協和音なんかにはならない。常に黄色くて華やかで、長距離の道程だというのに、歩き続けた疲労感もどこか心地よくって。

 星空を見上げながらの平原を道行く旅は、さながらお祭りの後かのような空気だった。


 中には良い雰囲気になっている子がいて、ちょっとの疲労をお土産に、帰るべき場所に足を向ける。

 夜風が気持ちよくって、開放的な気分になっているからなのかな。それとも、みんなの空気にあてられてだったのか。

 腕に抱きついてくるリナのことも、邪険に扱うことができなかった。


 ……あたしをからかってくるはずのミズキは、もっと大変な目に合っているし。

 彼女はなんと、ティアが連れてきた女の子たちに一目惚れされまくっていて、女の子たちに取り囲まれていた。しかも常時つきっきりで!

 ミズキは困った風に髪の毛をかきむしって、恋人がいる旨を伝えてはいるのだが、それでも女性たちにとっては興味の対象らしくって、モテモテの様を見せつけていた。


 それに対抗してティアがミズキの隣を歩くものだから、彼女たち二人の周辺は騒がしさがいや増しだった。

 

 ミズキのやつ、今日はあたしのことを助けてくれないし、その上めっちゃ笑ってきたからなあ! このことはヒメちゃんに告げ口してやる!


「だからさあ、シャツのボタン外すなよ! 手付きがえっちなんだよ、リナ……」


「あ~、ごめんごめん、癖でさー。ま、これからはひとつ屋根の下で暮らすんだし、ちょっとくらいはいいじゃんね」


「よくない!」


 リナがあたしのワイシャツに手を伸ばしてくるものだから、彼女の手の甲をぴしゃりと叩く。あたしはスーツの上着を肩に引っ掛けて、ワイシャツだけの姿なもんだから、リナの格好の餌食だ。

 リナは何度叩かれても、悪びれた風もなく腕に引っ付いているんだけど……恋人ができたみたいで、こそばゆい。

 

 ずっと独りだったあたしに、好意を寄せてくれる女の子がいてくれて、嬉しい。

 しかも、あたしと同じ考えで。好きなものも嫌いなものも一緒で。リナは……あたしの理想の恋人になってくれるのかもしれないけれど。

 恋愛経験が浅い……というか皆無のあたしは、なかなか踏み出すことができなかった。リナの真意も図れないし。あたしなんて所詮は夢でも現実でもコミュ障引きこもりの中学生だしね……。


「ギルドまではまだまだ遠いからさ、リナの話もっと聞かせてよ。みゃ子ちゃんの話も聞きたいな」


 リナリー一家の妹分、みゃ子ちゃんは集団の中では影が薄くって、いつはぐれてしまってもおかしくはないから、あたしがしきりに気にしていたけど……。

 むしろあたしよりも、サキュバス一家のほうが彼女に神経を尖らせていた。さすがは家族なだけあって、妹の扱いは上手だった。


 あたしはギルドまでの帰り道、リナたちのことをいっぱい聞かせてもらえた。


 リナはしっかりものに見えて、あたしより一つ年上のまだまだ子どもだったこととか。

 サキュバスの生態についてとか。ファッションのことも、全部楽しそうにお喋りしてくれた。

 ホステスかと思うほどの会話テクニックを見せつけてくるリナの魅力は、底が知れない。女の子の扱い度でいえば、シャルにも引けを取らないんじゃないだろうか。


 幾度となく危険な部位に伸びてくるリナの手を叩いていると……あたしたちの帰るべき家、リリズ・プルミエが見えてきていた。

 日付が変わろうという時刻のギルド本部は、ひっそりとしている。


 でも、サキュバスの一家が来てくれたから。明日からは今日よりも一段と華やかになる。いずれ、昼でも夜でも活気に溢れた場所になってくれるんだろうな、と確信にも似た予感が生まれていた。


 あたしとミズキは、取り敢えずギルドの本部にみんなを招く。シャルの邸宅にいきなり押しかけても、多分困らせてしまうから。

 

 まずはギルドマスターであり、邸宅の主シャルを呼んでこないことには始まらないと思って、ミズキが一人でシャルの家に帰っていった。

 多分、その足でヒメちゃんとイチャついてくるのだろう。算数のテストより簡単な答えである。


「ふーん。けっこう広いところじゃん。ここがうちらの愛の巣なんだね」


「ねえ、リナ。そろそろ腕から離れてよ。明るいし、恥ずかしいんだけど……」


 あたしはリナにとことん気に入られちゃったようで、ギルドの中という屋内でも彼女にくっつかれていた。


 他のみんなは長旅の疲れに、椅子に座ってくつろいだり、だらしない子は床に寝そべったりもしている。

 ……あたしたちのギルドに、二十人近い女の子たちを迎えている光景は壮観だった。あるべき姿に一歩近づいたんだ、って感動もひとしお。


「アイカちゃんは、リナと相性が良さそうだね。ま、こいつでいいや、って思ったら面倒見てあげてよ」


 リナリー一家の姉貴分、一番年上のティアがタバコを吹かしながら声をかけてくれる。

 彼女はずーっと女の子たちに囲まれていて、今も女の子の肩を抱いているし、相当な女たらしっぽい。さすが三十股。


「別にっ、リナが嫌なわけじゃないけどっ……。あたし……どうしていいか、わかんないんだよ。なんか、密着されても恥ずかしいし……」


 自分の気持ちを真っ直ぐに吐き出すだけで、顔が燃えるように熱い……。

 

 あたしは今日一日リナと一緒にいて。彼女のことが、好き、なのかもしれないと漠然と思うようになっていた。

 我ながらちょろいけど。少なくとも数時間は、リナにラブラブオーラを直撃させられていて、こんなの、気持ちが傾くに決まってる。


 リナは顔も完璧に可愛いし、体だってえっちだし……。それに、心優しい女の子だ。

 リナはあたしだけに構っているように見えて、妹のみゃ子ちゃんも気にかけていたし。さりげない気遣いを女の子たちにできていたの、あたしには見えていたから。

 性格も底抜けに明るいし、惹かれないわけがないんだよ。


「いいよ、いいよー、ゆっくりで。アイは、処女だもんね♪ うちとのことは、ゆっくりでいいよ」


「そ、それ言うのやめてよ! リナの馬鹿っ!」


「ごめんごめん、怒んないでよ~」


 本当、調子が狂うな……。

 一体みんな、どうやって恋に慣れてきたっていうのさ!


 ギルドであたしだけが恋愛に疎いんだから、疎外感を覚えるよ。インターネットで知識はいっぱい仕入れていたはずなんだけどなあ! いざ自分が体験してみると、見るのとは大違いだったよ。こんなにもドキドキさせられることばっかりなんだから。

 まあ、片思いはねーちゃんにはしていたけどさ……。恋心を向けられることなんて、なかったのだから。

 

 わずかほどの気まずさを感じつつ、リナに髪の毛をいじられながら仏頂面で突っ立っていると、音もなくギルドの扉が開かれた。


「あらあら。だいぶ賑やかになりましたのね。アイカさん、お仕事お疲れ様ですわ」


 現れたのは、十歳ほどの銀髪幼女ことシャルだ。彼女は夜更けだというのに肌はつやつやすべすべで、いつもの豪奢な白と黒のワンピースドレスをはためかせ、優雅に一礼をする。


 ギルド内の全員が、胡乱げな視線をシャルに送っていた。

 まー、あたしはシャルの本来の姿を見ているし、小さい姿にも慣れっこだけど……。この時間に幼女が一人で出歩いていたら驚くよね、普通。


「ねー、アイ。何なのこのロリっ子ちゃん」


 リナも例に漏れずそうだったのか、あたしにこっそりと耳打ちをしてくる。

 あたしは何故か得意げになって、鼻を鳴らしていた。


「ん、この子が、うちのマスターのシャルだよ」


「えーっ!?」


 リナと口を揃えて、何人かが大声をあげる。

 シャルはその反応を予期していたのか、面白がってくすくすと笑う。


「皆さま、お初にお目にかかります。わたくしがギルド"リリズ・プルミエ"のマスター。"闇夜の魔人"ことシャルロッテですわ。よろしくお願いいたします」


 "闇夜の魔人"は有名な通り名なのか、軽いざわめきが生じる。

 田舎者のあたしは、シャルのこと知らなかったんだけどね……。リナも特に反応しないところを見るに、興味がないのか、はたまた聞いたことがないみたいだった。


 シャルはあたしに、ちらり、と含みのある視線をぶつけてくる。

 それはまるで流し目みたいに艷やかで、十歳の容姿のくせして色気を振り撒くなよ、って突っ込みたくなった。


「アイカさん、ずいぶん仲良しの女の子を見つけましたのね。くすくす、少しばかり、嫉妬してしまいそうですわ」


「えーっ!? もしかして、アイって、ロリコンだったの!?」


 あたしたちの会話を聞いていたリナが、ドン引きするみたいに頬をひくつかせて、後ずさりした。

 くそっ、余計なことを言うなよ、シャル!


「違うよ! シャルは千歳の吸血鬼なんだよ。本当はけっこー美人なんだよね、あれでも」


「ふーん、美人なんだ? ってゆーか、千股してるとか言ってたっけね。くんくん……確かに、女たらしの匂いがする……」


 リナはシャルのことを値踏みするように、じろじろと眺め回していた。

 どうにも千股をしているような偉人には見えない。なのに、シャルの事実にリナは驚愕した。なぜならリナは、女の子の体臭から情報を感じ取れるのだから。まるで、化け狐でも見ているように唖然としている。


「……皆さま、長旅のところ申し訳ありませんが。お時間は取らせませんので、軽く面接をさせていただけませんでしょうか?」


「面接?」


 そんな話、聞いていないぞ。

 どうやらシャルは、自分の邸宅に招ける人物かどうかを見極めたいようだった。


 シャルはこれまで未使用だったギルドの二階に上がっていき、一人一人と個別で会話するようだ。

 まずはリナリーが面接しに行って、数分もしないで帰ってきた。


「ねえ、リナ。シャルと何話してきたの?」


 あたしは面接の必要がないし、ここに居座る理由もなかったんだけど。どうせなら、みんなと一緒にシャルの邸宅に帰りたくって、ぼけーっと待っていた。


「んー? 気になるんだ? 別に、どーってことなかったよ。シャルっちと女の子の好みについて語ったりしたくらい」


「そんなこと話してたの? シャルは何を基準に面接してるんだろ……」


「まーシャルっちは、うん。だいぶ好きものだね。ありゃー千股してる女だわ!」


 リナは面白おかしく笑っていて、シャルのことは気に入ってくれたみたいだった。ホッとする。


 でもなあ、相変わらず、千年を生きた吸血鬼の考えることはわかんないなあ。

 いきなり二十人近い女の子を信用しろ、っていうのはお互いに難しい。それはわかるし、コミュニケーションは大事なんだろうけど。

 議題が女の子の好みでいいのかよ……。


 面接は滞りなく進んでいるみたいで、ちょうど半数になる頃合いにティアが面接されたらしくって、タバコに火を付けながら階段を降りてきた。


「シャルはなかなかに話のわかる女性だったよ。あたしもシャルを見習って千人を囲わないといけないな」


 ティアは大人っぽくてクールなのに、どこに火を付けられてるんだよ! いや、タバコには火を付けてるけどもだよ! 

 彼女もシャルと意気投合したらしくって、ティアはテーブルに戻るやいなやご機嫌にお酒を飲んでいた。


 あたしもミズキもシャルもお酒を飲まないから、ギルド内に用意されていたアルコールがようやく日の目をみているのだ。

 ティアの飲みっぷりは、女の子を沸かせていた。……ティアならいずれ千人の女の子と付き合うのも、非現実じゃないな。


 そして最後に……みゃ子ちゃんの番が来ると。

 みゃ子ちゃんの面接は一番時間がかかっていて、二人はなかなか戻ってこなかった。


「みゃ子たちおっそいなー。うち、眠くなってきたぞ……」


「サキュバスって夜のほうが活発なんじゃないの?」


「うちはだいぶ昼行性だよ~。遅くまで起きてると肌に悪いかんね」


 リナはだいぶ俗っぽいことを言って、だらしなく大あくびをかいていた。

 けれど、リナに限ったことではなくって、みんな疲れ切った顔で、うたた寝をしている子もちらほらといる。


 もう深夜だし、長距離移動の後だしで、あたしもくたくただった。

 今日はこのままギルドで寝ちゃってもいいかな、なんてだらけた思考に陥ってしまうくらいには、ぐったりしている。


 賑やかだった女の子集団は、次第に寝息の数のほうが増えていって……。

 あたしも船をこぎ始めていると、階段の軋む音が聞こえてきた。


 はっとなって、面を上げる。


「すみません、皆さま。遅くなってしまいまして……」


 ドキッ。

 あたしが耳元で目覚ましを鳴らされたみたいにして意識が覚醒したのは、足音のせいではなかった。


 シャルの声だ。

 シャルは――普段よりも一段階トーンの下がった、美しくも蕩けそうな官能的な美声をしていた。


 喉がごくりと鳴る。

 もちろん、あたし以外にも。みんながみんな、階段に目を向けていた。だって、異様な気配がそこにはあったのだから。


 すらりと伸びた、緩やかな脚線美を描く白皙の足がお目見えになる。

 異常事態だ。だって、その足は裸足だったのだから。

 そもそも、シャルが着ていたワンピースドレスは脛も見えないようなロング丈だったはずで、ふくらはぎが覗けるのもおかしい。裸足なんてもっての他だ。


 全容が明らかになる。


 シャルは"闇夜の魔人"、本来の姿だった。

 白銀のストレートヘアに、真紅の瞳。血の気すらもなさそうな真っ白の肌。

 そして――体の急成長についていけなかったのか、ワンピースドレスはおへそを境に上下に別れていて。へそだしルックはパンクっぽくて刺激的な風体に早変わり。


 そこにいるだけで強烈な存在感を放つ女性。それが、シャルロッテの真の姿だ。

 照明の灯った室内で見る彼女は、あたしとしても初めてのこと。まるで、光源すらも彼女を避けているかのような。シャル本体が光を発しているみたいなほどに、煌めいている女性だった。

 全員が生唾を飲み込み、時も忘れてじっくりとシャルに魅入っている。


 一拍置いて、あたしは唐突に、とんでもない事実に気づく。

 

「お、おいシャル! お前……みゃ子ちゃんと二人っきりで、な、何をしたんだよ!」


 そう。シャルはみゃ子ちゃんと面接をしていたはずなのだ。

 じゃあ、なんで大人の姿になっているのかっていえば……えっちをしていた、ってことなのか? いや、十中八九そうだろう。絶対に。確実に。

 って思ったら、なんか義憤が湧き上がってきたのだ。

 だって、みゃ子ちゃん、十二歳だぞ!?


 すると、答え合わせかのように、シャルの背後からみゃ子ちゃんが顔を覗かせてきた。頬はほんのりと、赤い。


「うふふ。お話をしていたら、盛り上がってしまいまして。ついつい、楽しんでしまいましたわ」


 あたしたちのやり取りを見て、ギルド内は氷が融解したかのように時が動き出し、どよめきが走る。

 あれがシャルロッテだということを、全員が理解したのだ。


 シャルはみゃ子ちゃんの頭を胸に抱いて、妖艶に微笑む。

 その妖しげな二人の雰囲気に、リナを筆頭としてティアたちも感づいたようだ。

 えっちをしてきたんだな、って。


「お前……シャルっちなのか!? ってゆーか、うちらの家族にちゃっかり手を出すなよー! みゃ子に恋愛はまだ早いんだかんな!」


 リナは大人シャルに向かって臆せずに詰め寄り、人差し指を突きつけて鼻息も荒い。

 シャルは宛然と微笑して、みゃ子ちゃんを軽く全面に押し出す。


「サキュバスだからでしょうか、十二歳でも発育はよろしかったですわね。うふふ。お胸はまだまだでしたけれども、それ以外はミャールさんも、充分に大人。わたくしが責任を持って面倒を見て差し上げますわ」


「おい、みゃ子、それでいいのかよっ? 嫌なことはされなかった?」


 リナは妹には激甘らしくって、みゃ子ちゃんにおろおろと話しかけている。

 けれどみゃ子ちゃんはシャルに完全に籠絡されてしまったのか、大人シャルの腰に抱きついて離れようとしない。

 しかも、シャルのことが好きだ、と面と向かって告げる始末だった。


 妹が急激に大人になってしまったことで、ショックを受けるリナ。


 シャルは、くすっとするだけでリナをあしらって。

 その後、面接した全員を邸宅に招待できることを説明する――つまり、面接で弾かれる女性はいなかった、ということだ。


 あたしたちは疲れた体に鞭打って、裏手の森へと向かうことになった。


 暗闇の森を歩く間。

 あたしはシャルのことがずっと気になっていた。

 だって、シャルは珍しいことに、大人の姿を維持したままだったのだから。


 あたしは常時、シャルを目で追っていて。別に、シャルが綺麗だから、とか、裸を思い出しちゃった、ってだけじゃなくって。もちろんそれはあるにはあるんだけど……。

 シャルに聞きたいことが多かったのかもしんない。


 あたしの視線が熱を帯びてしまっていたのか、シャルはくるりと振り向いてきた。

 漆黒の森の中ですら輝いているかのような美貌は、あたしに緊張を生まれさせてくる。

 シャルに見惚れていると思われたのか、リナに脇腹を小突かれた。……別に、リナとは付き合ってるわけじゃないのになあ!


「どうかしましたか、アイカさん」


 大人シャルが声をかけてくれるけれど、どこか他人行儀に聞こえちゃうのは、彼女の声に慣れていないからだろうか。


 シャルはみゃ子ちゃんと手を繋いでいて、面倒を見る、と言った台詞に嘘はないらしい。互いがそれでいいなら、いいけれどさ……。女の子に手を出す速さはサキュバスよりもさらに上をいくんだなあ!

 みゃ子ちゃんはめでたく、"シャルの囲い"の一人となってしまうようだ。


「んー、いやさ。シャルって面接で何を見ていたのかなー、とか。なんでその姿でいるのかな、とか……聞きたいことだらけなんだけど!」


 シャルは歩幅をあたしに合わせてきて、左隣に身を寄せてくる。

 彼女の息遣いとか、匂いとか、裸足で歩いていて痛くないのかなー、とか、様々な情報が一気に脳に送り込まれてきて、気が気じゃない。


「わたくしの自宅は、"闇夜の魔人"の縄張り。わたくしに認められし女性しか、入る資格はないんですのよ。それを確かめるために、お話をさせていただきました。それと今日は――色んな方が新規に来てくださって。お祝い気分で、この姿でもてなそうと思いましたの」


「そんなこと言ってさ。どうせ帰ったら、すぐまたえっちするから、子どもに戻るのが面倒くさかったんじゃないの」


「ふふふ、それもありますわね」


「あるのかよっ……」


 冗談っぽく言うけれど、全然そんな感じがしないから、えっちな女だよ、シャルって。

 シャルが何を持ってして、邸宅に呼べる資格を決めているのかはわかんないけど。多分、シャルと何年も付き合いを続けたら、いずれ理解できることなのだろう。だってあたしとシャルは、まだ出会って一週間くらいだしね。


 すると、唐突にリナが会話に参加してきた。


「シャルっちの家はさー、空き部屋まだいっぱいあんの? うちさ、個室よりもアイと相部屋がいいなぁ♪」


「えっ!? そ、それは無理っ! マジでもたないって!!」


 いきなりとんでもないことを言い出したリナに驚いて、ものすごく叫んじゃったじゃんか!

 相部屋って!

 ただでさえ押せ押せのリナにたじろいでいるっていうのに。同じ部屋で暮らしたら……初日で陥落する自信があるんですけど!?

 

「そうですわね……。わたくしのモットーは、合意ですので。アイカさんが合意するのなら、それでも構いませんが」


 シャルとリナに、じっと見つめられる。

 

 ああ、どうすればいいか、わかんないっ……!


 このままリナと恋人になっちゃいたい気もあるし……。

 もう少し、リナのことを知ってから付き合いたい気もあるし……。

 そもそも、度胸がなかったり。

 気持ちに、整理がつかない。

 流されてえっち、だけは、なるべく避けたいし……。


「保留、じゃ、ダメかな……。リナがこんなに求めてくれてるのに、なんか、ごめん。あたし、優柔不断で……」


「あはは、いいっていいって。保留でしょー? あんまし長く待たせないって約束してくれるんなら、それでいいよ♪ 拒否されるかと思ってたから、保留でもすごい嬉しいし」


 リナはそれが心底嬉しいことだったのか、保留されたっていうのに、終始にこやかだった。

 胸が切ない。

 リナの想いに応えたくなる。

 あたしの心の天秤は、またしてもリナに傾いてしまっていた。

 ……相部屋になるのも、時間の問題なのかもしれない。


「うふふ。また一つ、楽しくなりましたわね、わたくしの家も」


「そういえばシャルさ。人、増えちゃって大丈夫? 部屋とか、お金とか、なんか手一杯って言ってたよね」


 あたしたちの生活は、楽しいことばかりじゃなくって。苦難も待ち構えているはず。

 シャルも現実をひしひしと感じていることなのか、申し訳無さそうに肩をすくめる。


「そうですわね……。サキュバスさんの団体が来てくれたので、本格的なギルドの仕事を始めたいところです……。お仕事が見つからなくても、もう数名かは招き入れる余裕はありますが……これ以上に無償で何人も、は保障ができせんの。あまり楽観視できない、といった状況ですわね」


「あー、心配すんなよ、シャルっち。うちらはこれでも、ある程度仕事できっからさー! うちらが連れてきた子たちの分くらいはきっちり稼いで、シャルっちの家とギルドにお金くらい治めるよ♪」


 リナはなんとも頼もしいことを言って、シャルの頬を綻ばせていた。

 

 ギルドの仕事、か。

 次は何をすることになるんだろう。


 他にも、リナとの関係もしっかり答えを出さないと。

 リナのことをもっと知るために、仕事をするならリナと一緒がいいなあ。


 なんてことをぼんやりと考えつつ、シャルの邸宅に帰ってきたのだった。


 ちなみに、ミズキとヒメちゃんはまだ起きていたらしくって。

 シャルの本来の姿を発見して、めちゃめちゃ仰天してた。

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