第二話『ギルド始動!』
第二話 『ギルド始動!』
「おや、アイカ、早いじゃないかい。はっはっは、おはよう」
「おはよう、ってミズキ……。もう昼過ぎだぞ」
シャルロッテの邸宅に呼ばれてから一夜が経過して。
メイドさんから連絡を受け、一階のロビーに集合がかかったので待機していると。
先にやってきたのはミズキとヒメノだった。
ミズキは……先日見た格好がみすぼらしかったのか、ってくらいにキラキラと煌めいていて。肌も張りが増し、ツヤツヤしている。しかも、シャワーを浴びたばっかりなのか、石鹸の匂いが妙に艶めかしい。
その上、服装はワイシャツをだらしなく着崩していて、胸元が零れそうなくらいにはだけている。いくら女の子だけしかいない家だからといって、黒の下着が半分ほど覗けるのはいかがなものなのか……。目のやり場に困る。
あたしが視線を落ち着かなくしていると、ミズキの鎖骨にて照準がぴたりと止まった。
「ミズキ……お、お前……。前しめろよ!」
あたしが指を向けた先にあったものは、虫刺されのようにも見えるほんのりとした赤い腫れ。しかも、ミズキの鎖骨にはそれが無数にあるのだ。
いくら性経験のないあたしでも、知ってる。ネットで知識は得ていたんだから。
――キスマークだ。
あの大人しそうなヒメノがあんなにキスマークつけたの!? うっ。想像したら、とんでもなくえっちな妄想ができそうだった。
「いやあ、はっはっは。久しぶりにゆっくりできたお陰かな、起きたのもついさっきでね。なんせ、昨晩は姫もお盛んでさ、朝方近くまでセッ……もがっ!」
「ばかー、みーちゃん! なんでそうやってすぐ口に出すの!」
小柄なヒメノがぴょんぴょんとジャンプして、ミズキの口を懸命に塞いでいた。
あたしは、またしてもドキッとさせられる。
だって、ヒメノもまた、昨日とは印象がガラリと変わっていたんだから。
彼女はまるで、妖精のようだった。
小柄な体躯の背には、羽が見えるかのように可憐で。ふわっとした明るめの髪の毛と、ひらひらのスカートが似合っている。
昨日は少しばかり臆病に見えて、顔には翳りも見え隠れしていたのに。今は堂々としていて、元気で明るくて、ミズキとじゃれ合っている姿こそが本当のヒメノだったんだな、ってわかった。
きっとシャルロッテの用意してくれた部屋では、心の底からゆっくりと休むことができたのだろう。二人は精神面が落ち着いたに違いない。
「あっ、アイちゃん! おはよっ♪ 昨日は助けてくれて、ありがとう!」
ヒメノはあたしに振り向くと、コロコロと笑ってお辞儀してくれる。
声も歌を口ずさんでいるかのように弾んでいて、可愛い。
こんなにもゆるふわのガーリーな女の子にニコニコと挨拶をされたんじゃ、あたし、心を奪われちゃうよ。
しかも、アイちゃん、なんて呼び方されたら。
……ねーちゃんを、思い出しちゃう。
「う、……あ……」
顔が火傷したのかと思うくらいに熱い。まともに受け答えができない。
妖精? いや、天使かもしれないヒメノの顔を、直視することができない!
それくらい今のヒメノは魅力たっぷりで。あたしの心臓が長時間保ちそうにもないよ!
もしも、ヒメノにミズキっていう恋人がいなかったとしたら……あたしはヒメノと目を合わせただけで恋に落ちてしまっていただろう。
「はっはっは、アイカは面白いな。そんなに顔を赤くして、姫に惚れてくれるなよ? 姫は私だけの女なんだからな」
「う、うっさいな! わかってるよ!」
平常心になれない!
だけど、なんでかわかんないけど、ミズキが相手ならば普通の応対ができていた。
ミズキだって美人だし、惹かれるものはあるけれど。どっちかっていうと、友だち、みたいな感覚。
ヒメノのことは、恋愛感情のほうが強く浮き出て意識しちゃうけど……。
「まあまあ皆さん、お元気ですわね。よくお休みになられましたか?」
階上から降ってきた銀鈴を鳴らしたような声が、あたしたちのやり取りに水を差す。相変わらず凛としていて、声の主は誰だか見ないでもわかる。
そう、現れたのはシャルロッテだ。
彼女は昨日と似通った黒のワンピースドレスを優雅に揺らしながら、小さな足でそーっと階段を一段一段下ってくる。
「ああ、シャル、おはよう。ここは本当に居心地の良い家だね。なんだか安心できて、ぐっすりと眠ってしまったよ」
「シャルちゃん、おはよ~。とっても良いお部屋だったよ~!」
ミズキが片手を上げて挨拶をすると、ヒメノもそれと連動するようにして、飛び跳ねてシャルを歓迎する。
ああ、素晴らしい光景だなあ。
女の子が女の子を愛して、それを違和感なく受け止めてくれて。あたしが嫌いだと感じるものは、この家には一ミリも存在しなくって。
少女たちがにこやかに挨拶を交わす。
あたしは遠巻きに彼女たちを眺めているだけでも、幸せを噛みしめることができていた。
「アイカさんは、ゆっくり眠れましたか?」
「なかなか寝付けなかったよ! 誰かさんのせいでさ!」
あたしはシャルをキッと睨みつけ、嫌味ったらしく言ってやった。
我ながら子どもっぽいな、と思う。
シャルの裸を意識しちゃって、まともに接することができないんだもん。罪作りな女だよ、シャルって。
「あらあら、わたくしのせい、なのです? うふふ、闇夜の魔人、のお姿、気に入ってしまいましたか?」
「ほう。アイカ、君は闇夜の魔人の本来の姿を見たのかい?」
ミズキが意味深な眼差しで、あたしを見下ろしてくる。
そういえば、ミズキたちはシャルの大人姿を見ていないのか……。
なんかそれが優越感でもあり、はたまた逆に、シャル本来の見目麗しい格好を見せてあげたいような気分にもなった。
だって。あんな綺麗な女の人の存在を知らないなんて、絶対に人生を損している気がするし。
「ま、まーね。こいつ、意外と美人だったよ、めちゃくちゃに」
「ふむふむ。確か、シャルはセックスのときにしか本来の姿に戻らないって言っていたはずだが……。そうか、アイカ、君ってやつは……。おめでたいね。姫も、そう思うだろう?」
「アイちゃん、そうだったんだ……? でも、わたし、アイちゃんのこと、応援するよ?」
二人して、何を言ってんのさ!
しかも、シャルまでくすくすと笑うだけだから、真実を助長しているようにしか見えないじゃん!
てか、否定しろよ!
「ひ、ヒメちゃんまで何言ってんだよ! シャルとするわけがないだろっ!」
「はっはっは、アイカはからかいがいがあるなあ」
「ヒメちゃんって呼んでくれるんだ? 嬉しいよ、アイちゃん」
小馬鹿にしてくるミズキと、ほわーんと天然ヒメノのコンビが、やたらと眩しい。
楽しいな……。
あたし、ここにいてもいいんだな、って思えて。
自分の胸中を見透かされるのが照れ臭いから、そっぽを向いちゃった。
「ふふふ、それでは皆さん、まずはお食事でもどうでしょうか? その後にでも、ギルド本部にて会議をいたしませんこと?」
「確かにお腹は減ったけどさ……。どうせ、あたしたちしかギルドメンバーいないじゃん? 別にご飯食べながら会議でもいいんじゃないの」
「こういうのは、雰囲気が大切なんですのよ」
あたしがぶすっとした感じで尋ねると、シャルは当然という風に答える。それに同調するようにして、ミズキもずいっと進み出てきた。
「はっはっは、そうだぞ、アイカ。君にはわからないことかもしれないが、雰囲気が大事なのはセックスでも同じことさ。ねえ、姫?」
「ば、ばかっ、みーちゃん……///」
もー、こいつら、なんですぐにえっちなこと言い出すんだろうね!
頬を染めて困惑するヒメちゃんくらいだよ、あたしの味方は!
憤慨するあたしなんて置き去りにするようにして、シャルたちは地下に向かって移動し始めた。
階下へ向かう階段は、二階に昇るそれの後ろ側に隠れるように作られてある。
下へ向かうほどにひんやりとした空気が肌に触れてきて、靴音がやけに反響した。
だけど、向かう先は静謐ってわけでもなくって……。
むしろ、地下のほうが活気に溢れているくらいだった。
清潔な空間には食堂の他にも、生活用品を管理する倉庫などが多数を占めていて。
女の子たちが備品をチェックしていたり、あるいは内職のようなことをしていたり。一方で食堂も常に賑わいを見せていて、小さな商店街のようにも思えた。
……改めて、すごい家だな、ここ。
そしてそれをまとめ上げているのがシャルロッテなのだから、尊敬に値する。
一体こんな生活を何年続けているんだろう?
このお屋敷の壁や床を見る限り、劣化は見受けられないし、真新しい建物とは想像つくけれど……。
あたしたちは、調理場にいるお姉さんたちから定食セットのような食事をお盆に乗せてもらって、それぞれテーブルについた。シャルだけは案外少食なのか、パンと紅茶のみに抑えている。
どうやら、ここは学食とか、社食のような場所になっているようだ。なんて便利な家なんだろうか。
昨晩の食事はメイドさんに運んでもらえたので、ここに訪れるのはあたしもミズキたちも初めてだった。
「なあシャル。君がすごいのは、とってもよくわかったよ。しかし、私には不思議なことばかりに思えてね。どうしてこのように安全で、それでいて便利な生活をできているんだい?」
ミズキもあたしと同じことを疑問に思ったのか、食事に手を付ける前にそう尋ねていた。
ヒメノはお腹が空いていたらしくって、いただきます、って小さな声で呟いてから両手を合わせている。可愛い。
あたしの隣に座ったシャルロッテは、コッペパンにジャムを塗りながら、控えめに頷いた。
「安全なのは当然ですのよ。昨日も説明した通り、ここは"闇夜の魔人"の縄張り。普通の人間が立ち入ることなどできない空間なのですから」
あたしは焼き魚を頬張りながら、横目でシャルをじろっと見つめる。
なんかシャルの言うことって、いちいち中二病くさいんだよね。
大人の姿を見ていなかったら、これっぽっちも信用できないほど胡散臭い言葉だ。
「なるほど、何か特殊な結界でも張っているってことかい? さすがは太古の吸血鬼だね」
「ねー、みーちゃんご飯おいしいよ? 難しい話は後にしようよ!」
「はっはっは、姫は可愛いね。私にも姫の食べている物をもらえないかな?」
「もう、しょうがないなあ。はい、みーちゃん。あ~ん」
対面に座る女の子カップルは、人目も憚らずにイチャイチャし始める。
ミズキも大概だけど、ヒメちゃんもけっこう大胆だなあ……。
まあ、あたしは百合カップルを見ているだけでも幸せだから、いいんだけどさ。
すると、シャルも同意見なのか、ニコニコとミズキたちを眺めていた。
普通は余りにも大衆の前でイチャイチャとされたら、鬱陶しくは思っちゃいそうなもんだけど。ミズキもヒメちゃんも美少女だしね。彼女たちの間には、なんでも許されちゃいそうな特権があった。
「ミズキさんの仰る通り、この近辺には人が寄り付かないおまじないをかけておりますのよ。それと、生活用品などですが……。こちらは、主にわたくしが買い付けをしております。もちろん、一人では無理な量ですので、お手伝いに何十人か駆り出していたり、車を利用しますが……」
シャルロッテは、この家の維持について仔細に説明をしてくれた。
女の子だけで街に買い出しへ行くのには、危険が伴うということ。そのため、強大な力を有するシャルロッテが護衛よろしくお供しなければならないらしい。
また、シャルロッテは過去、解放軍として戦った際に多方面で人脈を築いていたらしく、品物の流通や、施設の建造には苦労しなかったようだ。
それに、この家に住む女の子たちは手に職をつけている子もいるらしくって、商品を売ったりすることで資金をやりくりしている、とシャルロッテは語ってくれた。
「ですが、どうしても今の人材では行き詰まっておりまして……。やはり、武力に長けた人材は欲しくなるものですのよ」
食後の紅茶で胃をいたわっているシャルロッテが、ぼんやりと言った。
「んー、そんなもんなの? ってゆーか、あたしは、今のこの生活ですごい充分な気がするけどね。小さな国みたいなもんじゃん、ここ。シャルはすごいと思うけどなあ」
あたしは世辞ではなく、本心から答えていた。
しかしシャルは薄く微笑むだけで、現状に満足はしていないようだ。
「わたくしは、もっと救える女の子がいると知っていますから。ですがこれ以上、人数を増やしてしまうとなると……。もっとしっかりとした商いも必要になるでしょう。そうしたら今度は領土も拡大しないといけないでしょう。そうなってくると、女性たちを守るための力も、さらに増やさないといけないんですのよ」
「すごい考えてんだね。シャルはもう立派な国王だよ。民の信頼も厚いしさ」
「ふふふ、わたくしは王の器ではありませんのよ。わたくしは所詮、吸血鬼の力に頼っているだけの、ちっぽけな存在。市政も、経営者としても、才能はございませんもの。せいぜいが、女性商人との交渉に長けているくらいですわ。――女性となら、性交渉のほうが得意ですけれどもね」
なんでいちいち下ネタを挟むんだろ、シャルって! 十歳の見た目でえろいことを頻繁に言われると、なんか気まずくなるんですけど!?
せっかく真面目な話をしていたのに、お茶を吹き出しちゃったじゃんか。
「はっはっは、シャル、君は"闇夜の魔人"ではなくて、"どすけべ魔人"とでも名乗ったほうがいいんじゃないのかい?」
「それは、あたしがすでに言ってやったよ!」
我慢できなくなってミズキに突っ込むと、ヒメちゃんにウケが取れた。目に涙を浮かべて大笑いしている妖精のようなヒメちゃん。可愛すぎか!
「うふふ。食事も終わりましたし、お話の続きはギルドでしませんこと? これ以上はギルドですべき議題だと思いますもの」
「ああ、それがいいね。よし、姫、お姫様抱っこをしようか?」
「もー、みーちゃんってば、今日は疲れてないから大丈夫だよー!」
きゃっきゃうふふとしているミズキたちを尻目に、あたしもお盆を手に立ち上がった。
あたしたちのギルド"リリズ・プルミエ"、初活動が始まろうとしていた。
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