第一話『闇夜の魔人と鬼の過去』③
「すみませんね、アイカさん。夜の時間帯を指定して、お呼びしてしまって」
あたしがシャルの部屋を飛び出して、廊下で待っていると。
五分ほど経ってから、邸宅の主が扉を開けて出てきた。
あたしはシャルの裸を連想してしまい、変に緊張して心臓が破裂しそうになりながらも、振り返る。
すると、そこにいたのは、寝間着を身に着けた小ぢんまりとした少女だった。
妙に、ホッとする。
「こ、子どもに戻ったのか、シャル」
「あら? 大人のままがよかったでしょうか? ふふ、わたくしと性交したかった、ってことですか?」
「なんで本当は綺麗な大人のくせに下品なこと言えるんだよ! お前なんて、"闇夜の魔人"じゃなくって、"どえろ魔人"だろ!」
シャルは見た目相応の無邪気な笑みを浮かべて、楽しげだった。
くそっ、ペース握られてばっかりで、不愉快だ!
十歳にしか思えない容姿の銀髪幼女はパジャマ姿で、傍から見ればぬいぐるみを片手にしていても違和感ないのに。ついさっきまで、女の子とえっちしていたっていうんだから、信じ難い。
彼女は廊下の至るところに設置されてある憩い用のテーブルに身を落ち着けて、鈴を鳴らしていた。
すると、どこからともなくメイドが現れて、ティーセットをてきぱきと準備してくる。
シャルロッテがあたしを視線で促してきたので、あたしも彼女の向かい側に座った。
なんだか深夜のお茶会みたいな感じがして、テンションが上がっちゃいそう。
ってゆーか、感情の調整が狂ったみたいになっているのは、絶対にシャルの裸を見ちゃったからなんだけど……。
ううん、忘れよ! お茶会するのが初めてだから、ドキドキしているだけだしね!
「アイカさんは大人のわたくしを、綺麗、だと言ってくれるのですね」
"どえろ魔人"には触れないくせに、あたしの褒め言葉だけはきっちりと拾い上げてくるシャル。
まあ、大人シャルの見た目は否定できないほど、美しかったけどもさ……。
あ、やば。またシャルの裸思い出しちゃう。
「ま、まあね。あんなに美人なら、普段からそうしてればいいじゃん。なんでわざわざ子どもになってんのさ」
「うふふ、ありがとうございます。ですが、わたくしは昼にも言った通り、自戒の念を込めて、この姿になっているのですわ」
シャルロッテは上品そうなティーカップを小指を立てて持ち上げて、中身を口に含んでいた。
あたしも釣られるようにして紅茶を飲んで、爽やかな口当たりに小声で驚いてしまう。
「自戒って、なんだよ……。解放軍として戦ったとかなんとかってやつ? でも、いいじゃん。ここって自分の家なんでしょ、自宅でくらいは普通の姿でいればいいのに」
「うふふ。一つは、アイカさんの言った通り。一国を相手にした際、吸血鬼の力を頼りに戦ったわたくしは、何人もの殿方を殺めてしまいましたわ」
その単語を耳にして、あたしは紅茶が急激に苦味を帯びたようにして、顔をしかめた。
いつだってそうだ。
あたしはそいつらの存在に、人生を、心を、不愉快にさせられてばかり。
「殿方、とかいうのやめろよ。あんなやつら、殺したって別にシャルを責めたりはしないよ、あたしは。それよりも、シャルが呼び方で媚びへつらってるの見るほうが、なんか辛い。あたしのこと、同類だ、って思ってくれてたんじゃないの?」
「……そうですわね、ですが。そうして取り繕っていないと、わたくしは自分を抑えきれませんの。もしも、わたくしの理性が失われてしまったら――あの汚らわしいゴミどもを一つ残らず消し去って、世界から醜くも嫌われる吸血鬼になってしまいますから」
ぱきっ。
シャルロッテの持つティーカップの取手が、テーブルに落ちた。
彼女はかろうじて笑みを浮かべているものの、こめかみには血管が浮かび上がっている。
こ、怖っ!
鬼のあたしが、臓腑を握り込まれているような恐怖を感じるほどに、シャルロッテからは憎悪が放たれていた。
でも、それでも、あたしは安堵を覚えてしまうのだ。
おんなじ思考回路だから。奴らのことが憎くて憎くてたまらなくって、女の子だけと暮らしていたい、って願う想いが一緒だから。
あたしの胸には、ほんわかとした温かさも芽生えていた。
「まあ、そうなんだよね。あたしだって殺すことまでは、しなかったし。結局のところ、誰からも嫌われちゃうと女の子にも好かれないんだよね」
「そこは少しわたくしの意見と違うでしょうか。わたくしのもう一つの自戒は――。本来の姿でいると、女性にモテてモテて、しょうがないからなんですのよ」
「は、はぁ?」
急に容姿を自慢しだして、なんかイラッとした。
ああそうだろうよ、そうだろうよ! あんな美人でプロポーションもいいシャルロッテ様なら、女の子とっかえひっかえなんだろうな! 例え殺戮の限りを尽くした"闇夜の魔人"だろうとね!
「今のわたくしは、ここに住まう女性たちの面倒だけで手一杯。これ以上の女の子の、責任を取ってあげられないのです。ですが、わたくしが大人の姿でいると、女性を発情させてしまうようでして……。困ったものですわね」
「ったく、"どえろ魔人"だな、ほんっとに! そんなこと言って、どーせ毎晩大人になってんだろ!」
「うふふ、当然ですわ。毎日、相手してあげている子たちの予約でぎっしりと。スケジュールも過密なんですの」
「ま、まさか、今日忙しい、って言ってたのって」
あたしは、目をじとっと据わらせて、対面に座る銀髪幼女を睨みつける。
すると彼女は、意地の悪い笑みを浮かべて、唇に指を添えるのだった。
くっ、十歳の見た目でも、色気あるなこいつ……。
「もちろん、夕刻からずっと、性交してしまいましたわ……」
「聞くんじゃなかった! "どえろ魔人"すぎるだろ!」
あたしの返しも、ふふっ、と笑うだけで取り合わないシャル。
むかつくけど、敵わないな、シャルには……。
シャルロッテは唐突に、遠い過去を思い出したかのような、慈しむ微笑みを浮かべる。
話の流れからは不自然で、あたしはシャルの真っ白な肌をぼーっと眺めることしかできなかった。
「わたくし、アイカさんとお話して確信しましたわ。あなたと出会えたこと、本当に嬉しくて。感謝しても、しきれませんもの」
「なんだよ、急に褒めてきて。調子狂うじゃん」
「照れなくてもいいのですよ。わたくしは先ほども言いました通り……感情だけであのゴミどもを殺めてしまったような、罪深い女。けれど……アイカさんは、感情的になったけれど、殴り飛ばすまでに留まって。本能で女性を助けていたところにも共感できて。最高の女性と出会えたんだな、って思えました」
こんな褒められ方、あるんだな。
あたしがしてきたことは、世界から許されないことだとばかり思っていた。
肯定されることなんて、ないと思っていた。
でも、シャルは認めてくれる。
それが嬉しかった。たった一人でもあたしを肯定してくれる人がいる、って事象は、これほどまでに心が豊かになるんだね。
しかも、きっとこの家に住んでいる子全員が、あたしを受け入れてくれるから。
頬が自然と緩んでしまう。
「でも、あたし、ちょっとだけ不安だな。あたしはシャルみたいに美人じゃないから。あたしなんかをギルドに入れていたら、女の子、寄り付かなくなっちゃうかもよ?」
あたしはテーブルの上に両腕を投げ出して、その上に顎を乗せ、シャルをぼんやりと見つめる。
彼女は笑みを崩さずに、あたしを我が子のように見守ってくれていた。
「アイカさんは、きっと辛い人生を送ってきたんですのね。女の子にも、怖がられてしまったのでしょう? でも、わたくしが、今後はそうさせませんから。アイカさんのような少女を救うためのギルドでも、あるのですから」
「で、でも、さっ。あ、あたし、あいつらに言い寄られてる女の子を見るのも、むかつくし。すぐに殴っちゃって、怖がられちゃうし。で、でも、女の子たちは、あいつらと結ばれてっちゃうし。女の子は、あいつらの話しかしないし……」
昔を思い出して、急に泣きそうになってしまった。
いつだって、そうだった。
夢で見た別世界のアイカでさえも、そうだった。
まるで、あたしだけ異常者のようで。
ううん。あの世界は、同性愛者にも寛容にはなりつつなっていたんだけどね。それでも、あたしたちはまだ少数派だった。結婚も許されなかった。社会的な保障をされないから、相手を見つけるのはより困難を極めていた。
それに。どんな生活を送っていても、奴らの存在が絶対に目に、耳に入ってきて。
奴らを拒絶するあたしのことを、女の子たちも拒絶してきて。
あたしには居場所がないんだと思ってた。
だって、世間での言い分は、男性にも悪い人だけばかりじゃない、っていうのが主だったから。
わかるよ。そう言いたいのは、あたしにだってわかるに決まってる。
そもそもあたしにも父親はいたわけだし。父のことは好きではなかったけれど、じゃあ憎いのか? って問われると、返答に窮するもので。まあ悪い人間ではなかったんだな、ってのは知っていた。
けれど、あたしにとっては、いい人なのか悪い人なのか、っていう問題はさほど重要ではなかった。
だって、異性愛者のほうが圧倒的に多数派だったから。
あたしはまず同性愛者という時点でふるいにかけられて、女の子たちからは距離を置かれる事が多かったのだ。そこからさらに、好みのタイプの女性はみんながみんな男性の話ばかりをしていた、というトラウマがあった。
ああ、でもこれは夢の世界の話だったな……。
でも、こっちの世界でも、同じこと。
あたしは少数派で。いつも、いつでも異性の話題に頭を悩まされて。
だって奴らは、社会的にも上の立場であることが多かったから。
いくら世の中が改善されようが、世界線が変わろうが、奴らの支配からは逃れられない。
そして、異性の話題すらも忌み嫌うあたしは、どうしようもなく異常者だとして扱われて。
居場所がないのだと悟ったのだ。
「……わかります。痛いほどに。全部、わかりますわ。わたくしだって、同じ気持ちですから。わたくしは、アイカさんの想いを全て受け止められますから。どうぞ、全部を吐き出してください」
いつの間にか、シャルがあたしの傍らに佇んでいた。
肩を触れられ、優しく撫でられる。
慰められているのが心地よくって。
あたしの心に、シャルロッテがすとん、と侵入してきたような感覚に陥る。
でも、異様なほどにそれがしっくりときて。揺りかごに乗っているかのように、心が楽になった。
……シャルロッテが、子どもの姿でよかった。
大人のシャルに慰められていたとしたら、完全に惚れちゃったよ。
別に、シャルと恋人になるのが嫌、ってわけじゃないんだけど。
シャルには千人の相手がいるしさ。あたしとしては、千人の中の一人、じゃなくって、オンリーワンでいたいから。
そんな恋をしたいなあ、なんてね。あはは、おかしな気持ちにさせてくるシャルって、ほんと魔性の女だなあ!
って胸中では笑ったけれど。あたしの脳内には辛く苦しい過去が走馬灯のように駆け巡って、気持ちとは反して涙がこぼれてしまっていた。
「あたしにもさ、鬼だけど、家族がいたんだよね。まあ拾われ子だったんだけど。小さな村でふつーに暮らしてたんだよ」
自然と、昔のことを語りだしていた。
シャルに聞いて欲しかったのかもしれないし、誰かにぶちまけたかっただけなのかもしれない。
シャルは無言で頷き、あたしの髪の毛を丁寧に梳いてくれる。
腹が立つくらいに女の子の扱いが上手なシャルに、口がいくらでも軽くなった気がした。
「そんでさ、あたしの家にはねーちゃんがいて。四つ上だけど、血は繋がってない人間のねーちゃんだったんだけど。あたしに優しくって、あたしに付きっきりでいてくれてさ……。まあ、言わないでもわかるだろうけどさ、あたしは好きだったんだよ、ねーちゃんのことが……」
ぼんやりと脳裏に浮かんでくるのは、ねーちゃんの純朴そうな顔。鬼であるあたしの過去……。
あの村から出ていって、まだ半年ほどしか経っていないのに。頭の中にあるねーちゃんの顔は朧気でいて、くっきりと脳内に映すことができなかった。
それは単純に時間の経過によるものだったのかもしれないし、夢の世界の十五年にも及ぶ記憶の共有があったから、なのかもしれない。
懐かしいな、ねーちゃん。
……ねーちゃんは、妹思いのできすぎた姉だった。
あたしが独り立ちできるまでは、恋人もいらない、って言っていて。まあでもそこは姉妹だったから、あたしとねーちゃんは姉妹の距離感、だったんだけども。
あたしにはねーちゃんを含めて、両親とか家族がいたから、世間的に見れば独りぼっち、ってわけではなかったけどさ。それでも精神的に孤独を感じることは多かった。だってねーちゃんは、レズビアンかどうか判別できなかったし。相談することもできなかったからね。
ねーちゃんは村の中では一番器量が良かった。派手な顔立ちではなかったけれど、清楚で物腰も柔らかで、家事もそつなくこなせて、良いお嫁さんになると評判の女性だった。
けれど、あたしはねーちゃんを独り占めしたかった。
どうして村のみんなは、ねーちゃんを嫁がせたがるのか理解に苦しんだ。
ねーちゃんが一つ歳を取るたびに、奴らの群がりは輪をかけて増えていった。
半年前。
縁談や告白を全部断り続けていたねーちゃんに、業を煮やしたのだろうか。
ねーちゃんを強引に口説いていた奴がいた。奴らの腕力は人間の女性と比較すると、遥かに強いから。社会的にも、肉体的にも、いつも女の上の立場にいるんだ、あいつらは。
非力なねーちゃんは、抵抗することもできずに。暗がりに連れ込まれようとされていた。
気づいたら、あたしはそいつを血祭りにあげていた。
ねーちゃんが止めてくれなかったら、あたしはそいつを殺していたかもしれない。
「あたしはさ、ねーちゃんを守りたかったんだよ。ううん、それは違うかも。あたしはあの瞬間……どうしようもないほど、異性に憎しみを覚えたんだ。女の子たちには呪いのように一生付きまとう、異性という存在にね。けど、世界にとってはあいつらの存在は普通だからさ。あたしは優しかった両親にも疎まれて……村に居場所はなくなったよ」
かすれた声で独白を続けていると、嗚咽が止まらなくなっていた。
「でもね、それでも、よかったんだよ……。だけどね、ねーちゃんも、あたしに怯えていた……。それでわかったんだ。あたしは、存在してはいけないんだ、って……」
ねーちゃんにも拒絶されたあたしは、驚くほど簡単に村を捨てることができた。
村を出てからは、気ままに旅をした。
あたしは、鬼だから。女の子の一人旅でも、割とどうにかなったよ。
けれど、街にぶらりと立ち寄ると、否が応でも目に入る。女の子が、汚らしい生物に声をかけられている姿が。
あたしは自分を抑えきれなかったよ。
そんな自分も、どうしようもなく嫌いだった。
みんなのように、暮らしたかった。
でも、できなかった。
あたしがただのレズビアンだったら、それも可能だったのかもしれない。
でもね。あたしは女の子が好き、っていうだけじゃなくって。女の子が、異性という生物に関わっているのを見るのすら、嫌悪感を催す人物だったから。
だからこそあたしは、異性からも同性からも受け入れられるはずがなかった。
例え同性愛者が相手だったとしても、あたしに共感してくれる人はいなかった。
「あたしは、インターネットを通じても、誰からも理解されなかった……」
「インターネット? それは何でしょうか?」
「あ、間違えた。な、なんでもないからっ!」
気がついたら、夢の中のアイカと混同してしまっていた。なんか記憶の境界線がごちゃごちゃになっていて、受けた苦しみも一緒だったから、普通に夢の世界の単語が口を衝いて出てしまう。
シャルは訝しんで首を傾げていたが、深く突っ込んではこない。
謎の単語のことなんかよりも、あたしの境遇に、ひどく痛んでいるようだったから。
シャルはあたしの気持ち悪い性格も、全部を包んでくれるみたいに受け入れてくれた。
「お姉さんのことは、さぞ悲しかったでしょうね。……でも、アイカさんが存在してはいけない、なんてことはないんですよ。わたくしが、あなたの居場所を作り上げてみせます。だから、きっと、あなたにも素晴らしい恋人ができますわ。……どうしても見つけることができなかったら、わたくしが責任を持ちます」
シャルは昂然と、あたしを口説き落とすかのように言ってくる。
あたしはごく自然に、裸のシャルを思い出してしまっていた。
顔が熱い……。
「シャルはすごいよ。女の子が好きな女の子をこんなに集めることができて。でも、やっぱりあたしは……嫌われちゃうのは顔とか暴力だけじゃなくって。異性の話を出されるだけで、女の子にもイライラしちゃうことがある性格のせいだし。シャルのようには絶対になれないね」
「いいえ、わたくしはアイカさんと同類だと言ったでしょう? わたくしも同じですわ。……ただ、わたくしは過去に何があろうと、それでも女性を受け止めています。辛いことですけれどもね。わたくしは……顔が良いので、簡単に女性を籠絡することはできますけれど。できればアイカさんのように、信念を持って女性が好きな方を歓迎したいんですのよ」
「さらっとすごいことを言うなよ。でも、あたしは過去もなかったことにできない、未練がましい女だから。心が狭いんだよ」
「いいえ、あなたはそれでいいのです。アイカさんのような少女に幸せになってもらうために、わたくしは女性だけの国を作りたいのですから。異性のことなんて誰も話題にしない、そんな世界をいずれ作り上げましょう。その一歩が、この家ですのよ」
「うん。ありがとう、シャル。あたしも……できることは何でも手伝うよ」
夢で見たアイカのためにも。あのアイカもあたしなんだから。夢のアイカの分も頑張って幸せを掴み取らないと。
大丈夫だよ。
インターネットに逃げても、居場所が見つけられなかったあたし。
レズビアンが集まるサイトを覗いても、誰からも共感を得られることがなかったあたし。それどころか、自分と同類だと思っていた女の子に、異性にもいい人はいるのだから全否定するな、と逆に諭されて、胃の内容物を吐き出してしまったこともあったあたし。
オンラインゲームで女性だけのギルドを作ってみたけれど、年頃の女の子が出す話題は現実でもネットでも異性のものばっかりで、絶望したあたし。
でも、今のあたしには、シャルがいる……。
もしかしたら夢の世界にも、シャルのように強い女性がいたのかもしれないけれど。出会うことはできなかった。銀河かと思うくらいに広大なインターネットの世界では、シャルのような存在を掴み取ることができなかったんだ。
だからその分、あたしは今を全力で生きる。
シャルと、彼女のもとに集まる女の子たちのために。
「にしても、どうにも不思議なことがあるのです。アイカさんからは……奇妙な感覚が見え隠れしているような。時折、千年を生きたわたくしの知識の範疇を超えた単語を言ってのけたり。アイカさんとの出会いもそうでした。導かれたかのような偶然的な出会いでしたもの。……わたくしは、ミズキさんたちのことは何日か前から様子を見ていたので、彼女たちを招けたのは必然でしたが……」
「別に、なんてことはないよ。だって、夢で見たことを言っただけだし。まあ、その夢がさ、なんってゆーか現実感ありすぎただけで、内容を言ったら笑われちゃいそうだけど」
冗談っぽさを強調して言ったんだけど、シャルは至って真剣な眼差しをあたしに向けている。顎に指を添えて、深く考え込んでいた。
シャルはあたしの傍らを離れて、再び向かいの椅子に座る。熟考は続いているようだ。
「夢の話、お聞かせいただけませんか?」
「えっ? は、恥ずかしいな。なんにも面白いことないよ」
「とても気になるのですよ。お願いします、興味があるんです」
「ま、まあいいけど……」
それから小一時間ほど、夢の中のアイカについてシャルに語った。
別世界で、学校に通っていて、レズビアンだったアイカ。
中学二年生で周囲に溶け込めなくなって、引きこもりになったこと。
その世界にはインターネットというものがあって、世界中の無数の人間とコミュニケーションがとれたこと。
インターネットには様々なレズビアンを題材にした作品があって、それらを延々と読み耽けっていたこと。そのたびに、現実とのギャップで死にそうになったこと。
そして。広大なネットの海を漂っても、同志を見つけられなかったこと。
「なるほど。非常に面白いお話でしたわ。……もしかしたら、それは夢ではないのかもしれませんね」
「何言ってんだよ、シャル。シャルは頭いいんだろ、一人でこんな数の女性を生活させててさ。解放軍のリーダーでさ。だから、あたしの妄想なんて、信じなくてもいいのに」
「いえ。魂の転生のような話は聞いたことがありますから。きっと、夢のアイカさんも、わたくしの目の前にいるアイカさんも同一人物。アイカさんが夢で見たお話は、別世界での現実なのでしょう。……わたくしも、夢のアイカさんから何かヒントが得られそうですわね」
言って、シャルはすくっと立ち上がった。
随分と長く、話し込んじゃったな。
後一、二時間もすれば朝日が昇ってきちゃいそうだ。
「あたしがシャルと出会えたのは、本当に運命かもしれないね。夢の中のあたしが強く願ったから、シャルと出会えたのかもしんない。……あたしも、そう思っておくことにしとくよ」
シャルもその考えに同意するように、優しい微笑をたたえていた。
「それでは、わたくしはお休みさせていただきます。明日、ギルドの活動や方針について、ミズキさんたちを加えてお話しましょう」
「わかったよ。おやすみ、シャル」
「ふふ、おやすみなさい、アイカさん」
シャルは優雅に一礼して、自室に帰っていった。
これから、どうなるかな。
自分の居場所を見つけたあたし。
ギルドのために、あたしは何ができるんだろう。
明日からの生活が鮮やかに彩られているような気がして、興奮してなかなか寝付けなかった。
別に、シャルの裸を思い出して興奮したわけじゃないけどね!
……いいえ。布団の中で、数分置きにあの最高の裸を思い出していました。
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