第一話『闇夜の魔人と鬼の過去』
第一話 『闇夜の魔人と鬼の過去』
「うわっ、本当にあった。……信じられない」
レズビアンのためのギルド"リリズ・プルミエ"の設立を宣言して、すぐ後のことだった。
行く宛のないあたしたちは、銀髪の幼女――自称"闇夜の魔人"ことシャルロッテの邸宅に招かれることになったのだ。
彼女はギルドの裏手、深い森の先に自宅があると言い、あたしたちを案内してくれた。
正直、目を疑った。
こんなにも木々が茂る森林地帯のど真ん中に、ぽっかりと平地が広がっていたのだから。それはまるで、砂漠の中にぽつんと佇むオアシスのように。日当たりも良好で、周囲の薄暗い森とは対象的な、光に満ちた場所だった。
そして、中央にどんと構えてあるのは、とてつもなく広大な白のお屋敷だ。
横幅は、普通の民家が数十件は簡単に収まるくらいに長く。縦も四階分はありそうなほどであり、まばらに覗けるガラス窓も曇り一つなしに輝いている。
シャルロッテいわく、千人の女性と暮らしているらしいけれど……。これだけ大きな家なら、嘘ではなさそうだ。
「ああ、どうやらシャルは本当に闇夜の魔人なのかもしれないね。正直、私もこの館を見るまでは半信半疑だったよ」
黒髪の剣士ミズキも、感嘆の吐息をついている。彼女の腕に引っ付いているミズキの恋人、ヒメノも羨望の眼差しでシャルロッテの邸宅を眺めていた。
「中もお気に召すとよろしいのですが……。ああ、それと、我が家には女性がたくさんおりますけれど、どうか気になさらずにくつろいでくださいね。あなた方は、客人ではなくて、ともに生活をする仲間なのですから」
「いや、気になさらずに、って。女の子がいっぱいいたら、気になるだろ」
あたしが抗議の声をあげると、傍らから快活な笑いを浴びせられる。
「はっはっは、アイカは女性の目が気になってしまうのかい? なかなか可愛いところがあるじゃないか」
「うっさいな……。鬼ってだけで、変な目で見られることもあるんだよ」
「くすくす……。わたくしの家には、女性を奇異の目で見る子はいませんわ。もっとも――好意を寄せられる可能性はあるかもしれませんが」
忍び笑いを漏らすシャルロッテを見て、あたしは胸がドキッとした。
せ、千人も女の子がいるなら、あたしにだって恋のチャンスはあるのかもしれない、って期待してしまったから。
下心を持ってシャルロッテについてきたわけじゃないのに、心臓はバクバクと音を立てている。
あたしってば、恋に恋する女子中学生みたいだ。まあ、年齢的には相違ないんだけどね……。
「それは困ったな。私は女性に言い寄られることも多いのでね。姫に毎日怒られてしまいそうだよ」
「なんだよ、自慢かよミズキ。まあ、あんたは確かにモテそうだけどさ……」
じろっとミズキを見上げる。
彼女は爽やかに黒髪をかきあげて、真っ白な歯を見せつけるように口を開けて、笑みを形作った。
長身で、格好いいっていう表現も、美人っていう表現も似合うようなミズキ。その上、肉体はセクシーで、匂いも良くて、性格もさっぱりしていて。しかも、お姫様を守れるくらい剣の腕が立つらしい。
こんな完璧超人なら、さぞ女の子にもモテたんだろうね……。
それでも、ミズキはお姫様を選んだ。国に追われ、お尋ね者にされようが、一国の姫と駆け落ちすることを選択したミズキ。
ミズキとヒメノの愛は、どれほど深いものなのだろう。
「うふふ、これでも、わたくしも女性には人気がありましてよ? でも、どうか浮気にはお気をつけくださいまし……。わたくしも、そこはきつく言いつけておりますので」
「シャルは、どこか胡散臭いんだよなあ……」
あたしは自分よりもさらに小さいシャルロッテを見下ろして、全身を眺めてみる。
当然、シャルも可愛いんだけど。見た目が十歳程度じゃなあ、マニアにしか受けがよくないんじゃないの?
あたしの不躾な視線を受けてもまるで意に介さず、くすくすと微笑むシャルロッテ。
彼女は邸宅の庭を突き進み、巨大な両開きの扉にまで招いてくれた。
こんな扉、ちっこいシャルロッテには開けられそうにもない。
しかしそこは、家の主。しっかりと、シャルロッテ用の背丈にあわせて作られた呼び鈴が設置されてあった。
鈴を鳴らすと、数分も待たずに内側から扉が開けられる。
あたしは中を見て、圧巻のあまりに息が詰まったかと思った。
「おかえりなさいませ、シャルさま」
「みなさん、お疲れ様です。今日は新たな家族をお連れしたので、全員にお伝えしておいてくださいね」
邸宅の中には、メイド服の女子がずらりと並んでいたのだ。
ふわり、と流れてくる香りは、100%女の子成分。匂いだけでくらくら、っとしてしまいそうな、甘い香りだった。
こんな家の中に入ったら、あたし、おかしくなっちゃいそう。
まじで、まじで、今視界に映る女の子たちだけですら、百人くらいはいるんだもん!
「さ、遠慮なさらずお入りになってください。あなた方も、この家の住人になるのですから」
ミズキカップルなんかは、臆せず入っていくんだから、女の子慣れしている。
いや、あたしが戸惑いすぎなだけ、なのかもしれない。
だけど、いつまでも玄関前でぼけっとしてらんないし。あたしも意を決してシャルロッテの邸宅に踏み込んだ。
邸宅内の真正面には階段があって、途中で左右に別れている。
一階は右を向いても、左を向いても、端っこが粒のように小さく見えるほどに広い廊下がどこまでも続いていた。
女の子が至るところに存在していて、メイド服の子から、私服姿の女の子まで様々だ。
廊下が余りにも大きいために、所々憩い用のテーブルまで設置されてあるし、そこでお茶を飲んでいる子すらいる。
もう、ここが女の子だけの国でいいんじゃないのかな、っていうくらいに理想郷の楽園が出来上がっていた。
「これは驚いたね。シャル、君は本当にすごいんだな。こんな数の女の子と生活なんて、大変なことのほうが多いんじゃないのかい?」
「そうですわね。わたくし一人では、これ以上の人数を面倒みきれなかったのもありまして……。同志のお力を必要としていたのですわ。さあ、まずはミズキさんたちに個室をお与えしましょう」
シャルロッテは手近なメイドを呼び寄せて、何か説明をしていた。
あたしには、シャルロッテが何を喋っているのかも耳に入ってこなくって。
まるで、一人だけ魂が虚ろになっているような、地に足がついていないような。ふわふわとした気持ちだった。
夢にまで見た光景。……ううん。夢の中のアイカですら望めなかった世界が広がっているんだ。
あたしは、これからの未来どうなってしまうんだろう、っていうワクワクとドキドキが胸の奥から生まれようとしていた。
「シャルさまのお連れになった方々、お名前は? あ、お茶もどうぞ」
メイド服の子やら、ワンピース姿の女の子たちにきゃあきゃあと囲まれて、あたしは思わずのけぞってしまった。
きょ、距離感が近い!
あたしは女の子に腕を取られたり、周りではしゃがれて、頬が熱くなっているのを感じる。
だって、女の子って、触れると柔らかいんだよ? いい匂いもするんだよ?
こんなの、ドキドキするに決まってる。
しかも、あたしなんて、人生でこんな経験してこなかった鬼だし……。
彼女たちは偏見もなしに、キラキラとした瞳で取り囲んでくる。
シャルロッテが囲っている女の子たちは全員が若々しくて、健康的で、元気いっぱいで、優しくて、楽しい世界だけを見てきたかのように澄んだ瞳で。
ここに住まう女の子たち全員のことが、好きになってしまいそうだった。
「はっはっは、アイカ、君は何をそんなに焦っているんだい? アイカ、ひょっとして君、モテないだろう?」
あたしが女の子たちに質問攻めをされ、狼狽えて、「あ」とか「う」とかしか言えないでいると、ミズキに茶々を入れられた。
「う、うっさい! お前なんて、ちやほやされすぎて、ヒメノが不機嫌じゃないか」
「いやなに、困ったものだよ。私は姫しか愛していないし、もちろん体だって姫のおまn……もがっ!」
またしても危険なワードを口走りそうにしたミズキの口を、ヒメノが神速で抑え込んでいた。
……ヒメノ、苦労しそうな嫁のポジションだな。
「うふふ、楽しんでもらえているようで、何よりですわ。まずは、ミズキさんとヒメノさん、二人は同じ部屋でよろしいですよね?」
「ああ、そうしてもらえると、ありがたいよ」
「では、こちらに来てくださいな。アイカさんの部屋も一緒に案内するので、どうぞいらして。……ああ、そうそう。お食事は、地下に食堂があるので、いつでも利用できるようになっておりますわ」
地下まであるのか。
シャルロッテは、一体どんな権力、財力を使ってこんな家を作ったのだろうか。
邸宅だけじゃなくって、ギルド本部にしたってそうだ。
しかも、人なんて寄り付かないような場所で。
生活用品とか、千人分もどうやって取り寄せているんだろう。
本当に謎だらけだけど……シャルロッテのことは素直に感心していた。
女の子たちに慕われているし、楽しそうな生活を提供させているし。
あたしが理想としていたもの、全てを持っているんだから。
一階の西側に案内されたあたしたちは、ミズキたちが個室に入っていくのを見送る。
そして、彼女たちの部屋の向かい側が、あたしに与えられた個室だった。
「なんか、あたしまで厄介になるのは、悪いような……」
室内を見渡して、あたしはまたも喉を唸らせる。
豪華リゾートホテルのような一室だった。キッチンも、バスも、トイレも完備されてあるし、床には上質な絨毯。
ベッドだって皺一つない上品なシーツだ。
「なぜです? もしかして、アイカさんには、帰るところがあるのでしょうか?」
「……ううん、ないよ……。ただ、なんか、ここにいていいのかな、って」
「何を迷う必要があるのでしょう? わたくしはアイカさんのような少女たちを救いたい一心で、この家を作ったのですから。気後れする必要はありませんわ」
銀髪の少女は、十歳が浮かべるには余りにも母性溢れる微笑を贈ってくれた。
こんな風に優しくされると、シャルロッテがモテモテだっていうのも、あながち嘘ではないのかも。
ま、あたしにロリの趣味はないけど……。
「じゃあ、しばらくはゆっくりさせてもらうよ」
「ええ。何か困ったことがありましたら、誰かに聞けばなんでも教えてもらえるでしょう。今はお疲れのようですから、どうぞごゆっくりなさってくださいね」
シャルロッテはくるっとターンして、ワンピースドレスをふわりとなびかせる。
そして部屋から出ていこうとして、あたしに振り向いた。
「後で、お話があります。疲れが癒えましたら、わたくしの部屋においでください」
「え、わかった……。ってゆーか、話なら別に、今でもいいんだけど」
「うふふ。わたくし、これでもやることがありまして。夜遅くまでは忙しいのですわ」
豪邸の主は、それだけを言い残して退出していった。
……って、シャルの部屋はどこだよ。
聞くにしたって、女の子に話しかけるの、緊張しちゃうんだけど……。
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