1章 俺の家②

 残念なことに俺の能力には呪文のような言葉がいらない。

 「こい!」と一つ念じただけでくる。

 仰々しい言葉を並べて何かを召還する、なんてかっこつけることはできないのだ。

 ただ願うだけで良い。

 ただ「俺の悲しみを埋めてくれる誰かが来てほしい」と願うだけで。

 ふと目の前の本棚に置かれている小説が目に入る。

 そうだな、例えばあの話に出てきたヒロインのような...。

 明るくて、ムードメーカーでみんなを包み込む優しさを持つエルフ。

 彼女がいてくれたら何にもない、面白みもない俺なんかにも幸せだとか満たされた日常だとかが訪れるのだろうか。

 孤独を埋めてくれて、ずっと一緒にいてくれるだろうか。

 きっとそうだ。

 彼女ならきっと、そうしてくれる。

「お願いです。俺のところに来てくれませんか。」

 召還には言葉は必要ない。

 ただ、願いを口にしたら叶うと思った。

 隣に全てを受け入れ、包み込んでくれる彼女さえいたらなんでもすると、そのときはなぜか、そう思っていた。


 刹那、部屋中に光が満ち......なんてことはなかった。

 かっこいい呪文もなければ豪華な演出もない。

 未だに心が中二な俺にとっては物足りなさは残るな。

 とかいう、しょうもない考えはすぐに吹き飛んだ。

 俺の視線の先に女の子が座っていたのだ。

 ...。

 ......。

 ............。

 .....................。

 え。

 なんでこうなったん?

 数秒前の自分自身の行為を思い出せないくらい俺はパニックになっていた。

 それは相手も同じなのだろうか。

 不思議そうにこちらを見つめている。

 日光に一度も当たったことがないような白く透き通った肌、光に当たると薄く紫いろに光る金髪。

 太陽の陽で輝く草原のような黄緑色の猫目。

 彼女を彩る色全てがこの世のものではないことを表していた。

 そして薄く澄んだ黄緑の瞳の中にはおそらく無表情で凝視している俺が移っているだろう。

 1分も経たなかったと思う。

 だが俺たちには、少なくとも俺にとっては一生で一番長い1分になっただろう。

 ふいに彼女が口を開いた。

 大きく口を開いて...

「ふぇっっくっじょん!!」

 しばらくの間。

 え...この子今なんて言ったの?

 もしかして異世界語?さっそく言語の壁が立ちはだかるのか?!

 そもそもこの子、どこの子?どこの馬の骨?

 もう俺の頭の中は支離滅裂である。

「あの~ずみまぜん、窓じめてもらっでいいでずが?」

「え、あ、窓。あっ窓ね。ちょ、っちょと待っててね」

 久々に人と話すので噛みに噛んだ上に恥ずかしくなるほどどもってしまった。

 しかしまあ日本語が通じるのは良かったものの、異世界語の訛りすごいなあ、なんて思っていたが。

 窓を閉めるときにふと気付く。

 時は5月上旬。

 俺には不思議になるほど発症しないとはいえ、まだまだ花粉が多い季節である。

 カーテンと共に開けた窓から花粉が入ってきたのだろう。

 召還されて5秒で発症、なんておかしな話だ。

 だけれども、彼女の症状を見て確信した。


 俺のところに来てくれた美少女は出会ってさっそく花粉症になりました。

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