1章 俺の家①
よく晴れた5月のある日。
気持ち良い外とは反比例した気持ちの悪さを俺は感じていた。
目が覚めた瞬間に感じる憂鬱な感情。
毎朝なぜまだ生き続けているのか問いかける生活。
得体のしれない悔しさと生きる原動力を奪っていく何かに絡められる朝。
どのくらいの間、俺はこんな呪いに潰されながら生きてきたんだろう。
今に始まったことじゃあない。いつからだっただろう。
悲しみに暮れる日を送り続けるようになったのは。
容易に外出できる状況のせいではない。
忙しくて子供のころからかまってくれなくなった両親のせいでもない。
親の代わりに育ててくれたおばあちゃんが逝去したからでもない。
本当に、何が原因なんだろう。
俺が何の悪いことをして残酷な刑を受けてるんだろう。
自分を責め続ける毎日なんて...どうしたら終わるんだ。
考えても仕方がないのはわかってる。
俺はカーテンを開ける。
そして、一瞬で部屋中を満たした暑苦しい光を全身に浴びることになる。
光に包まれても心を重く包んでいる闇が消えることはない。
わかっているはずなんだ。助けてくれる人なんていないのに。
でもどうして、いつも、毎朝毎朝毎朝毎朝「誰か」を求めてしまうんだろうか。
いないはずなのに。
ため息をこぼして、窓を開けてカーテンをそのままに机に向かった。
何も予定はない。
何もやりたくない。
朝ごはんも食べたくない。
両親は仕事へ行き、俺だけ残った家はしんと静まり返っている。
突然だが俺には一つだけ特技がある。
親にも友達にも言わなかったもの。というよりも言えなかったもの。
もし、あの時言っていればたくさんの人に囲まれたのではないか。
「すごいね」と周囲から褒められて、認められたのではないだろうか。
もったいぶって隠して優越感に浸るよりも、逆に見せびらかした方がよかったのではないだろうか。
どうであれ、俺の陰鬱なこの日常は180度変わっていただろう。
唯一知っているおばあちゃんからは「誰にも持っていない拓海だけの大切な宝物」と言われた能力。
それは、生き物を呼び出せる能力。
小さい頃はカエルとか蝶々を手のひらから出してはおばあちゃんに見せていた。
その頃から仲の良い友達は数人いたが、いつかアッと驚かせてやろうと最高なタイミングを見計らっていたが、遂に自慢できることはなかった。
いわゆる、タイミングを逃したというやつだ。
能力について話に戻そう。
この能力はあくまでも生き物限定だ。物は何度も試したができなかった。
呼び出せるものの範囲は、実際見たことのある生き物。
例えば、動物園で見たことのあるキリンなら呼び出せるが、テレビで観たキリンは呼び出せない。
子供のころ、実際に動物園に行った後にキリンを召還したことがある。
結果は想像通り、大惨事だ。
念のために町はずれの誰もいない小さな公園で召還したから目撃者もおらず犯人にとっては好都合だったのだが、あの時の大人たちや友達、おまけにマスコミの騒然とした現場を目の当たりにしてしまってはいくら完全犯罪を成し遂げた犯人でも少なからず恐怖が生じる。
あの日以降俺はこの能力を使っていない。
あれから8年後、めでたく19年生き続けることができたキリン出現騒動の犯人である俺、拓海は宝物である能力に対し恥を持ちつつもなんとか息をしている。
今は周りの人に迷惑をかけた俺の能力を行使するには躊躇してしまう。
8年間使ってはこなかったのだが、俺は能力は無罪だと思っている。
ただ、この能力を迷惑行為に使ったのは俺であり、悪いのは俺というだけだ。
なんでもない話にとられそうだが、少年時代についた傷は結構深くて痛い。
おまけに治らない。
このトラウマはキリン出現事件からの戒めだと思っている。
だが困ったことに毎日の憂鬱感とはまた違う出どころなのである。
毎日支配する鬱はどうしたら解消するのだろうか。
一人で考えても自分のしっぽを追いかけるだけの同道巡りなのはわかっている。
誰かの意見が欲しい。
誰かに見てもらいたい。
誰かに助けてほしい。
誰かに心の空洞を埋めてほしい。
求めすぎだってわかってる。だけど求めずにはいられない。
誰か、たすけて。
何気なく部屋の隅っこにおいてあるカラーボックスに目を向ける。
買い集めたラノベが数冊立てられている。
最近になって読書にハマっている。
数冊とも全部、幻想的な世界でのファンタジー物で現実逃避にはうってつけの行先なのだ。
読み終わった後の寂寥感は悩み物なのだが。
あの世界が今もずっと続いて、あの登場人物が隣にいたらいいのに。
「もしかして」
この願いは叶えられるものかもしれない。
いや、こんなことできないに決まっている。できるわけがない。
でも試したかった。
なぜか気持ちが高鳴っていく。
できなければ、それでいいじゃないか。
俺は、悲しみを埋めてくれるものがほしい。
友達が欲しい。
今までの後悔をなかったことにするために。
もしこの暗い日常が吹き飛ぶのであれば、なんだってする。
キリン騒動なんてもう時効だろ。
久々に俺は両手に力を入れた。
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