いつか見たステラ

太呂いもこ

いつか見たステラ




 冬の海なんてものはとんだ物好きでないと中々に来ないであろう。


 ガタガタと歯を鳴らしながら進む一歩は決意を少し揺らがせた。砂浜に靴を脱ぎ丁寧に揃え即席で書いた遺書を添えて靴下のまま砂の上を歩く。

浜辺の砂というのは意外にも硬く、靴を脱いだことにより、より一層寒さも増して顎を鳴らした。


俺は今、入水自殺をしようとしていた。


 海に来た理由は昔から海に来ると生まれ変わったような、からっぽになれるようなすっきりとした気持ちになれるからというつまらない理由ではあったが、3年も付き合った彼女に振られた挙句、1週間後結婚招待状が届いたとなれば居てもたってもいられなかった。

 しかし、いざ海に来たのはいいが気持ちが晴れることはなく、波が泡立つ様を見ていても心の中で渦が巻くばかりか潮風すら鬱陶しく思い全く気が晴れず心の中でプツンっと何かが切れた気がした。死んでしまおうと思った。


一歩ずつ進んでいくたび波の煽りを膝で受けるが、水温には慣れてきていた。むしろ海水に浸かってる場所に少し温もりを感じるくらいには…ここまで来ると波が俺を受け入れてくれてる気さえしてきた。


あ、これ以外にいけるかもし

「死ぬのかい?」

「うひゃぁああ!!!」

耳のすぐそばで何の拍子もなく若い女の声がして思わず膝が崩れ落ちてしまい、バシャバシャと海面を派手に泡立てた。


「う、へ???」

「ヒャヒャヒャヒャ!!そんな♀ような声も出るのか!本当にここの惑星の生物は面白いなぁ!」


そこには夜の空とは全く違う、鮮明な青のカールのかかった長い髪に何故かピンクのセーラー服を着たとても可愛い女子高生がお世辞にも上品とは言えない笑い声をあげて俺を見ていた。



戸惑って何も言えない俺に少し呆れたように彼女は口を開く。

「だーかーらー。君、死ぬのかい?」

「え?あ、まだ…」

素直にそう、スルッと滑るかのように答えてしまった自分に内心動揺したが、まだと言う返事を聞いて女子高生は少し残念そうな顔をした。


「そうか…君がもし死ぬのであったなら私の宇宙旅行の燃料になってもらおうと思ったのに…」


………電波だ。


「ついでにいうと燃料とはこの星でいう記録だ!いや、記憶というのだったな。単位だと…年というんだったか…5年分いや、10年分ほど!是非私に提供してほしいのだ!」


なんてことだ、死ぬ間際に可愛い子に会えたと思って少し舞い上がった自分を殴ってやりたい…たとえ少し変わっててちょっとデリヘルみたいな格好をしていたってそれを差し引いてもお釣りが出るくらいの可愛さだったのにさらに電波となるとあまりにも、なんだかやるせない気持ちだ。


「君、さっきから返事が遅いな。もしや言語が合っていないだろうか?前回来た座標で来ているはずだからよほど文明が発展していなければ通じないということはないと思うのだが…」

「あの、いや、通じて、ます。はい…」

「あ、やっぱり合っていたか!良かったよ!他惑星との交流に大事なのは敬意と言語だからね!」


無邪気にニコッと笑う彼女にどうしようか、もはや死ぬことすらだんだんと面倒になってきた。

俺という人間はいつもこうなのかと毎回落胆させられる。小さい頃から鈍臭くて、冴えなくて、何事も中途半端で、周りからいつも笑われて…なんでいつもこんな惨めな気持ちでいなきゃいけないのか。もう死ぬ労力すら訳の分からないことを言う女子高生に奪われてしまった。


「お前、なんなんだよ…」

細く、ゆらゆらと出たじぶんの弱々しい声にさらに情けなく思えた。


「宇宙人というものだが?」


そういってまだ起き上がっていない俺の顔を覗き込むように目線を合わせてきた彼女は相変わらず可愛かった。


「もしや自己紹介とやらを忘れていたのか!?それはすまなかった。674号銀河第37惑星に属する*¥#星のウラルと申します!!あなたのいらない記憶を燃料に次の星に行こうと思いまして!」


そう言って彼女は徐に腕についてる腕時計のような機械で俺を照らしながら機械をポチポチといじり始めた。

なんだかもうなんにも分からないが、今日一日いろいろなことがありすぎて頭がついていってないはずなのに俺は気がついたら口を開けていた。


「ならさ、俺の記憶を全部、もらってくれよ」


ぽろっとでた、心からの本心だった。


「小さい頃から鈍臭くて、暗くて、間が悪くて、みんなから爪弾きにされて…もう何もかもが嫌になって、いざ死ぬぞってなったらイメクラみたいな格好の子供には揶揄われて…こんな惨めな人生の記憶、俺だって持っていたくないよ!!欲しいなら持ってけよ!!!!!!!」

目や鼻から流れてくる水分を煩わしいと片隅におもいながら情けなく蹲る。

彼女は少し目を大きくさせて驚いていた。


「つまり…私のこの格好はこの年頃の♀の標準なる格好じゃないのか!?」

「そんな奇抜なセーラー服ドンキとイメクラにしかねーよ!!」


何ーー!?というかドンキトイメクラとはなんだ!?人種か!?と驚いている彼女になんだかいろいろと目が覚めた気分になりとりあえず帰る準備をしようと立ち上がる。

あんだけ死だけを希望にここまで来たのに今ではその気分もだいぶ風化してしまった。正気に戻ったのか、拍子抜けしてしまったかは区別がつかないがやけに心が軽くなっている気がした。海で叫んだからだろうか。


「優しい♀みたいな声を上げる♂君。ありがとう!!今度は別の洋装でチャレンジしてみるよ!ついでに記憶の件なんだが。大変申し訳ないことなんだが…」

「あーもういいよ、何でもない。こんな中年を励ますために変な冗談を聞いてくれてありがとう。おうちまでをくるよ。」

「冗談?ジョークのことか。いや、ジョークじゃないんだ。



 君、記憶を抜き取られたのが初めてじゃないみたいだ」


「え?」


思わず彼女に視線をむけると、彼女の白磁のようなきめ細やかな肌が目の前に広がり、自分の唇にはマシュマロよりも柔らかな彼女の唇が当たっていた。


「君のログを確認させてもらった。残念だ…記憶を抜き取られた者からは記憶を大量には取り出せない決まりなのだ。協力してくれると言ってくれたのにすまない…君のその献身を、少しだけ次の星までの量を貰おう。」

「ど、どういう…」


何かを言っていた気がするが、彼女の唇が離れた途端に俺の視界はユラユラと漂い始めた。





「さようなら、協力者君」


ーーーーーーバツンッーーーーーーーー



「お、い、おい!」

「はいッ!?」


肩を揺さぶられる感覚ににパチっと目をあけると汚いおじさんの顔が目の前にあって思わず飛び起きた。


「お、生きとったか。お前さん、なんで道で寝てるんだ?」


俺は手に固いゴツゴツとした感触で道のど真ん中で寝ていたことに気がついた。


「え、あ、あの、ここ、どこですか!?」


おじさんに思わず食い掛かり気味に詰め寄るが、人がいいおじさんなのだろう。きょとんとした後何かを察したようににゃけた顔をした。


「お兄ちゃん、あんた酒は程々にしなきゃならんよ。」


親切なおじさんに場所を聞いたが見知らぬ地方に自分がどうやってきたのか見当もつかずに困惑する。少しズキズキする頭に酒を飲んだのか記憶を辿るがまったく身に覚えがなかったが、やけに頭がすっきりとしていた。


「あの!すいません!ありがとうございましたっ!」

「おぉ!気にすんなよ…っておい!お兄ちゃん!あんた、靴どこに行ったんだ?」

「え、あ!?ない!!」



情けない声に被さるようにザザァと砂浜を覆って波が揺らいでいた。

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いつか見たステラ 太呂いもこ @yakino_imk

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