第七話 無垢な勇者
便所問題から束の間、夜になり好機が訪れた。村で一番の宿屋に泊まることになった勇者パーティは俺の部屋まで用意してくれた。まぁ用意してくれたというか、勇者シンフォニーが部屋に誘ってくれたのだ。最初はジンの部屋に誘われていたがそんな事にはなりたくないと必死で断っていたのだが。
「ご、ごめんなさい!」
「そんな照れなくても! 私の部屋で甘い蜜月を過ごしませんか!?」
甘い蜜月という言葉大好きすぎるだろ! 前も聞いたぞ!
「調子に乗りすぎ!」
「いったぁ?!」
ジンの誘いを文字通り一蹴してくれた上に部屋に誘ってくれた。好機だと思った。ここでシンフォニーの弱点を探れる。
「ノーネさんって本当に肌綺麗ですよね!」
「そ、そうですか?」
寝巻に着替えて開けた肌部分を触りながらシンフォニーは目をキラキラさせている。十分そちらも綺麗だと思うがな。なんて事は言えないが。
彼女と話すのは楽しかったが疲れる。話はコロコロ変わるし、質問攻めが凄い。まるで年頃の少女だ。
「それでですね! 王都にあるクリーム菓子が美味しいんですよ! 着いたら食べに行きましょう?」
それぞれの並んだベッドの上で彼女は我に様々な事を提案しては、質問をした。
「良いですね。クリーム菓子は覚えてます。甘くてサクサクしてて良いですよね」
「ええ! そうなの! やっぱりノーネさんは王都出身だと思うなぁ」
「記憶が戻れば良いのだけれど……」
ちなみにクリーム菓子はリリアが王都偵察のお土産と渡してきた物だ。普段から甘いものと言えばヴァンパイアどもが時折酔っぱらって差し入れに持ってきた生き血くらいだったが、ゲロみたいに甘く好きでは無かった。が、人間とはたまにあっとお驚く物を作る。甘いものがあれだけ美味しく作れるとは。人間世界を滅ぼしてもパティシエとか言うのは残してやってもいい。
「ふふっ。シャリーさんはお姉ちゃんで、ペトラちゃんは妹。で、ジンさんがお兄さんでアキレスは弟。ノーネさんは……」
「どうしました? 急に」
突然、暗号の様に仲間を何かに当てはめだした彼女の目的が分からない。
「私、家族に憧れあるんです。昔から意地の悪い兄と子どもに興味のない王と女王の父母……私の相手をしてくれたのはいつもジンさんとシャリーさんだけだったの」
だからジンはシンフォニーの義兄と名乗っていたのか。しかし随分寂しいな。我が子どもの頃は父の威光もあったがいつも友人に囲まれていたぞ。みんな、我のためにあれこれしてくれたものだ。魔界の劇団も我の出る幕は常に満員だった。
まぁ、今はリリアだけだが。いつからだったか。我の前にはリリアしか居なくなったのは。あれは我が戴冠して父が亡くなって……。
「で、ペトラとアキレスがシャリーさんの教会で遊んでたからお姉さんになってあげて……」
物思いに更けていると不意に彼女はベッド倒れこんでしまった。彼女の顔を覗くと上瞼と下瞼が閉じかけている。眠いのだろうか。
「もしかして眠いですか?」
「うん……魔王を倒してから寝てなくて……」
我もそうだ。死んでから蘇る前でを睡眠と呼んで良いのかは知らないがここまでずっと起きている。まぁ、魔族は人間と違って一年間は寝ずに行動出来るがな。
「そうですか。ゆっくり休んでくださいね」
「お母さん……お母さんみたい、ノーネさん」
すでに百歳は超えている。人間からすれば老人だが魔界ではようやく成人という感じだ。
「まぁ、お前よりは長く生きているからな」
「え、今なんて……」
「おやすみ、シンフォニー」
魔力を送り彼女を眠らす。この程度ならバレまい。
ここでシンフォニーの首を刈り取るか。そして窓から逃げれば……いや、我は既にこやつ破滅させる台本を用意している。ここであっさり殺すよりその台本に従ってもらうぞ。勇者シンフォニーよ。
目が覚めると、なぜか腕が重い。横を見るとまつ毛の長い金髪の女性が目の前に……うおっ!?
勢いよくベッドの上で後ずさり、落ちてしまった。なぜかシンフォニーが我の腕を枕にして寝ていたのだ。
「だ、大丈夫れすか!?」
「え、ええ。でもどうして私のベッドに?」
「へ? ああ!? 本当だ!? ごめんなさい。私、寝相悪くて!」
隣のベッドまでベッド一つ分の隙間があるのに寝相もクソも無いだろ。歩いて来てるじゃないか。
「そ、そうなんですね! おほほ!」
「え、ええ。でも本当にごめんなさい。怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。それより良く寝れた?」
「はい! 久々に誰かと相部屋だったので安心して寝れました!」
魔王城に突撃した時並みには元気になったようだな。万全の状態の貴様を倒してやるからな。首を洗って待っているが良い。ふはは!
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