第三話 根が正直な男

女体化した我は輪重の森にある山小屋でリリアと共に居たが、突然、男が山小屋の前で警告を発しだした。


「出てこなければ無理矢理開けるぞ!」


扉がガタガタと鳴り始める。本気でこじ開ける気か。リリアに頼んで透明化魔法を……って居ないではないか!?

いつの間にかリリアの姿が無い。あの女、一人で透明化したな!


「ふんっ!」


小屋の扉が破られ、破片が我の足元にまで転がって来た。なんて破壊力だ。ま、我程では無いがな。


「……だ、誰だ」


扉を破り小屋にずかずかと入ってきたのは拳に金のバックルを嵌めた細目の筋肉隆々なまだ若い男だ。そんな男の細い目が一瞬私を睨むとなぜか開眼し驚いた様子で我を見た。


「私は勇者パーティの一人、シン・マタライだ。お嬢さんはどうしてここに?」

「お嬢さ……あぁ。え、あ、あの迷子になってしまいまして……あなたはどうして?」


つい演技を始めてしまった。ここでやり合えば勝つのは我だがシンフォニーが飛んでくる事は間違いない。ここは奇襲を仕掛けてくれた礼を兼ねて騙し討ちを狙ってやろう。


「そうですか。私はここにある勢力の幹部がその首魁の死体を持ち逃げしたのを追いかけてきたのです。ここに閉じ込められていたんですか?」


どうやらリリアの話は本当だったようだ。しかしこんな森にまで追ってくるとは。執念深い奴らだ。


「は、はい……多分」

「ふむ、魔王軍の奴らにたまたま会って押し込められたか……押し込めたのは誰です?」

「さ、さぁ……」

「ふむ。それにしてもお美しいですね。肌はきめ細かく、髪も綺麗だ。おみ足も綺麗だ。雪国出身ですか?」

「え、ええ。た、多分?」


なんだこの気色の悪い男は。人の身体をジロジロと見て褒めたたえてくるとは。虫唾が走る。ローブから軽く出ている足を隠すと男は残念そうな顔をした。男に欲情されるのがこんなにキツイとは……。


「先ほどから曖昧な返事が多いですな。ま、まさか記憶が無いのですか?」

「は、はい!」

「なんて元気な挨拶……気に入ってしまいそうだ」


それは勘弁してほしい。しかし記憶喪失は使えるぞ。これを使えば勇者を騙し討ち出来るかもしれん。ふふふっ、シンフォニーめ、貴様の首が繋がっているのも今の内よ。


「お嬢さん……そうだ、お名前もお忘れですか?」

「は、はぃい」


元気な挨拶を出せばこの気色の悪い男に気に入られてしまう。それだけは避けたい。なんとしても。死んでもだ。


「可哀想に……しかもなんて弱々しくも儚い声だ。怖いのですね。私が守りますゆえ安心してください!」

「え!? あ、ありがとうございます!」


結局、この男は適当な理由を付けて我を気に入ろうとしている。こやつの射程から逃れる事は不可避だ。


「歩けそうですか? おぶりましょうか!?」


近い近い。鼻息が荒い。目がギンギンで怖すぎる。一体何に興奮しているんだ。


「そういえばお嬢さん、珍しい服を着ていますね。その布は高級品だ。やはりどこかの貴族のお嬢さんかもしれませんね」

「そ、そうなんでしょうか」


魔王城から持ってきた物なら全てが高級品だ。それにしてもリリアはどこへ消えたんだ?

結局リリアはシンと名乗る気色の悪い男と森を歩いている時でさえ姿を現す事は無かった。


「しかし、勇者様とはどのようなお人なんですか?」


道中、気色の悪い視線に犯されながら我は少しでも勇者の弱点を知ろうと質問を投げかける。


「私の妹のようなものですな! なかなかに美しく育ちました。それこそあなたほどに! いえ! あなたの方が綺麗だ!」

「ど、どうも……」

「しかし彼女も捨てがたいが捨てざるおえないのが残念だ! 私が彼女の兄の代わりでなければアタックしていましたな! ガッハハ!」

「は、はぁ……」


しかし、シンの話は基本的に無駄な情報ばかりで頭に入らない。というかどう質問しても自分語りに突入するのがウザすぎる。


「勇者様と言えば勇敢なお人と聞きます。何か嫌いなものなどあるのですか?」

「兄ですな」

「え、あなたですか?」

「え!? い、いえ! 私は義理の兄なんで! 好かれまくりです!」


それはそれで多分違うのであろうな。


「シンフォニーの実兄は国王候補なのですがそれはもう肝が小さい男でしてね。勇者であるシンフォニーを妬んで国に帰れば嫌味ばかり。私も何度かキレかけましたがシンフォニーに迷惑が掛かってはいけないとグッと堪える日々ですよ」

「なるほど」


ようやく有用な情報が聞けた。その実兄を利用するしかないな。話通りの肝が小さい男ならば釣り糸を垂らせばすぐに引っかかるだろう。


「大変そうですね。心中お察しします」

「いえいえ! 私たちはそんな王に仕えているのではなくあなたのような善良な臣民のために仕えているのです! そう思えば私なんかの苦労は苦労の内にも入りません!」


最初はただの変態不埒な男かと思ったが、根が真っすぐすぎるだけだったようだな。

まぁ、勇者ともども地獄には落ちてもらうがな。ふっふっふ。

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