第163話 今も過去も

163話 今も過去も



「あう、うぅ……」


 役割を終えた桜さんが手を離すと、サキはぺたんとお尻をついて激しく赤面する。


 きっとよっぽどバレたくなかったのだろう。まあ確かに俺でも、自分が大学からいきなりイメチェンしていたとしたらその前の写真を見られるのは恥ずかしい。


 だが見てしまったものは仕方ない。というか、ぶっちゃけると────


「うぅ。嫌いにならないでぇ」


「いやならないっての。まあ多少は驚いたけどさ。このサキも今のサキも……どっちもサキだろ?」


「……へ?」


 めちゃくちゃ取り乱すから一体どんなとんでもない過去を秘めているのかと思ったが。隠されていたものの小ささを知った今、俺の中には「そんなことか」という感情が生まれている。


 そりゃあ実は整形してて元の顔が全然違うとか、そういう話ならまた衝撃度も変わってくるのだろうが。


 見れば分かる。昔のサキも今のサキも、全く同じだ。


 髪の毛とか眼鏡の有無とか、あとは全体的な成長具合とか。当然今と違うところは幾らでもある。


 が、だ。それはただの成長であって、本質的や部分は何も変わらない。別に今の隣に連れているだけで周りが振り向くような超絶美人なサキが、昔は地味だっただなんて。気にする要素はどこにも無かった。というか俺だって大学に入るにあたって多少なりとも身なりへの気の使い方を変えたしな。その延長線上の話だろ。


「そりゃ、俺が一目惚れして告白したのは今のサキだし。見た目は当然昔より今の方が何百倍も可愛いよ。でも、高校時代のサキだって立派な本物だ。少なくとも俺にとって、こんなの嫌いになる要因にはこれっぽっちもならないな」


「つっう!? ぅうぁう!?」


「ふふふっ、和人君男前なこと言うじゃない。よかったわね、サキ?」


 ニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべる桜さんには、きっとこうなることが分かっていたのだろう。まるで示し合わせたかのように、さも当然といった様子でサキの頬をツンツンしている。


「な、何百倍も……って。可愛い、って……」


「? 俺、何か変なこと言ったか?」


「うんうん、そうじゃないのよ和人君。ただオーバーキルしちゃってるだけだから〜」


 赤面するサキは、とても恥ずかしそうで。


 でもどこか、嬉しそうだった。


(って、俺めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったな……)


 つい、というか。サキが不安そうにするもんだからありのままをぶつけたけれど、少しして冷静になるととても恥ずかしい台詞を吐いてしまったのだと気付かされる。


 後悔はしていないが、確かに羞恥心で身体が熱くなるのを感じた。


「さて、と。私はもう充分楽しませてもらったし、ここら辺にしておきましょうか。お開きにしましょう」


 ズリズリとお義父さんを引きずり、隣の部屋に投げ捨てて。桜さん……いや、お義母さんは告げる。


 本当はこの後に俺たちの分までご飯を用意してくれていたらしいが、お義父さんがまた暴れかねない点を懸念し、名残惜しさを感じつつも今日はこれで解散することを選んだらしい。


 そして、最後に


「またいつでもいらっしゃい。私は和人君とサキのこと、心から応援してるから」


 と。微笑ましい笑顔でそう、言ってくれた。


「はい! また絶対来ますね!! その時はサキの過去のこと、もっと教えてください!!」


「ちょぉっ!?」


「ふふ、いいわよぉ〜。サキの可愛さについて熱く語り合える日を楽しみにしてるわ〜」


「もうやめて! お母さんと和人のバカぁぁ!!!」


 こうして、波乱の顔合わせは終了した。


 まだお義父さんとの仲の悪さとか、そういった意味では完全に上手くいったとは言えないかもしれないけれど。なんやんかやで俺も途中から結構楽しんでいて。


 来てよかったと。そう思った。


(俺の知らないサキのことも一つ、知れたしな)


 だが、俺は満足した気になって一つ。


 最も重要な、それでいて大切で、最大の衝撃を。



 見逃してしまっていたのである。

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