第159話 桜さん

159話 桜さん



「あらあら、いらっしゃい和人君。ごめんねぇ? あの人がどうしてもって言うからぁ」


「あ、桜さん……」


 ガチャ、と家の扉を開けて出てきたのは、赤波桜さん。サキの実のお母さんだ。


 長い髪を片方で束ね胸元に下ろし、その豊満な物の膨らみの上から垂らしている彼女は、まさにサキの生き移しかのような美貌を持っている。


 まさに、「サキを大人にしたらこうなる」と言わんばかりの瓜二つっぷりだ。雰囲気や手にしている色気なんかは違うけれど、部分部分でサキに通ずるところは多い。将来こうやって大人っぽくなっていく俺の彼女を想像すると、少しドキッとした。


「お母さん! 久しぶりぃ〜!」


「ふふっ。サキ、元気にしてたみたいね。この間はお土産のお饅頭ありがと。お父さんも美味しそうに食べてたわ」


「えへへぇ。……はっ! ってそれどころじゃないよ! ねぇ、お父さん……やっぱり私を連れ戻そうとしてるの?」


「ん〜? そうねぇ。あの人、ちょっとサキが好きすぎるところがあるから。多分あれでも心配してるのよ」


 チラッとこちらを見た桜さんと目が合うとともに、距離が縮まる。


 前会った時も思ったが、この人本当にサキのお母さんなのか? 二十歳になる娘がいる一児のお母さんとはとても思えないほどの若々しさなんだが。いや、確かに色気はあるけども。肌ツヤとか、そういったものが娘と同等レベルだ。多分俺はこの人が同じ大学の生徒として講義を受けていたとしても違和感を抱かない自信がある。


「まあ、私は大丈夫だと思うわよ? サキがどれだけ和人君のことを好きかってことは、よく分かってるから。二人のラブラブ具合を見せつければきっとお父さんも納得してくれる。ね、和人君?」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 サキの匂いに似た、甘い香りが鼻腔をくすぐる。たゆん、と果実を揺らしながら少し前傾姿勢になって俺の顔を間近で覗いてくる桜さんに、心臓の動きが激化した。


「……なんか和人、お母さんのこと変な目で見てない?」


「は、はぁっ!? な、なな何言ってんだ!? そんなわけないだろ!!」


「あら。娘の彼氏君にそういう目で見られるなんて、私もまだ捨てたもんじゃないのかしら」


「さ、桜さんまで!!」


「ふふふ、冗談よ。でもね……」


 桜さんの綺麗な横顔が、俺の隣を通過する。そして耳元で止まった口元が、サキには聞こえないであろう声量で言葉を発した。


「サキ、甘えんぼだから。他の子なんて見ずに、いっぱい構ってあげてね。あと……女の子は自分のおっぱいに向けられた視線は案外分かるものよぉ……?」


「……すみません。マジですみません」


「分かればよろしい〜」


「? お母さん? 和人に何言ってるの?」


「ん〜ん。何でもないわよぉ。さ、こんな所にずっといても暑いでしょうから。あがってちょうだい」


 サキと桜さんが似てるように見えたの、やっぱ幻覚かもしれない。


 今の囁き、魂を抜かれるかと思った。もしかしてあれか。この人普段おっとりしてるけど怒ったら怖い系か? 


 頼むサキ。サキは今の可愛いドジっ子のままでいてくれ。ずっと子供っぽいままでいてくれぇ……。


「和人? どうしたの、行こ?」


「……サキは、ずっとそのままでいてくれよ」


「ほえ? 何言ってるの??」


「あらあらぁ。ちょっとやりすぎたかしら……」




 赤波家の心のオアシス、桜さん。彼女の少し怖い一面を目の当たりにした俺は、サキの手を強く握りながら。玄関へと足を踏み入れたのだった。

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