第157話 顔合わせ

157話 顔合わせ



「和人ぉ! 和人和人和人ぉぉぉお!!!」


「おうおう、どうしたどうした。落ち着けぇ?」


 ドタドタと大きな足音を立てながら、サキがリビングへと猛ダッシュしてくる。


 いつにもない焦り具合を背にカフェオレを飲みながらスマホを触っていると、とんでもない言葉が飛んできた。


「お父さんが……お父さんが彼氏を連れてこいって!」


「ぶふぅっ!?」


 いつかは。いつかはこの日が来るだろうとは、思っていたが。


 とうとう来てしまったか。彼女の両親に挨拶するという、男にとっては激重なイベントが。


 ちなみに、俺はサキのお母さんとは面識がある。引っ越しで荷物を取りに行った時、少しだけ喋った程度ではあるが。


 お母さんの方はとても温厚な人で、サキに似てとても美人だった。荷物だけ持って早く家を出ようとする俺にわざわざお茶を出してくれて、サキとの馴れ初めなんかを話したっけ。中々に恥ずかしかったのを今でも覚えている。


 しかしそれに対して、サキのお父さんの方は。一度も話したことがないうえに、サキから「厳しい人」という情報を聞いている。しかも本人が言うには「私には優しいけど、他の人には当たりが強い。私のことを大事にしてくれてるが故に、その周りに攻撃的になることが多い人」とも。


 つまり、彼氏である俺は格好の的。攻撃対象でしかない。


 そんな人から招集がかかってしまった。怖い。怖すぎる。


「さ、さささサキさん? 俺、すっごく行きたくないんですけど……」


「連れてこなかったら家に連れ戻すって……」


「う゛っ」


 最悪だ。最悪の脅しを使ってきやがる。そんな事を言われてしまっては絶対に赴かなければいけないじゃないか。


 いや、いずれは挨拶しなきゃなんだし、逃げ続けていても仕方がないのは分かるんだけど。それでもやっぱり怖いものは怖い。身に覚えがないのに急に校長室への呼び出し放送で名指しされるくらい怖い。


「ち、ちなみに何で俺は呼ばれたんだ?」


「多分、私がいなくなって寂しいんだと思う。だから和人をいびって、私を連れ戻そうと……」


「本当に過保護なんだな!? 娘がいなくなって寂しいから彼氏を潰すってことか!?」


「だ、大丈夫だよ! 和人がどれだけかっこいい彼氏かってことを示せば、きっとお父さんも納得してくれる……はず……だと、思うよ? 多分。うん、きっとそう……」


「ちょっとずつ語気が弱くなっとるぞ!?」


 ああ、これは本当にまずいかもしれない。


 娘であるサキですら、ここまで自信が無いのだから。当然、俺も全く戦える気がしてこない。


(けど……)


 もしここでお義父さんに負けてしまったら、サキは連れ戻されてしまう。最近、ようやくこの同棲生活にも華がつき始めたのだ。


 絶対に連れ戻させるわけにはいかない。サキは俺の彼女だ。こ、ここは一つガツンと。いい加減娘離れしろって言ってやる!


「……サキ。ちなみに顔見せの日はいつだ。一週間後くらいか?」


「あ、明日」


「明日ぁぁ!?」


 マジか。心の準備すらさせてくれないとは。


 くそぅ。どのみち選択肢はないんだ。それに、敵はたったの一人。サキのお母さんはきっとこちら側についてくれるはずだから、その厄介ジジイさえ言い伏せてしまえば。


 こういうのは苦手だが、いい加減腹を括ろう。サキは俺のものだ。俺の彼女だ!!


「分かった。サキ、お義父さんの好物を教えてくれ! 今から外出して買いに行くぞ!!」


「う、うん! 分かった!!」



 こうして、緊張と不安の中。お義父さんへの顔見せの準備を始めたのである。

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