第153話 サキの変化

153話 サキの変化



「ふぅ……」


 不意な配信終了に驚きつつも、サキは一息をつく。


 配信は終了しました、という文字を見た後でも決して切り忘れだけは無いよう、マイクなどの確認をしてからパソコンの電源を落として。部屋に漂ってきた良い匂いに釣られると、そろりと扉を開けた。


「わぁっ。和人、夜ご飯作ってくれたの? 出前でいいって言ったのに……」


「おっ。お疲れサキ。まあたまにはこういうの作るのもいいかと思って。サキがここに来る前は、たまに自炊もしてたしな」


 背後から近づく彼女に、そっと先程までアヤカの配信を見るために付けていたスマホの画面を消して。ほれ、と小皿に汁を移して手渡した。


「んっ……美味しい! 和人にくじゃがなんか作れたんだ!」


 キランッ、とメガネ越しにサキの目が光り輝く。


 配信のせいでご飯がいつもより遅れ、既にお腹はペコペコなのだ。


「サキ、メガネ取り忘れてるぞ。よっぽどお腹空いてたのか?」


「ほえ? あっ、ほんとだ。恥ずかしいな……」


 すっ、とメガネを取り、サキはてれてれと少し顔を赤くする。


 彼女がメガネをするのは、ブルーライトに当てられる配信中や編集作業中のみ。和人はめったにその姿を拝むことはできないわけで。久しぶりに見たメガネ姿に、胸を撃ち抜かれたような衝撃が走る。


 旅行から一週間。二人の関係性は、これまで以上に良好なものとなっていた。


 元々近かった距離は更に近づき、家の中でも一緒にいる時間はこれまで以上に。


 そして何よりも変わったのが、サキからのボディタッチの回数である。


「ね、和人」


「なんだ?」


「キス……してもいい? その、一時間会えなかっただけなのにさ。なんか、寂しくて……」


「っ!? お、おおぉう! もちろん!」


「えへへ……ちゅっ」


 一線を超えたことにより、サキの甘えんぼが加速。今までは恥ずかしくてすることができなかったお願いも、少しずつできるようになることが増えた。


 経験をすると、女の子は面倒臭くなるなんて言葉がある。和人とのあれが初めてであったサキは今正にその時期を迎えていて、面倒臭いとまではいかないものの。ただでさえ元々甘えんぼで寂しがりやだった性格を加速させる形となったのだった。


「ちょっと、肉じゃがの味するな」


「……順番、間違えちゃったね」


「まあ俺もちょっと摘んでたし、肉じゃがの味は確定なんだけどな」


「うんっ。ぎゅ〜〜っ!」


「おわっ!? ちょ、火使ってるから危ないって!!」


「引き剥がそうとしても無駄だよっ。和人のことぎゅってしたい気持ちは、止められないもん」


「っっっ……」


 ぷくっ、と小さく頬を膨らませるサキ。


 和人は、ここ最近のこんな感じなサキの変化に。……更に、ドキドキさせられる回数が増え、心臓に過重労働をさせる日々を送っている。


 彼は元々、サキにこんな風にいっぱい甘えてもらえたらいいなと願っていたのだ。付き合い始めた当時は他人行儀で、まだ心を開ききってはいなかった。自分のことを好きだと思ってくれていることは日々の小さな動作なんかから感じてはいたのだが、もっと距離を縮めて。心の底から甘えてもらえたら、と。


 そして今、サキの甘えんぼは完全形態へ。少しのボディタッチでもまだドキッとしてしまう和人にとってそれは、嬉しいと共にドキドキさせられっぱなしな、常に彼女への好きを実感できる日常。


 最高の日々だった。


「和人? 肉じゃが、泡立ってきてるよ?」


「え……? のわぁっ!?」


「ふふっ、和人さんぼーっとしてた。なんでかなぁ」


「……なんかサキの癖に生意気だぞ。俺は別に、お前にドキドキさせられてたからこうなったわけじゃ……」


「えへへ、心の声全部漏れてる。ねぇ……ご飯食べて、やらなきゃいけないこと終わらせたら、さ。今日も、その……シようね?」


「ぅえっ!? お、おま……」


「和人っ。大好きだよ」


 伝えたいことを伝え終え、満足したかのようにふふんっ、と鼻を鳴らして。また、短いキスをしてから。サキは抱きついていた和人の背中から離れる。


 と、同時に。足を滑らせて、盛大にこけた。


「きゃうっ!?」


「……ぷふっ」


「……」



 調子に乗ると、すぐにボロを出す。サキの根元の部分はやはり変わっていないな、と和人はさっきまでのドキドキを忘れてニヤつきながら。顔を真っ赤にして蹲るサキの背中を横目に、肉じゃがをお皿へと移した。

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